俺は一人、ボートに乗っていた。
霧がかかった湖の真ん中にボートを止めると俺はつぶやいた。
「ここが俺の死に場所か…」
そう…
俺は死ぬためにここにやってきたのだ。
仕事を失い、恋人にフラれ、挙げ句のはてに火事で住む場所さえ失ってしまった…
こんな俺に残された道は死しかないだろう…
俺は震える手でポケットの中から、青酸カリの錠剤を取り出した。
これを飲めば、直ぐに死ねるのだろう。
俺はゆっくりと錠剤を口に入れようとした。
だが、手の震えが止まらない。
俺は誤って、錠剤を湖の中に落としてしまった。
「全く…死ぬ事さえ出来ないのか…」
俺は、そう呟いてボートの上でうなだれていると、急に湖の水面が、ボコボコと泡立ち、泡の中から美しい女が出てきた。
俺が驚いていると、湖から現れた女は、俺にこう尋ねてきた。
「あなたが今、湖に落としたのは、金の青酸カリですか?
それとも銀の青酸カリですか?」
俺は女に言った。
「俺が落としたのは、金でも銀でもなく、普通の青酸カリですが…」
すると、女はニコリと微笑み、優しい声で言った。
「あなたは正直な方ですね。
どうぞこの金の青酸カリと銀の青酸カリをお受け取りください。」
そう言うと、俺の手に金と銀と普通の青酸カリを握らせた。
俺は女に聞いた。
「あの…金や銀の青酸カリを飲むと、一体どうなるんですかね?」
すると女は、優しく微笑んだまま答えた。
「え? どうなるかって…
普通に死ぬでしょ。
だって青酸カリなんですもの…
ですもの…
すもの…の…の…」
エコーを残し、女は湖の中に沈んでいった。
俺は、三粒の錠剤を湖に投げ捨てると、湖の岸にむかって力一杯ボートを漕いだ。
心の中で、
(死んでたまるか!)
と叫びながら。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話