行きつけのバーテンダー
の過去の話・・・。
そのバーテンダーの事をここでは『彼』と呼ばせてもらいます。
彼の歳は52歳らしいのですが、
年齢とは反比例していて、とても若く見えました。
顔立ちは日本人離れをした彫りの深い
綺麗な顔がとても印象的でした。
物静かな方で、
自分のことは話をしたがらない彼でした。
そのミステリアスな雰囲気が
彼の魅力の一つでもありました。
ある日、一つだけ
彼の過去について話をしてくれたことがありました。
ゆっくりとワイングラスを磨きながら
彼は口を開きました。
彼には20代半ばの頃に
婚約者がいたそうです。
とても穏やかで、優しい笑顔の似合う
美しい彼女だったそうです。
彼のその頃の趣味は
カメラだったそうです。
自慢の一眼レフカメラで
美しい彼女と、美しい景色を
そのカメラに収めていったそうです。
海の見える展望台で
彼と彼女は二人の未来について
語り合っていました。
二人を包む潮風も、光も、鳥のさえずりもが
今後の二人を祝福しているようでした。
彼と彼女は歩き出しました。
展望台から少し離れた所に
とても見晴らしの良い
景色が目の前に現れました。
彼はいつものように
景色をバックに彼女を写真に収めようと
カメラを構えました。
彼女は優しい笑顔で
彼のレンズに微笑みます。
いい写真が撮れた・・・と
カメラを下ろし
彼女の方へ視線を向けると
つい先ほどまで居た場所に
彼女はいませんでした。
当然、彼は辺り一面をくまなく捜しました。
必死で彼女の名前を叫び続けました。
声が枯れても
足に出来たマメが潰れても
必死で捜しました。
しかし、どこにも居ません。
カメラから視線を移した一瞬の出来事に
遠くに行けるはずもありません。
もしかすると、
この岬の下に落ちた・・・?
嫌な予感が彼を襲います。
その岬から一番近くの民家に駆け込み
警察へ連絡をします。
警察による必死の捜索も空しく
とうとう彼女は見つからないままでした。
彼はそれこそ抜け殻のようになり
何も手につかず
一日をただ、ボーっと過ごすようになりました。
ふと、あの日の写真を現像してみようと思い
暗い部屋に篭りました。
美しい彼女の笑顔が
このネガの中には沢山ありました。
涙を堪え
一枚一枚と仕上がっていきます。
その中に一枚だけ
妙なものが移りこんだ写真が出来ました。
木々に邪魔されることなく
海が一面に広がるあの高台。
あの見晴らしの良い景色をバックに、
彼女を写した最後の一枚の写真でした。
そこには
彼女の背後に忍び寄る
異常に長い何十本の腕。
その腕は
彼女の足首、手首、肩、頭を
今にも掴みかかろうとしていました。
彼女は20年以上経った今でも
まだ見つからないそうです。
そして、彼は私に
一枚の写真を見せてくれました。
そこには美しく、穏やかな
優しい笑顔の彼女が
微笑んでいました。
無数の腕に囲まれた状態で・・・。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話