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中編7
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目が覚めると真っ暗で知らない場所に居た。

目を開けているかどうかも解らない。

私は、ここまで完璧な闇を経験した事がない。

見えないという事が堪らなく怖い。

昨日の事を考える。

全く記憶が無い。

いきなり恐怖が倍増して混乱した。

「誰か、誰か居ませんかー?」

「静かに」

闇の中から答えが返ってきてドキっとした。

「少しだけ静かに」

小さく抑えた、男の声。

意味は解らないが、誰かが居て少しだけ安心する。

私は、言われた通り黙っていた。

「もういいよ」

優しい声に肩の力が抜ける。

「えーと、君も昨日の事を覚えてない? 俺も覚えてなくて」

私も覚えていない。

それに、男が何処に居るか気になって聞いてみる。

男は、ここだよと言いながら私の肩に手を置いた。

凄く安心できた。

それと同時に疑問が浮かんだ。

「あの、真っ暗なのに私が見えてるの?」

「いや、見えないよ。音で大体の場所は解るから。それより、ここはやばい。何かが居る。もしかして、あの噂の……」

詳しく知らないが、その噂なら私も聞いた事がある。

確か、何処かの工場跡に化け物が居る。

外に出ないように誰かが餌を……まさか、私達が餌……?

一気に血の気が引いた。

「でも、あれ噂でしょ?化け物なんて居る訳ないし」

自分で噂だと言っておきながら、かなり自信がない。

この状況が真実味を高めている。

「いや、化け物かどうかは解らないけど、何かは居る。さっき、噛み付かれたから」

闇と化け物のダブル。

私が泣くには充分だ。

泣いてる私に、彼は自分が会った化け物の事を教えてくれた。

私と同じように目を覚まし、辺りを探っていると何かクチャクチャという音と、生臭い匂いがして近付いてみると、いきなり足を噛み付かれた。

驚いて暴れていたら、ドラム缶みたいな物が倒れ、派手に音が鳴ったと同時に逃げて行った。

姿は見えないが、噛まれた跡と触れた感触から、人みたいな形をしてると。

化け物を想像し、体が震えた。

まさか、今も近くに?

「ああ、今は近くに居ないよ。色々と探ってみたけど、ここはかなり広い。それに、静かにしていれば暫くは見付からないと思う。さっきも、俺達に気付かなかったみたいだしね」

さっき?

最初に声をかけられた時だ。

あの時は近くに居たんだ。

彼が居なかったらと思うと怖くて堪らない。

ここでまた疑問が浮かんだ。

「あの、貴方には化け物が何処に居るか解るの?」

「さっきも言ったけど、音でなんとなく解る。耳には自信があるんだ」

私には何も聞こえなかった。

純粋に、凄い耳がいいんだなと思う。

化け物の位置が解れば、逃げられるかもしれない。

この暗闇の中で、少しだけ希望が湧いた。

「これは想像だけど、化け物も音で俺達を判断してると思う。ドラム缶が倒れる音で逃げて行ったからね」

なんでこの人は、こんなに冷静なんだろう?

