「何だよ!?あれ!?何なんだよ…!?」
「知るかよ!んな事よりもこの状況をなんとかすんのが先だろっ!!」
内設された非常階段を駆け降りながら、Bが俺に言った。
アレを振り切る為に、非常階段を逸れ、薄暗い月の明かりに照らし出された廊下を必死に走る。
数時間前…
俺(A)と、Bの2人は、この地域で有名な心霊スポットに来ていた。
今、俺達がいる建物があるこの場所は、数年前には大きな団地が乱立していた。
しかし、この団地群は、完成後間もなく呪われた物件として有名になる。
それは、1人の若者による猟奇殺人が発端だった。
団地完成と共に入居してきた若者。彼をWとする。
Wは入居後間もなく、隣人を殺害、遺体を自室に運び、頭部を切断、そして被害者の頭部を剥製に、身体は内臓を抜き取り皮だけにして、部屋の敷物にしていたらしい。
それが発覚したのは、Wが入居してから僅か3ヶ月後だった。だが、その3ヶ月の間に団地の住民8人がWの犠牲になっていた…
もちろん、Wは死刑になった。
Wの逮捕後間もなくして、団地は建て替えが決まったらしい。
しかし、Wが住んでいたR棟だけは、解体されなかった。いや、事故が多発して解体出来なかったと…
そして結局、R棟だけが残った。しかし、入居者は誰も居らず、数年間無人の廃墟としてこの場所にある。
地元民は絶対に近づかないこの廃墟が建つ場所は、『黙地』と呼ばれている。
黙地は書いて字のごとし…、沈黙の土地。
誰も手が出せず、建て替えも解体も出来ない。足を踏み入れる事すら拒まれ、何よりこの場所には生き物が一匹も寄り付かない。
静寂と闇に包まれた廃墟、黙地…
「スゲェ…、この夏の盛りに虫の声すらしねぇよ。」
R棟を前にしてBが言った。
「つーか、空気が違うな。何か…」
時刻は昼の2時。真夏の、照りつける太陽の熱と湿気を含んだ空気。この時期、この辺りでは当たり前な環境だ。
それを覆すがごとく、黙地の中はひんやり、さらっとした空気が支配している…
「…行くか、」
「ああ。」
俺達はR棟の入口へ向かい、歩き出した。
R棟の入口は、鉄柵で固く閉ざされていて、とてもじゃないが開けられなかった。
仕方がないので、とりあえず棟の周りを一周することに…
団地なので各部屋ごとにベランダに繋がる大きな窓が付いているのだが、そこにも鉄柵が張り巡らされ、人の侵入を拒んでいた。
「どーすんだよ?これじゃ入れねぇよ…」
「うーん、ってもなぁ…
まぁ、いいんじゃね?とりあえず入れなかったって事で。」
「いやいや、ダメだろ!
それじゃ意味ねぇし、つまんねーじゃん!?」
「こんな男2人のしかも真っ昼間の肝試しに意味なんかあんのか?」
「有るんだよ、鈍いな。
これが文章になってる時点で既に意味有りなの!」
「はぁ?」
Bは文章がどうとか、読者がどうとか、意味の分からない説明を俺に長々と話し続けた…
こいつ、オカルト本でも書くつもりなのか??
