2人は、同時に左折した。
上り坂だったが、やはりペダルが軽い。
ラブホテルの駐車場にママチャリを2台停め、荷台にカバンを括り付けていたロープを一気に解き、ラブホに飛び込んだ。
受付は男性だった。
「自転車旅行中に体調が悪くなったので泊めて下さい!お金はあります!」
受付の男性は、
「自転車?若いなぁ。
」
と呟き、笑いながら、
「男同士は基本的にダメなんだがな、いいぞ。
5800円だ。
」
と快くOKしてくれた。
私達は、2400円づつ払うと、男性は布団一式と目覚し時計を用意してくれた。
そして、
「特別に一番高い部屋に泊まらせてやる。
」
と言い、私達は最上階にあるメチャ広い部屋に通された。
受付の男性が、部屋を出る時、ビニール袋を置き、
「これはやる。
あと、好きな時間にチェックアウトしていいぞ。
」
と言い残し出て行った。
ビニール袋の中身は、缶ビール(500ml)4本と菓子パン数個だった。
明るい光の中で見たYの顔色は真っ青というか、ダンボールのような色をしており、表情は怒りに震えているようだった。
2人は無言で、ビールを開け一口飲んだ。
その途端、Yは貯まっていたもの一気に吐き出すように捲くし立てた。
「お前だ!お前が悪い!何を考えてるんだ?!信じられない、馬鹿だ!!お前の所為だからな!!!」
酷く興奮したYに私は、なだめる様に話し掛けた。
「だって、あんなのいるなんて知らなかったからさぁ。
あの女が・」
私が話すのを遮るようにYが、さらに捲くし立てる。
「女?なんだ?あれは、ババァだったか?!ババァのお化けか?!それとも、単なる黒いボロ布をかぶった普通のばあさんか?いや、普通のばあさんが、あんな速度で追いかけて来れる訳ねーだろ!お化けか?!幽霊か?!つーか、人間の形じゃねーだろ?!あんな、なんだか判らないモノに声を掛けるなんて、お前はキチ○イだ!!おまけに、なんだアレの声は!『左だぁ!左だぁ!』って叫びやがって、アレの声が響くたび、頭が割れるようだったぞ!!あそこで、右に行ってなかったら、絶対殺されてたな!!つーか食われてた!!お前が偉かったのは、あそこで右に曲がった事だけだ!!」
Yは、肩で息をし、缶に残ったビールを一気に飲みほした。
ババァ?黒いボロ布?『左だぁ!』と叫ぶ?私はYが言ってる意味が判らず、きょとんとしていた。
私が見たのは、白い服を着た若い女性で、「・・・右です。
」と消えそうな声だったはず。
おまけに、彼女はかなりの美人で、瞳だって・・・えーと、目は・・・ん?
あれ?
どんな目だったか思い出せない・・・。
大きな二重?切れ長な一重?鼻は?口は?髪型や服装は思い出せるのに肝心な顔が、まったく思い出せない。
たかだか20分前に見た人物の顔が思い出せない。
あんなに、ジロジロ見ていたはずなのに・・・。
も・・・もしかして、彼女も??そんな訳は無い!だって、彼女は透けてなかった。
あんなにハッキリ見える幽霊っているのか?背筋を冷たい汗が流れる。
私の頭は錯乱していた。
そして、錯乱した頭で考える。
Yが見たのは“黒い何か”で、私が見たのは“彼女”だった。
Yには“黒い何か”が『左』と言い、私には“彼女”が『右』と教えた。
『左』へは“黒い何か”が駆け上り、『右』に来た私達は、ラブホでビールを飲んでいる。
もしあの時『左』行っていたら、私達はどうなっていたのか?
