※指に任せて書いたので、長いです。ご注意を。
(あと、『感動系』ってタグ、自分でつけるのがこんなに恥ずかしいとはねぇ……)
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昔、僕がまだ小学生だった頃、僕の家では猫を一匹飼っていた。
子供が近所の野良猫に、周りには秘密で餌をやっていたら、そのうちの一匹がそのまま家に居ついてしまったのだ。
しかし子供がその猫をあまりにも可愛がるので、家族もしぶしぶ仕方なく……といった過程を経て。猫には『玉吉(タマキチ)』と名前がつけられた。
ちなみに、野良猫に餌をやっていた子供というのは、言うまでもないけど、僕のことだ。
雑種で、毛並みは茶色。顔全体がどことなく丸い。性格は、猫にしては大人しく、日向ぼっこが好きなのんびり屋だった。
そして。この玉吉君はなんと、人の言葉が分かる猫だったのだ。
……といっても、本気でそう思っていたのは僕だけで、家族さえも最後まで信じていなかったのだけれど。
きっかけは、ご飯をあげるとき、面白半分で「待て」って言ったら、玉吉君は食べようとしていたのを寸前で止めて、僕の方を恨めしそうにじっと見つめてきた。
猫が『待て』をしたのだ。
僕はびっくり仰天していた。すると玉吉君が、おい、いつまでやらせんだ。といった感じで「んかー」と鳴いた。
はっとした僕が慌てて、
「あ、ごめん、もういいよ」
と言うと、彼はささっとご飯を食べ始めた。
……もしかして、玉吉君は、人の言葉がわかるのではないか。
と僕はその時初めて思ったのだった。その後、彼と一緒にいる内に、思いは確信に変わっていった。
決定的だったのは、ある日、玉吉君がうっかり僕の問いに頷いたこと。
それは、彼が縁側で日向ぼっこをしている時、僕は友達の家に遊びにいこうとしていた。出かけることを伝えようと思ったのだけれど、その時家には誰もいなかったので、僕は、玉吉君のそばに行って。
僕「行ってくるきねー」
玉吉君(こちらを向き、頷いて)「んにゃお」
その時は別に何とも思わなかったけれど、後になって考えると、あれは絶対僕の言葉に返事をしたのだ。
そうしたことが色々あって。玉吉君は、人の言葉がわかるのだ。と僕は家族に打ち明けた。けれども、笑われただけだった。
家族はだめだ。と思った僕は次の日、学校の友達にそのことを話した。
けれど「ええ? そんなんうそやろ?」と友達も信じてくれない。
そんな時だった。話に割って入ってきたヤツらがいた。クラスの中であまり素行がよくない、いわゆる悪ガキ、というヤツらだ。ジャイアンが三人集まったと考えてもらえればいい。
「お前んちの猫、しゃべれるんやって?」
どうやら盗み聞きしていたようだ。実際僕は彼らに関わりたくはなかったのだけれど、一応説明しておいた。
「しゃべれるわけやないけんど、僕の言うことは分かるみたい」
すると、ジャイアンたちは、馬鹿にしたように笑って、
「バッカで、猫がそんなわけやん」
と騒ぎ始めた。
「……本当やし」
「おい、ここにウソつきがおるぞ―」
「いや、ウソやないし」
そうして、しばらく押し問答が続いた後、
「そんなら、今日お前んち行くき。俺らが確かめちゃろうや」
とジャイアンの一人が言った。僕は、
「ええよ」
と答えた。
その日は学校が終わると家に走って帰り、居間でくつろいでいた玉吉君を抱き上げると、そのまま家の前でジャイアンたちを待った。玉吉君は、ナンダナンダという顔をしていたけれど、おとなしく抱かれていた。
しばらくすると、ジャイアンたちがやってきた。
「その猫か?」
「うん」
どうだとばかりに、僕は一匹のジャイアンの顔の前に玉吉君を突き出す。
「ぶっさいくな猫やな」
そのジャイアンはそう言った。てめえの方がブサイクじゃねえか。と僕は思ったけれど、黙っておいた。
それよりも、ブサイクと言われたのにも関わらず、玉吉君は、「んかー」とつまらなそうに小さく鳴いただけだった。
その後、色々とジャイアンたちが喋りかけるも、玉吉君はあくびをしたり、全く反応を示さなかった。
すると、三匹のジャイアンは、我が意を得たりと僕をうそつき呼ばわりしだした。
