目が覚めると真っ暗で知らない場所に居た。
目を開けているかどうかも解らない。
私は、ここまで完璧な闇を経験した事がない。
見えないという事が堪らなく怖い。
昨日の事を考える。
全く記憶が無い。
いきなり恐怖が倍増して混乱した。
「誰か、誰か居ませんかー?」
「静かに」
闇の中から答えが返ってきてドキっとした。
「少しだけ静かに」
小さく抑えた、男の声。
意味は解らないが、誰かが居て少しだけ安心する。
私は、言われた通り黙っていた。
「もういいよ」
優しい声に肩の力が抜ける。
「えーと、君も昨日の事を覚えてない? 俺も覚えてなくて」
私も覚えていない。
それに、男が何処に居るか気になって聞いてみる。
男は、ここだよと言いながら私の肩に手を置いた。
凄く安心できた。
それと同時に疑問が浮かんだ。
「あの、真っ暗なのに私が見えてるの?」
「いや、見えないよ。音で大体の場所は解るから。それより、ここはやばい。何かが居る。もしかして、あの噂の……」
詳しく知らないが、その噂なら私も聞いた事がある。
確か、何処かの工場跡に化け物が居る。
外に出ないように誰かが餌を……まさか、私達が餌……?
一気に血の気が引いた。
「でも、あれ噂でしょ?化け物なんて居る訳ないし」
自分で噂だと言っておきながら、かなり自信がない。
この状況が真実味を高めている。
「いや、化け物かどうかは解らないけど、何かは居る。さっき、噛み付かれたから」
闇と化け物のダブル。
私が泣くには充分だ。
泣いてる私に、彼は自分が会った化け物の事を教えてくれた。
私と同じように目を覚まし、辺りを探っていると何かクチャクチャという音と、生臭い匂いがして近付いてみると、いきなり足を噛み付かれた。
驚いて暴れていたら、ドラム缶みたいな物が倒れ、派手に音が鳴ったと同時に逃げて行った。
姿は見えないが、噛まれた跡と触れた感触から、人みたいな形をしてると。
化け物を想像し、体が震えた。
まさか、今も近くに?
「ああ、今は近くに居ないよ。色々と探ってみたけど、ここはかなり広い。それに、静かにしていれば暫くは見付からないと思う。さっきも、俺達に気付かなかったみたいだしね」
さっき?
最初に声をかけられた時だ。
あの時は近くに居たんだ。
彼が居なかったらと思うと怖くて堪らない。
ここでまた疑問が浮かんだ。
「あの、貴方には化け物が何処に居るか解るの?」
「さっきも言ったけど、音でなんとなく解る。耳には自信があるんだ」
私には何も聞こえなかった。
純粋に、凄い耳がいいんだなと思う。
化け物の位置が解れば、逃げられるかもしれない。
この暗闇の中で、少しだけ希望が湧いた。
「これは想像だけど、化け物も音で俺達を判断してると思う。ドラム缶が倒れる音で逃げて行ったからね」
なんでこの人は、こんなに冷静なんだろう?
全く見えない状況で、食われかけたのに。
私なら多分、逃げるのに必死で何も考えられない。
「さて、出口でも探そうか。こっから出なきゃ、いつか食われるしな」
その意見には賛成だ。
闇に怯え動けない私は、彼に手を引かれながら出口を探す事にした。
何度も転びそうになる私とは反対に、彼は普通に歩いているように感じる。
本当は見えているのではと、考えてしまうくらいに。
彼に手を引かれ足を動かしていると、何か柔らかい物に足が当たったと感じた。
その瞬間に、足首を何かに捕まれる感触と、鋭い痛みが。
「ヒッ!! 痛い」
足を止め、声を上げた私に彼はすぐに事態を把握した。
私に噛み付いている化け物を、引っ張っているのが解る。
私は叫びながら暴れる事しか出来ない。
「ちょっと待ってろ!!」
「嫌!! 行かないで!! 痛い」
彼が離れて行くのを感じ、不安に煽られる。
それより、痛い。
ザクリと音が聞こえ、痛みが少し楽になる。
またすぐに痛みが来る。
「この野郎、まだか」
続けざまにザクリと音が鳴る。
音とともに、力が弱くなっていく。
私は思いっきり蹴飛ばし、化け物から足を離した。
「大丈夫か? 怪我してないか?」
二人共、息も絶え絶えだった。
噛まれた所を触って、確認してみる。
出血し、少し抉れているのが解る。
見えなくて良かった。
見えていたら、きっと今より痛く感じるに決まってる。
「大丈夫だと思う。それより、さっきのは?」
「多分、俺が会った化け物だ。もう死んだと思う。これで散々、刺したから」
見えないが、さっき彼が離れて行ったのは、武器を探しにいったんだと解った。
改めて凄いと思う。
この闇の中で、武器を探し化け物を倒した。
こんなに頼りになる人は見た事がない。
恐怖が一つ無くなり、少し安心した私は胸が高鳴るのを感じた。
私達は一休みし、出口を探す為に立ち上がった。
足を引き摺る私のせいで、歩くペースは遅い。
