夜の海はただ波の打ちつける音に包まれている。
またこの場所を訪れる事になるとは…
まだ若かった頃…
何か嫌なことがある度に、この街道を車で走った。
その日、人間関係に嫌気が差した俺は、1人車を運転しながらあれこれ考えていた…
海沿いを走る国道245号線。夜になるとどこか寂しい道だが、俺にはその方があっていた。
曲がりくねった側道に入り、海岸の真横の高台を走る。
ちらほらとある街灯が、たまに車に反射する。
『なんで自分はこんな人生を歩んでいるのだろう…いっその事、死んでしまいたい…』
ふと、そんな想いを抱いた時だった。
バタンッ!!
何かが車に当たった?
車体を叩くような音が車内に響いた。
慌てて、退避スペースに車を横付けして車外へ出る。
…何もない。車にも特に傷などはついていなかった。
不思議に思いつつ、再び車を走らせる。
『…あれ?』
気が付いた頃には、車は街道に突然現れたトンネルにのみ込まれていた。
オレンジ色の電灯が煌々と輝く長いトンネル。
出口らしき場所は遥か先にある。
「ねぇ、どうしてここにいるの?」
その声に酷く驚かされた。1人しかいない車の助手席にいきなり知らない女性が座っていたのだから…
だが、不思議と恐怖は無く、不意に現れた彼女の存在をすんなり受け入れる事が出来ていた。
歳は20代前半位だろうか。当時の自分と同じぐらいの年齢に思えた。
「どうしてって?気が付いたらもうここを走ってたんだよ。」
「……そう。出来ればここで貴方には会いたくなかった。」
「え!?どういう意味?」
「まだ先は長いの。
この先に車がUターン出来るスペースがあるから、そこで元来た道を戻って。」
「えぇ!?何で?この先に何か有るの?だったら…、どうせなら出口まで行ってみたい。」
「駄目!!」
いきなり声を荒げた彼女にビックリした。
「そ、そんなに怒らなくても…」
「とにかく駄目よ。
お願い、この先でUターンして。」
彼女の剣幕に負け、渋々車をUターンさせた。
そして、元来た道を戻りだした時だった…
「………!?」
車のルームミラー。
トンネルの出口辺りから無数の黒い腕が車を追いかけてくるかの様に勢いよくこちらに迫ってくる。
「な、何だよ!?あれ!?」
「もっとアクセルを踏んで!!もっとスピードを上げて、黄泉人に捕まる!!」
黄泉人?あの黒い腕は死人の物なのか?
時速150km。そんな速さでも、腕はあっという間に車に追い付き、トランクに掴み掛かってきた。
一気にスピードが落ちる車。黒い腕は信じられない力で車を引きずり戻そうとしている。
「くそぉっ!駄目だ、これ以上無理だ!!」
「頑張って!!もっと助かりたい気持ちを強く持って!!」
「助かりたい気持ち!?」
「そう、助かりたい気持ちよ!!」
彼女が何を言っているのかよく理解できなかったが、こんな得たいの知れない物に捕まる位なら彼女を信じてみようと思った。
「チクショウ!こんな所で死ねるか!!俺は、俺はまだ生きたいんだ!!」
そう叫んだ瞬間、一気にアクセルが軽くなり、車が急加速して瞬く間にトンネルを抜けた。
「やった。助かった。
ありがと…う………」
助手席に彼女の姿は無かった。
「先生、意識が、意識が戻りました。バイタルも安定しています。峠は越えたみたいです。」
『病院…?なのか…』
「よかった。さぁ、私の声が聴こえていたら、この指を目で追ってみてくれ。」
俺は目の前でユラユラ動く細い指を目で追った。
完全に落ち着いた俺が一般病棟に移ると、家族や親戚が一同に会していた。
どうやら、あの日俺は運転を誤り高台から海岸の岩場に車ごと転落したらしい。しかも、事故が夜中ということもあり、俺と車が発見されたのは事故発生から約6時間後。
この時、俺の心臓は停止していたらしい。
両親が泣きながらに、良かった、良かった、と繰り返し口にしていたのが今でも記憶に残っている。
それともう1つ…
退院間近のある日、俺は両親が持ってきてくれた古いアルバムに見入っていた。
そのアルバムは両親が子供の頃のもので、俺が生まれる前に亡くなった両親の親が写っていた。
その中に見覚えのある顔があった。
一枚だけかなり古ぼけていたが、この写真の女性…
あのトンネルの中で、俺の車の助手席に座っていた女性だ。
「母さん、この人は?」
「ん、ああ、この人は私のお母さんよ。あなたにとってはお祖母ちゃんになるわね。美人でしょ?若い頃は凄くモテたって、耳にタコが出来るくらい聞かされたわ。」
母は、懐かしい様な、しかし、どこか悲しげな笑みを浮かべてそう言った…
………波の音に背を向け、若かった頃を振り返る。
そして、あの時、死へと向かうトンネルから俺を助けてくれた祖母。
『ありがとう…婆ちゃん。もう死にたいなんて思わないよ、絶対に…』
怖い話投稿:ホラーテラー ジョーイ・トリビアーニさん
作者怖話