「ほれ見ろ、やっぱ、お前のウソやんか」
「嘘やないって」
「ウーソツキ、ウーソツキ」
大合唱。
「ウソやないし!」
「うっせ、ウソつきバーカっ」
その瞬間、一匹のジャイアンに僕は胸に抱えた玉吉君ごと突き飛ばされた。塀に背中を思いっきりぶつける。痛かった。でもそんなことよりも、腕の中の玉吉君が潰れるかと思い、ドキッとした。一応大丈夫だったんだけれど、彼はもう僕の腕の中が嫌になってしまったようで、しきりに手足をバタつかせ始めた。
「もう行こうぜー」
と言って、ジャイアンたちは去って行った。僕は悔しいやら情けないやらで、地団太を踏んだ。塀を蹴ったりもした。
玉吉君は、そんな僕の腕から降りると、僕にちらりと一瞥をくれて、どこかへ行ってしまった。
その日は、僕は夕食も喉を通らなかった。
玉吉君は夕食には帰ってこなかった。見つけたら説教してやろうと思ってたので、中々帰ってこない彼にイライラしている内に時刻は夜になり。イライラは少しだけ心配に変わった。
どうして帰ってこないのだろう。
けれどもとうとう眠たくなったので僕は布団にもぐりこんだ。
次の朝起きると、玉吉君は僕の腹の上で眠っていた。その時は何だかもう怒る気力も失せていて、僕はとりあえず、
「おはよう」
と言ってみた。すると彼は両目をうっすら開けて、
「……んにゃあ」
と返事をしてまた眠ってしまった。
その日、学校に行くと、あのジャイアン三人組がそろって僕の方へとやってきた。
何か知らないけれど、どうやら三人とも怒っているようだった。
「おい○○(←僕の名前)!」
「え……?」
「お前、昨日あの猫に何か言ったろう!」
「はあ?」
「お前のせいやぞ!」
肩を強く押された。いったい何なのだろう。わけがわからない。
あわや殴られそうになったところで教室に先生が入ってきて。その場は何とかおさまった。その後、先生も含めてジャイアンたちと話し合うことになり、そこで理由を聞いた。
ジャイアンたちが言うには、昨日僕を突き飛ばした後。なんと猫の集団に襲われたのだそうだ。
確かに、よく見ると彼らの腕や足には引っかき傷がちらほらついている。
「お前が猫に言ったんやろうが!」
とジャイアンたちは口々にまくしたてた。僕は何だかおかしくなってきて。愉快な笑いをこらえながら、先生の前で、努めて冷静に見えるように言ってやった。
「……あんさあ、猫に人の言葉が分かるわけないやん?」
ジャイアンたちは一瞬黙った後、また喚きだした。でも、この場はどうみても彼らの負け戦だった。
それから、ジャイアンたちからは事あるごとに、イジメに近いちょっかいを掛けられることになったのだけれど、
「猫に言うぞ!」
の一言で彼らはおとなしくなるのだった。
ちなみに、玉吉君がこのあたりの猫たちのボスだったとか、その辺の事情は僕は知らない。
彼はその後も変わりなく、のんびり日向ぼっこなどして過ごし、たまに僕の言葉に頷いたり、首を横に振ったりもした。
そして、僕が中学三年になったとき、学校から家に帰ってくると、玉吉君は、家の縁側で日向ぼっこをしながら死んでいた。
家にいた母も、「ああ、日向ぼっこしてるのね」と思っていて、死んでいることに気付かなかったそうだ。
でも、僕にはすぐに分かった。
彼はいつでも、たとえ寝ている時でも、僕が呼べば、返事をくれるはずだから。
遺体を持ち上げると、日に当たっていた部分が、死んでいるのに、温かかった。
初めて会った時からもう大人の猫だったので、ちゃんと一生を生きたのだろう。いずれ、こういう時が来るのは分かっていたし、覚悟はしていたつもりだったけど、やっぱり仕方がない。
僕は泣いた。
彼のお墓は今、家の庭の一番日の当たる場所にでんと立っている。日向ぼっこが好きだったから、「居心地はどう?」と訊くと、きっと「んにゃあ」と返ってくる。
「んにゃあ」は肯定で、
「んかー」は否定。
彼の言葉で分かったのはそれだけ。でも、それで十分だったのだと、僕は思っている。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名産さん
作者怖話