何も文句を言わず、手を引いてくれる彼の優しさが嬉しかった。
かなりの時間、歩いた。
その間に、ドアを二回は開けた。
全く見えない為、同じ所を回っているように感じる。
聞いてみようか考えた時、彼は足を止めた。
「この辺りから出られるかも。なんか空気が流れてる感じがする」
彼は壁を叩いて何かを確認している。
私は何も感じない。
彼と同じように壁を叩くと、ぐらぐらと動いた。
「ここ壊れるかも。でも素手じゃ無理だ。なんか探してくる」
彼はすぐに戻って来て、私に棒状の物をくれた。
持った感じから、鉄だと解る。
二人で壁に向かって鉄の棒を降り下ろした。
手応えで、少しずつ壁が壊れて行くのが解る。
もう少しという所で、急に彼が手を止めた。
「ごめん、トイレ行ってくる。すぐ戻るから、そのまま続けて」
こんな時にトイレって、本当に胆の座った人だなと思いながら壁を叩いた。
彼がトイレに行って少しして、確かな手応えと音が鳴り、壁に穴が空いた。
穴からは光が射し込んで来る。
久しぶりに見る光に目が痛い。
目を細め、彼に知らせる。
「壁が壊れたよー!! 光だよー!!」
何処にいるか解らない彼に、大きな声で伝える。
返事が帰ってこない。
耳を澄ますと、何か音が聞こえる。
見えないが、そんなに遠くはない。
彼だと思いもう一度、声をかける。
今度は答えが返って来た。
「壁が壊れたんなら先に行け!! くっ……」
最後の声で、彼の状況が解った。
トイレなんて嘘だ。
彼は化け物が近付いてるのが解り、私を守る為に囮になったんだ。
壁を叩く音で全く、気付けなかった。
助けに行きたい。
でも、私に出来るだろうか?
彼の悲鳴が聞こえた。
鉄棒を握りしめ、彼の声を頼りに闇の中に走りだした。
「なんで戻ってきた。早く行け!!」
彼の苦しそうな声で位置が解った。
ただ、化け物が何処か解らない。
「嫌だ。絶対に助ける。化け物は? 見えないの」
彼が、さらに悲鳴を上げた。
急がなければ、彼が死ぬ。
何もしなければ結果は同じだ。
勘で当たりを付け、鉄棒を降り下ろした。
鈍い音と手応え。
どちらに当たったか解らない。
大丈夫か聞こうとした瞬間に、凄い力で足を掴まれた。
私は化け物だと思い、足下に滅茶苦茶に鉄棒を叩き付けた。
足を掴む力が緩んでも叩き続けた。
「もういい。多分、死んだよ」
彼の辛そうな声で手を止めた。
良かった、彼が助かった。
「早くここから出よう。まだ居るかもしれない。あと、助けに来てくれてありがとな」
嬉しくて涙が出た。
泣き顔を見られなくて良かったと、暗闇に感謝した。
彼に肩を貸し、さっきの場所に戻る。
急いで壁を壊し外に出た。
陽の光が目に痛く、気持ちいい。
風が解放感を運んで来る。
深呼吸を一つして、気になっていた彼を見る。
想像していた通り、優しそうな顔。
肩が真っ赤に染まっている。
何故か、目を閉じている。
「もう外だよ。光で目が痛い?」
「いや、俺は目が見えないから」
彼の言葉に驚いた。
私にとって、恐怖の対象でしかない暗闇は、彼にとっては何でもない事だったんだ。
彼の落ち着いた行動や、五感の鋭さに納得がいった。
「それより、ここから離れよう」
そうだと思い降り返ると、私達が出てきた所から、真っ白い何かが見え、すぐに引っ込んだ。
あれが化け物だと解り、ゾッとした。
今度は私が彼の手を引きながら、急いでこの場所から離れた。
私にとって、地獄でしかない場所も少し距離が離れると、振り返る余裕が出来た。
地獄を改めて見る。
彼の言った通り、かなり大きい。
ひび割れた壁に、蒲鉾型の屋根。
窓と呼べる物は一つとして無い。
幾重にも絡まる蔦と苔。
化け物の住み処としては満点だ。
また、恐怖が甦り私達は足を早めた。
何処をどう歩いたか解らない。
なんとか車が通りそうな場所に辿り着いた。
忘れていた足の怪我が痛みを知らせ、立っていられなくなり座り込んだ。
凄く言いたい事があったが、彼の左手に光る指輪を見て辞めた。
それからの事は、あまり覚えていない。
車に乗った所までは覚えている。
そこから記憶が抜けていて、気が付くと病院のベッドの上だった。
それに、彼も居なかった。
退院して色々と調べてみたが結局、私達が餌にされた理由も、あの化け物の事も何も解らなかった。
あの一件から私の考え方が変わった。
障害者という言い方は間違っている。
健常者は何か一つでも欠けると混乱し、何も出来なくなってしまう。
だけど、彼等は他の器官で補い生きている。
私達より、ずっと強いと私は思う。
足に傷跡が残ったし、二度と御免だけど良い経験をしたと今では考えている。
そして今日も……
優しく強い彼を思い出し、溜め息をついた。
完
怖い話投稿:ホラーテラー 月凪さん
作者怖話