「わかったよ。何か他に手段を探そう。
……!?おい、B、あれなんかどうだ?」
「ん!?そうか!頭いいなA!」
俺が見つけたのは、団地の屋上に溜まった雨水を流すために付けられたパイプだった。幸い?、2階から上のフロアは鉄柵が付いていない。パイプを伝い、2階まで行ければ、建物内への侵入は楽だ。
早速パイプをよじ登る俺とB。壁に足を掛け、しっかりとパイプ握り、2、3分で2階のベランダに到達。
悪いとは知っていたが、ここまで来た…
俺は何の躊躇いもなく、ベランダと屋内を遮るガラス戸を叩き割った。
その瞬間、屋内から重く冷たい空気が溢れ出てきたような気がして身震いした。
「よし、いい判断だ!でかしたぞ、A!」
「偉そうに言うな…」
「さぁて、行きますか?」
「ああ。」
…………。
Bは意気込んだくせに、何かを待つようにベランダに立ったままだった。
俺は、当然最初はBから中に入っていくと思っていたから、怪訝な顔でBを見た。
「B?どうした?」
「いや、行くぞ…」
屋内に侵入した俺とB。
部屋の中は薄暗く、カビ臭い。そして何より空気が異常に重く感じられた。
しかも、気味の悪いことに当時の住民達のものらしき家財道具等が置きっぱなしになっていた。
…まるで、慌て逃げるようにここを去っていった様に。
「な、何だ?こ、ここの家は夜逃げでもしたのか?」
「B、声がひきつってるぞ。」
「うるさい。少し寒いだけだ…」
寒い?馬鹿な、外は30℃越えの真夏日だぞ?確かに、初めは雰囲気に気圧されて寒気を感じたが寒いわけ……
いや、寒い。確かにこの部屋は…と言うより建物内全部だろうが、やはり身体中に寒気を感じる。
「なあ、B。やっぱりここは何か変だ…
あまり長居はしない方がいいと思うぞ。」
「そうだな。ま、早いとこ例の部屋見つけて、記念撮影して帰るか…」
「記念撮影?何の?」
「決まってんじゃん。
死刑に処されてからも人を殺す快楽を求めてさ迷い続けるWの霊のだよ。」
「何だその話?」
「バッカ、俺は頭いいからちゃんとネットで下調べしてきたんだよ。」
「そうか…。」
こんな馬鹿話をしていた時だった。
ガラ ガラ ガラ ガラ…
何か重いものを誰かが引きずっているような音…
そんな音が各部屋に繋がる共同通路の方から聞こえてきた。
「おい、A。何の音だよ?」
「それはな…って、知るわけねぇだろ。
まぁ、何か金属を引きずっているような音だろ?
だから、少なくとも音を出してるのは動物じゃなくて人間だな。」
「マジか!?ヤンキーとかだったらヤバくね?」
別にヤンキーの方がマシだと、俺は真剣に思った。さっきから再び強くなったこの寒気…
何かの警告なのか?
あるいは…
「…!?おぃ、A!」
「ん、今度は何だ?
ヤンキーがこの部屋に入って来たのか?」
「ヤンキーかどうかは分からねぇけど、誰かがこの部屋に居る気配しねぇか?」
「………」
Bがそう言った時、部屋の空気が重くなった。
「B、とりあえず、ここから出よう。もと来たベランダは向こうだったよな?」
「ああ。」
俺達はガラスを割って侵入してきたベランダへと戻った。
だが、そこで有り得ない光景を目の当たりにする…
「な、嘘だろ!?」
「ふざけんな!誰のいたずらだよ!?」
俺達が侵入したベランダへ出るための敷居のガラス戸が外側から鉄柵で固く閉ざされていた。
「…っつ。無理だな。開けられねぇ…」
「B、玄関から出て外の共同通路を使って他の部屋に入れないか調べてみよう。もし、入れたらその部屋からベランダに出て逃げればいい。」
「だけど…共同通路はさっき…」
「誰かが居るかも知れないんだろ!?だがここにこのまま居たんじゃ何もならないぞ。」
「わかったよ。」
Bもきっと共同通路からの異様な空気を感じ取っていたのだろう…
居間からクローゼットが埋め込まれた廊下を歩いて、玄関に辿り着いた俺達。 この部屋の玄関の鍵は開いていた。
俺はラッキーだと思った。それは、この部屋の鍵が開いていると言うことは、当然、他の部屋も鍵が開いている可能性が高いからだ。
ゆっくりと、ドアノブを回して共同通路へ……
「……え?」
思わず自分の目を疑った。外からは真っ暗な廃墟にしか見えなかったのに、共同通路には非常灯のうっすらした灯りが点っていた。
誰もいない無人の廃墟。
電気や水道だって止まっているはず。
非常灯が別の発電機から電力を得ているとして、はたしてそれが数年間も持ち続けるのか?
