あれは僕が大学2年生の頃の出来事。
寒い寒い冬の話。
友達5人でスノボ旅行に行った時の事だった。
駅を降りると、見渡す限り一面の雪景色で、まるで子供みたいに興奮したのを今も覚えている。
さっそく宿泊する宿へ向かった。バス停から山林道を歩くこと10分、宿に到着した。
3階建の小さな古民家風な宿だ。古臭いが、良く言えばレトロな雰囲気を漂わせている家庭的な宿。
小さな女の子が、民宿の前で雪と戯れている。
真っ白な肌が印象的だ。
僕を見ると、ニコッと微笑みかけた。
どこかで会ったことあったっけな‥
とにかく懐かしい感覚した。
その隣には、女将さんがいた。
「こんにちは~お久しぶりです。」
「ま~遠くからよく来てくれたねぇ。そっただとこさみぃだろうから、はよ中さ入り。懐かしいねー。あんたはまだこんただ、ちーっこいワッパだったもんでなぁ。立派さなったなぁ。」
実は、僕は6歳の頃にこの宿に家族で一週間くらい訪れた事があり、女将さんは僕を良くかわいがってくれた。
女将さんはあの頃よりもだいぶ老けていたが、くったくのない優しい笑顔は相変わらずだ。
積もった話は後ほどという事で、僕らは早速ゲレンデへ向かった。
そしてスノボを心ゆくまで堪能した後、夕方に宿に戻り、女将さんの料理とたくさんの話を皆で楽しんだ。
あの頃と同じ、まるで家に居る様な居心地の良い場所だ。
だが、就寝する直前、不思議な現象が起きた。
僕がトイレに向かうと、後ろから誰かついて来る気配がする。
ヒタヒタ‥
確実に誰かの足音だ。
僕は振り向くが、薄暗い廊下には誰もいない。
気のせいか、と思いトイレに入ろうとすると
トトト‥
誰かが小走りで廊下を渡る音。
‥何かおかしい。
気味悪くなった僕はさっさと用を足し、そそくさと部屋に戻り布団を被った。
だが、“それ”は部屋までついて来た様だった。
トトト‥
ふすまの向こうから足音が聞こえる。
それも、部屋の前の廊下を何往復もしているような足音が。
今度は誰かが僕の枕元に立っている。
僕にはそいつが何なのか確認する勇気がなかった。
仲間達は深く眠っており、この異変に気づいているのは僕だけらしい。
ウフフ‥
そいつは僕に微笑みかけた。
一体何なんだ‥
だが、不思議と恐怖心というか、そういう物は一切感じなかった。
僕はいつの間にか深い眠りについた。
夢を見た。
赤いちゃんちゃんこを着た、小さな女の子の夢。
ここに来た時に、宿の前にいた娘だ。
多分6~7歳くらいだろうか。
僕に微笑みかけ、しきりに僕に何かを話している。
行ったらダメ。
ダメなんだから。
嫌だよ、ダメだよ。
僕にはそう聞き取れた。
その娘は、やっぱりどこかで会った事のあるような気がした。
でも思い出せない。
誰だっけな‥
次の日、目覚めた僕は熱にうなされていた。
最悪だ‥せっかくの旅行なのに。
だが僕だけでなく、他の仲間全員が熱を出したり体調不良を訴えた。
医者も来たが、原因は不明。
結局、ゲレンデに行く訳にもいかず、僕らは宿に残った。
昼下がりの午後。
退屈そうに部屋にいると、役場のけたたましいサイレンと鐘の音がこだました。
なんなんだ?
すると、女将さんが僕らの部屋に飛び込み、
「雪崩だ!!スキー場で雪崩さ起きただ!」
‥えっ‥?
僕らは唖然とし、思わず窓に駆け寄りスキー場の方を見つめると、確かにパニックになっている。
だが、僕は何か視線を感じ、窓の下に目をやると、あの女の子が僕を見上げ微笑んでいた。
それからは大変だったらしい。
地元の青年団や警察等が駆けつけ、行方不明者の捜索等で皆バタバタしていた。
わかっているだけでも死亡者数14人、行方不明者数約23人の大惨事。
こんな大規模な雪崩は26年ぶりなんだそうだ。
もし、ゲレンデへ僕らが行ってたら‥
熱が出ていなかったら‥
考えただけでゾッとした。
それと同時に、“あの娘”が夢で言っていた事が脳裏を過ぎる。
「行ったらダメ」
僕にはこれらの出来事が偶然に思えなかった。
その夜、お粥をすすりながら女将さんに気になっていた事を話した。
「あの‥小さな女の子いますよね?赤いちゃんちゃんこ着た娘です。昨日は夕飯時に見なかったけど。」
女将さんと若女将さんがギョッとしたように顔を見合わせ、女将さんは慌てて奥の部屋から古い写真を持ってきた。
「‥もしかしてそのオナゴてこれの事かいや?」
その古ぼけた写真には、確かに僕が見た娘が写っていた。
「そうです、その娘です。何か見覚えある気がするんですけど‥。」
僕は、思いきって全てを話した。
夜中の奇怪な出来事、夢で見た事、全部を。
「‥そうかい、そうかい‥。」
女将さんは複雑な面持ちで話してくれた。
その娘は“美雪ちゃん”という名前で、若女将さんの子供さん、つまり女将さんの孫にあたる子だそうで、僕が当時この民宿に来た時、年が近いという事もあり美雪ちゃんとソリをしたり、滞在中はずっと遊んでいたそうだ。
僕はその話で思い出した。
そうだ、美雪ちゃんだ‥!
何で忘れてたんだろ‥
だが美雪ちゃんは、その約半年後に肺炎が悪化し7歳という若さで亡くなってしまったという事だった。
また、この土地には“座敷童子(座敷ぼっこ、と女将さんは言っていた)伝説”が古くから伝承されており、現在も地元の人々は信じているという。
座敷童子は、その家の守り神みたいな存在らしく、主に子供の姿で現れ、悪戯もするがそこに住む人達に幸福をもたらすのだと。
時には、凶事の際に家中を駆け回り知らせてくれるんだそうだ。
大人には姿は見えないらしい。
「きっと美雪は“座敷ぼっこ”さなって、あんた(達)を助けたかったんろうねぇ。座敷ぼっこと言葉さ交わしたり、姿さ見たっちゅう人間は、おばぁの知る限りおらん。それだけあんた達を守りたかったんだなぁ。」
女将さんは涙を零しながら、優しく語ってくれた。
‥後日談だが、美雪ちゃんを見えてたのはやはり僕だけだったらしい。
宿に到着した時に居た、美雪ちゃんの姿は仲間達には見えてなかった様だ。
美雪ちゃんは、その時からすでに“凶事”を予期していたのか。
それとも、僕が懐かしくてひょっこり姿を現したのだろうか。
僕は、あれから毎年冬に美雪ちゃんに手を合わせに民宿へ訪れている。
もう美雪ちゃんの姿を見る事はなくなったが、美雪ちゃんは“座敷童子”となり、あの民宿と家族を静かに見守り続けるのだと僕は思う。
終
怖い話投稿:ホラーテラー シュウさん
作者怖話