全く見えない状況で、食われかけたのに。

私なら多分、逃げるのに必死で何も考えられない。

「さて、出口でも探そうか。こっから出なきゃ、いつか食われるしな」

その意見には賛成だ。

闇に怯え動けない私は、彼に手を引かれながら出口を探す事にした。

何度も転びそうになる私とは反対に、彼は普通に歩いているように感じる。

本当は見えているのではと、考えてしまうくらいに。

彼に手を引かれ足を動かしていると、何か柔らかい物に足が当たったと感じた。

その瞬間に、足首を何かに捕まれる感触と、鋭い痛みが。

「ヒッ!! 痛い」

足を止め、声を上げた私に彼はすぐに事態を把握した。

私に噛み付いている化け物を、引っ張っているのが解る。

私は叫びながら暴れる事しか出来ない。

「ちょっと待ってろ!!」

「嫌!! 行かないで!! 痛い」

彼が離れて行くのを感じ、不安に煽られる。

それより、痛い。

ザクリと音が聞こえ、痛みが少し楽になる。

またすぐに痛みが来る。

「この野郎、まだか」

続けざまにザクリと音が鳴る。

音とともに、力が弱くなっていく。

私は思いっきり蹴飛ばし、化け物から足を離した。

「大丈夫か? 怪我してないか?」

二人共、息も絶え絶えだった。

噛まれた所を触って、確認してみる。

出血し、少し抉れているのが解る。

見えなくて良かった。

見えていたら、きっと今より痛く感じるに決まってる。

「大丈夫だと思う。それより、さっきのは?」

「多分、俺が会った化け物だ。もう死んだと思う。これで散々、刺したから」

見えないが、さっき彼が離れて行ったのは、武器を探しにいったんだと解った。

改めて凄いと思う。

この闇の中で、武器を探し化け物を倒した。

こんなに頼りになる人は見た事がない。

恐怖が一つ無くなり、少し安心した私は胸が高鳴るのを感じた。

私達は一休みし、出口を探す為に立ち上がった。

足を引き摺る私のせいで、歩くペースは遅い。

何も文句を言わず、手を引いてくれる彼の優しさが嬉しかった。

かなりの時間、歩いた。

その間に、ドアを二回は開けた。

全く見えない為、同じ所を回っているように感じる。

聞いてみようか考えた時、彼は足を止めた。

「この辺りから出られるかも。なんか空気が流れてる感じがする」

彼は壁を叩いて何かを確認している。

私は何も感じない。

彼と同じように壁を叩くと、ぐらぐらと動いた。

「ここ壊れるかも。でも素手じゃ無理だ。なんか探してくる」

彼はすぐに戻って来て、私に棒状の物をくれた。

持った感じから、鉄だと解る。

二人で壁に向かって鉄の棒を降り下ろした。

手応えで、少しずつ壁が壊れて行くのが解る。

もう少しという所で、急に彼が手を止めた。

「ごめん、トイレ行ってくる。すぐ戻るから、そのまま続けて」

こんな時にトイレって、本当に胆の座った人だなと思いながら壁を叩いた。

彼がトイレに行って少しして、確かな手応えと音が鳴り、壁に穴が空いた。

穴からは光が射し込んで来る。

久しぶりに見る光に目が痛い。

目を細め、彼に知らせる。

「壁が壊れたよー!! 光だよー!!」

何処にいるか解らない彼に、大きな声で伝える。

返事が帰ってこない。

耳を澄ますと、何か音が聞こえる。

見えないが、そんなに遠くはない。

彼だと思いもう一度、声をかける。

今度は答えが返って来た。

「壁が壊れたんなら先に行け!! くっ……」

最後の声で、彼の状況が解った。

トイレなんて嘘だ。

彼は化け物が近付いてるのが解り、私を守る為に囮になったんだ。

壁を叩く音で全く、気付けなかった。

助けに行きたい。

でも、私に出来るだろうか?

彼の悲鳴が聞こえた。

鉄棒を握りしめ、彼の声を頼りに闇の中に走りだした。

「なんで戻ってきた。早く行け!!」

彼の苦しそうな声で位置が解った。

ただ、化け物が何処か解らない。

「嫌だ。絶対に助ける。化け物は? 見えないの」

彼が、さらに悲鳴を上げた。

急がなければ、彼が死ぬ。

何もしなければ結果は同じだ。

勘で当たりを付け、鉄棒を降り下ろした。

鈍い音と手応え。

どちらに当たったか解らない。

大丈夫か聞こうとした瞬間に、凄い力で足を掴まれた。

私は化け物だと思い、足下に滅茶苦茶に鉄棒を叩き付けた。

足を掴む力が緩んでも叩き続けた。

「もういい。多分、死んだよ」

彼の辛そうな声で手を止めた。

良かった、彼が助かった。

「早くここから出よう。まだ居るかもしれない。あと、助けに来てくれてありがとな」

嬉しくて涙が出た。

泣き顔を見られなくて良かったと、暗闇に感謝した。

彼に肩を貸し、さっきの場所に戻る。

急いで壁を壊し外に出た。

陽の光が目に痛く、気持ちいい。

風が解放感を運んで来る。

深呼吸を一つして、気になっていた彼を見る。

想像していた通り、優しそうな顔。

肩が真っ赤に染まっている。

何故か、目を閉じている。

「もう外だよ。光で目が痛い?」

「いや、俺は目が見えないから」

彼の言葉に驚いた。

私にとって、恐怖の対象でしかない暗闇は、彼にとっては何でもない事だったんだ。

彼の落ち着いた行動や、五感の鋭さに納得がいった。

「それより、ここから離れよう」

そうだと思い降り返ると、私達が出てきた所から、真っ白い何かが見え、すぐに引っ込んだ。

あれが化け物だと解り、ゾッとした。

今度は私が彼の手を引きながら、急いでこの場所から離れた。

私にとって、地獄でしかない場所も少し距離が離れると、振り返る余裕が出来た。

地獄を改めて見る。

彼の言った通り、かなり大きい。

ひび割れた壁に、蒲鉾型の屋根。

窓と呼べる物は一つとして無い。

幾重にも絡まる蔦と苔。

化け物の住み処としては満点だ。

また、恐怖が甦り私達は足を早めた。

何処をどう歩いたか解らない。

なんとか車が通りそうな場所に辿り着いた。

忘れていた足の怪我が痛みを知らせ、立っていられなくなり座り込んだ。

凄く言いたい事があったが、彼の左手に光る指輪を見て辞めた。

それからの事は、あまり覚えていない。

車に乗った所までは覚えている。

そこから記憶が抜けていて、気が付くと病院のベッドの上だった。

それに、彼も居なかった。

退院して色々と調べてみたが結局、私達が餌にされた理由も、あの化け物の事も何も解らなかった。

あの一件から私の考え方が変わった。

障害者という言い方は間違っている。

健常者は何か一つでも欠けると混乱し、何も出来なくなってしまう。

だけど、彼等は他の器官で補い生きている。

私達より、ずっと強いと私は思う。

足に傷跡が残ったし、二度と御免だけど良い経験をしたと今では考えている。

そして今日も……

優しく強い彼を思い出し、溜め息をついた。

怖い話投稿:ホラーテラー 月凪さん  

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