「おい、A。どうしたんだよ?」
「いや、何でもない。」
「じゃあ早く出ようぜ。」
Bに促され、共同通路へ…
キィィ…バタンッ………………ガチャッ
背後では俺達が出てきた部屋のドアが閉まる音と、そのドアをロックする鍵の音…
「馬鹿な!?」
思わず後ろを振り返った俺。視界は非常灯の灯りもなく真っ暗…
いや、違う誰かが、
俺の背後に居たんだ…
Bは動きもせずに前を向いたまま。
…と、その直立不動の姿勢のまま、Bが倒れた。
…………ゴッ!!
「!?……B!!………っぐ!?」
何かを削るような物音に意識が戻った…
隣では、Bがグッタリしている…
幸い、意識は有るようだ。だが、相当疲れきっていた。
……血?
俺てBは誰かに殴られて、それで気絶したのか?
殴られて?一体誰が?
誰が俺達を殴った?
しばらくの沈黙…
Bが口を開いた。
「A。お前、まだアレを見てねぇよな。」
「アレって何だ?」
「俺達を殴ってここに引きずってきた奴だよ…」
「奴?生きた人間が居たのか?」
「わからない…」
Bは再び口を閉じた。
それにしても…
さっきから聴こえてくるこの金属を擦るような音は何だ?
それに、ここは…何処なんだ?
俺達の目の前には無機質な白い壁と窓から僅かに入ってくる月の明かりに照らし出された気味の悪い人形が映っている。
6畳程の洋室。ここは、まだあの団地の中らしい。
と、金属を擦るような音がピタリと止まった。
次の瞬間、部屋のガラス戸に人影が映る。
Bの顔が青ざめていく…
人影が大きく振りかぶった。片手に何か持っているようだ…
ガシャンッ…
……?ガラスが割れる音がしない、が、透明なガラス片が床に落ちている。
奴は姿を現した。
片手に長斧を、もう片方の手には鎖で縛った冷蔵庫。さっき共同通路で聞いた何か金属を引きずっているような音…
それが奴の持っている長斧のものだったとすぐに察知した。
冷蔵庫?何であんなものを引き回しているんだ?
「A!!逃げるぞ!!」
Bがいきなり叫んだ。
その声で状況を理解し、ここに居るのはマズイと悟った。
奴が再び振りかぶった斧を降り下ろした。
「ぐぁあ!」
体に激痛が走った。
右足の太もも辺りに浅いが切り傷が口を開ける。
「ガラスは割れねぇくせに、人は切れるのかよ!?」
「A!んな突っ込み入れてる暇があったら走れ!
逃げるぞ!!早く!!」
俺達は、奴の横をすり抜けて共同通路へ飛び出すと、突き当たりにあった非常階段の扉へ一直線…
奴も続いて来た。
どうでもいいが、かなりの俊足だ。
「何だよ!?あれ!?何なんだよ…!?」
「知るかよ!んな事よりもこの状況をなんとかすんのが先だろっ!!」
内設された非常階段を駆け降りながら、Bが俺に言った。
アレを振り切る為に、非常階段を逸れ、薄暗い月の明かりに照らし出された廊下を必死に走る。
追いかけてくるガラガラ音がいつの間にかガガガガという連続音になっている。
俺とBは、それ位必死になって走った。
だが、ここで俺は大事なことに気付く。
この建物には出口が無いのだ。ありとあらゆる窓や出入口には鉄柵が張り巡らされているのだから…
「おぃ、B!駄目だ、下に向かっても行き止まりだ!逃げ道がない!!」
「じゃあどうすんだ!?