判るのはこれだけだったが、この事をYには言ってはいけないような気がした。
何も言わない私に、Yは罵声を浴びせ続けたが、
「ごめん。
」
と一言Yに誤ると、Yは急に落ち着いたようで、
「風呂にでも入るか。
」
と立ち上がった。
6人で入れるような風呂に、ビールと持参したウイスキー(ダルマ)を持ち込み2人で入り、無言でダルマが空になるまで湯船に浸かった。
(1人になるのが怖かったので)風呂から上がった私達は、モロ泥酔状態で、いつ寝てしまったのか、気付くと朝になっていた。
~後日談~
次の日、Yは妙に元気がよく、朝からエロチャンネルを見てはしゃいでいた。
元気なYは
「早く海が見たいなぁ。
」
とやる気マンマンで、ラブホを飛び出すように出て、私達は海へ向かった。
旅行中私は、意図的にあの時の話をしなかった。
結局旅行は、茨城県大洗海岸まで数日かけて行き、そこで4泊した後、行きと違うルートで東京まで数日かけて帰った。
旅行の3日後、
「現像に出していた写真が出来た。
」
とYから連絡があり、旅行の思い出話をするため、Yとファミレスで待ち合わせた。
私は、自転車のルートを一緒に確認したかったので関東マップを持参していた。
私達は、写真を一枚一枚取った場所を関東マップで確認しながら、その時の話を笑いながら話し合った。
私は、写真をめくる度、あの時の恐怖が鮮明に思い出されて来ていた。
私の手に持つ写真は、千葉駅付近のパルコ前で撮った写真。
この写真をめくると、次の写真は、アノ時のYが大声で歌っている写真が出るはずだ。
私の手は少し震えており、写真をめくるのを躊躇していると、Yがあっさりと写真をめくった。
次に出てきた写真には、朝ラブホの前で満面の笑みのYと引きつった笑いの私が、写っていた。
あれ? あの時の写真が無い!私は、Yにあの時の写真が無いことを告げるとYは
「あの時?歌ってた?」
何を言ってるか判らないという素振りを見せた。
私は、
「1日目の夜中に道を聞いて怖い思いをしただろ?」
と言い、千葉県内陸のページを広げ、あの時のあの道を探した。
道はあったが、どうもおかしい。
地図上の距離が短いのだ。
あの時、一本道を2時間以上走り続けたはずだ。
なのに地図では10km程度しかない。
いくらなんでも、短すぎる。
そんな私にYは、
「1日目に道なんか聞いたっけ?」
と、答える。
とても、とぼけてる風ではない。
私は、
「覚えてないのか?」
と言い、地図をYに向け説明した。
「この辺りで、お前の地図を見たのが8時頃だろ。
この旧××道に入ったのは9時頃。
ここまでは、覚えているか?」
Yは、
「そう!そう!」
とうなずき。
使えない地図を持ってきた事を笑いながら謝った。
私は、さらに続けた。
「で、ラブホが有ったのは、この辺だろ。
ラブホに着いたのは、何時頃だった?」
Yは頭を掻きながら、
「たしか、12時過ぎてたよなぁ。
」
と言い、首をかしげた。
私は、
「俺達は、この間の3時間何をしていた?たったこの距離を3時間もかけて走ってたんだぞ!1時間で行けるような距離を3時間かけて走り続けてたんだぞ!その間の事を覚えてないのか? その時の事を、ラブホで俺に怒りまくっただろ?!いいから、ちょっと写真のネガを見せてみろ!!」
Yは、
「俺、3時間も何をやってたんだ?なんで、俺はお前を怒ったんだっけ?」
と呟きながら、写真のネガを取り出した。
私は、ネガを窓にかざした。
そのネガには、不自然な所が有った。
パルコ前での写真とラブホ前での写真、その間にある写真1枚分の空白。
1枚分だけ、感光してしまったかのように、綺麗に真っ白だった。
あの日、私だけが見た“彼女”の姿。
Yだけが見た“黒い何か”の姿。
あの日の出来事を立証する物は、Yが持つ“1枚分感光してしまったネガ”と“私の記憶”のみとなった。
あれから7年以上経ち、先日結婚式にて、久しぶりにYと会った。
2次会で、あの日の話題を出したが、Yの記憶は封印されたままだった。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話