屋上に行って流れ星にでもなって逃げるのか!?」
「それになってる時点でもう死人じゃないのか?」
「じゃあ何か上手い言い回し考えろよ!」
「怒る場所間違ってるぞ…」
「よし、ならこうしよう。2人バラバラに逃げるんだ。そうすりゃ奴はどっちを追えばいいのか迷って立ち止まる!」
「なるほど、時間稼ぎにはなりそうだな。
それで、別れた後は、どこで合流する?」
「最上階だ。そこの共同通路の中央で合流だ!」
「わかった。
………俺はもう一度非常階段に行く。お前はこのまま上まで行け。」
Bは深く頷き、走る速度を速めた。
俺は180°方向転換、奴の方へ向かって走り、奴の横を巧くすり抜けた。
さぁ、付いてこい。
当然、距離が近い俺に奴は付いてくると思っていた。
しかし…
「なんでだっ〜〜〜!!」
意外にも奴は離れたBの方を追った。
よほど足の速さに自信があるらしい…
頑張れ、B。
薄暗い非常階段を必死になって上った。
Bは大丈夫だろうか?
あの状況下でBはきっと脱出の方法を何かひらめいたに違いない。
さすがだぜ、B。
そんな期待に胸膨らませ、最上階の扉を開く。
まだBは来ていないようだ。
とりあえず、Bの指示通りに共同通路の中央へ…と、
「うぉぉおおっ!!!!」
けたたましい雄叫びと共にBが登場した。Bの後方には冷蔵庫をブン回しながら怒り狂ったように走る奴がいた。
「B!!ここからどうするんだ!?」
「はぁ!?知らねぇよ!!
んなこと自分で考えろっ!」
…全く頼りにならない男B。
共同通路の中央で合流した俺達は、再び2人仲良く猛ダッシュ。
「やべ、これじゃ結局さっきと一緒じゃねえか!!」
「当たり前だろ!?何も進展してねぇよ!!」
「…っかしーな。大体こういう時は建物の屋上に行けば何か武器が落ちてるもんなんだけどな…」
「B!お前もう喋んな!!」
結局、非常階段を駆け降りる。次第に体力が限界に近付いてきた。
息も切れ切れに、何とか脱出する方法はないものかと考えた。
……と、薄暗い非常階段の角に設置されたあるものに目が止まった。
「おぃ、何してんだA!!
奴に追い付かれるぞ!!」
「……これだ。」
「何だよ!?ただの箱だろ、それ!」
「ダストシュートだよ。
これで外に出られる!」
俺は、まだ状況が理解できていないBの腕を掴むと、勢いよくダストシュートに飛び込んだ…
「イテテテッ!
A、なんだこれ!?真っ暗でしかも痛てぇよ!!」
「少し我慢しろ!」
……………
ダストシュートの排出口から出る俺達。
どうやらここは黙地の裏手にあるごみ捨て場の様だ。
幸い、切り傷や擦り傷程度で済んだ。
Bも元気なようだ。
「よかった。何とか逃げ切れたな。」
「さすがだぜA、まさかあの状況でこんな逃げ方に気が付くなんて。」
「ありがとな。よし、とりあえず帰ろうぜ。
もう夜も明けちまう。」
「…しかし、アレは何だったんだろうな?」
「さぁな。だけどヤバイものだってのは確かだ。」
「だな。けどお前、気付いてなかったみたいだけど、あの団地の中にまだ住んでる人等居るっぽかったぞ。」
「はぁ?」
「いや、俺等が逃げ回ってる間にいくつか部屋の前通ったろ?あの時さ、部屋のドア開けて俺達を匿おうとしてる人等が居たんだよ。」
「それって…
いいや、何でもない。」
「あの人等もスゲエよな。あんな奴が居るのにあそこに住んでるなんて…」
俺はこんな楽観的な答えが出せるBの方が凄いと思った。
すっかり朝日も昇りきり、辺りがじわじわと蒸し暑くなり始める。
俺達は、泥と錆びにまみれた洋服で2人仲良く帰路に着いた。
…当時、Wが殺害したとされる団地の住民は8人。
しかし、あの団地内には他にも数名の行方不明者がいたという…
きっとBが見た人達は…
怖い話投稿:ホラーテラー ジョーイ・トリビアーニさん
作者怖話