ある新築現場で内装工事をやった時のこと。
その現場は戦国の武田氏と諏訪氏だか何だかが戦ったあたりにある。結構山奥のところ。
雰囲気がある場所で、近くに「首洗い池」とか、「武田○○弾正の墓」とかある。
町おこしにしたいのだろうか、河原とかに
「血の川に、血を洗い来る戦かな」
とか、絶対観光客を呼び込めない俳句(短歌?よくわからん)
をかいた立て札があちこちに建っているナイスな所だ。
道も車が通るようには出来ていない。
現場には停めれんので、現場から20Mぐらい離れた所に公民館があり、そこに停めろとのこと。
ちなみにそこにも何故か20ぐらいの仏像だか地蔵だかの石仏が建っている。
背中にかろうじて読み取れる字で「天保○○年○○月・・・」とか彫ってある。読み取れないのもあるが、多分もっと古いのだろう。
夏場だったんだけど、休憩中車で煙草吸ってると冗談みたいに「カナカナカナカナカナ」ひぐらしが鳴く(いや、ほんと)
現場は一軒家で、すぐ裏にでかい井戸がある。その周りには畑が広がっている。
その現場の3件ぐらいとなりにお施主さんのお父さんが住んでいて、話好きの自慢好き。
出入りの業者も、俺を含めて全員お父さんの自慢のコレクション、「火縄銃」「鎧兜」「槍」等を見させられてる。
歴女なんかは萌えると思う。なにせ本当に使われていたものらしいから。
あるとき、内装用のパテを塗り終わったんで休憩しようと外に出たら、お父さんが待ち構えてた。
「ちょっとこっち来て」
缶コーヒーを差し出しながらいう。
「はあ、いただきます」
断る理由もなく、お父さんの後をついていく。向かった先は、例の井戸。
「ちょっと覗いてみてごらん」
「え、なんですか?」
「いいから、覗いてみて」
(気味悪いなあ)思いながらも、いわれるまま、ちら、ちらっと覗く。2,3メートル下には、もう水がある。その水が、真夏の太陽の光を浴びているのに、
なんつうか、その、真黒いんだわ。その中に自分の顔が映って青白く揺らめく。なんとなく、映った顔が勝手に動きだしそうな・・不吉な感じ・・・
「貞子でも登ってきそうですね」
思ったことを言ってしまった。お父さんはにこにこと笑っている。
「立派な石組だろ?」
「は?」
言われるまで石組みなんて見もしないんでわからなかった。よくよくみたら・・・うーん、やっぱりよくわからん。
たしかに、しっかりと組んであるような気はするんだが・・。
「いやー、しっかり組んでありますね、お金かかってますね。金持ちはうらやましいですよ」適当なことを言った。
「金なんてないよ、お宅で建てたらみんな持ってっちまいやがって」
「元請けが儲けてるんですよ。職人には降りてこないんですよ」
「そうかい?ふーん、職人ってのは大変だね。百姓もだけど」
「またまた。立派な家ばっかりじゃないですか」
「ま、この辺の百姓は小金もっとるのが多いよ。うち以外」
「よくいいますよ。あやかりたいぐらいですよ」
ちなみにこの井戸の水は畑に使う。家が建たないと電気がつかないので、いまは江戸時代見たいなつるべで水を組んでいる。
家ができたら電気式のポンプを据える予定だそうだ。
畑には今は一面に大根が植えられている。確かに水をくむのでも一苦労だろう。
ま、適当に元請けの愚痴を言いつつ、仕事に戻った。
それからしばらく、その日は風の強い日だった。
仕事も佳境になってきて、夜が遅くなった。朝の6時半から作業を開始し、もう11時を過ぎている。
(残りは明日にしよう)片付けを始めた。作業灯の明かりを消す。ふと外を見た。
月明かり、外は青く輪郭が照らし出されている。畑のほうに、誰か立っている。
お父さん。
井戸のほとりに、こんな時間に、たった一人で。
『ビィイーゥゥゥォォォオオオ―』風が唸っている。なにやってんだ?
よくみると、お父さんは棒のような、紐のようなものを引っ張ったり、押し込んだり・・
(水を汲んでいる?)
(こんな時間に、畑仕事も大変だな)
思いながら、以前マンガかなんかで見た光景がふと頭に浮かんだ。
戦国時代の片田舎。井戸のある百姓の家。
土地の者が、何かを運んでくる。
血まみれの死体・・・鎧武者たち、はぎとられる、鎧、兜、刀、金になるもの、全部
そして、首・・・鎌で、自分の刀で、切り落とされる・・・その無念の形相・・
土地の者たちが笑っている。ぞっとするような笑顔で・・・
(これでいくらだ) (年貢は) (いらんっぺえ)
(おらたちみんな) (金持ちだ)
首を持ち、刀を持ち、めいめい肥樽かなんかにほうりこみ、首洗いの池に・・
残りの体を・・井戸に・・井戸に・・投げこんで・・・・・
「何考えてんだ、俺は」
さすがに疲れたんだな、とっとと帰ろう。片づけを適当に切り上げて外に出た。
「やあ、遅くまで頑張るね」
「おおっと、お父さん」
なぜか初めて気がついたふりをした。
「何してるんですか、こんな時間まで」
「あんまり遅くまで電気がついとったんで、心配しとったよ、クロス屋さん、電気消し忘れたかと思って」
「あはは、すいませんねえ、心配かけて」
「体壊されちゃあ困るよ。家はいつできてもいいんだから。遅くなったら元請けさんに文句言うで」
「勘弁してくださいよ。うちに問題回ってくるんですから。ま、失礼します。明日また来ますんで」
「ああ、気をつけてな」
公民館の駐車場に戻る。雲が月を隠した。真っ暗だ。早く帰りたい。
車のキーを取り出そうとして、ポケットの中に鍵がもうひとつあることに気がついた。
(うわっちゃー。現場の鍵かけ忘れた)現場の鍵をそのまま持ってきてしまったのだ。
(戻んなきゃ)
気分的に凹みながら現場へと戻る。お父さんがまだいた。井戸で水を汲んでいる。
(声かけようかなー、どうしよっかなー)
迷いながらお父さんを見る。よくみると、ん?違う。水を汲んでいない。
つるべじゃない。お父さんは棒を井戸につっこんでいる。
どこかで見たことがある、棒。そうだ、以前見せてもらった槍、戦国の、実際使ってた。
何か呟いている。
「・・・ぇらは・・・・う・・・えない」
・・なんだ?
「・・・ぇらは・・・・う・・・えない・・・・・ぇらは・・・・う・・・えない」
ずっと呟いている。
『ビィイーゥゥゥォォォオオオ―』風が、声を、運んできた。
「おまえらは もう あがってこれない おまえらは もう あがってこれない おまえらは・・・」
お前らは、もう、上がってこれない?
言っている言葉に思い当った。でも、だれに、何に言っている?
風が雲を吹き散らした。月が一面を照らす 月に浮かぶお父さんの顔ー
ぞっとするほどの、冷たい笑顔だった
『ビィイーゥゥゥォォォオオオ―』風があたりを吹き散らかす。大根の葉が、揺れた。大きく、手を振るように。
地面から助けを呼ぶ手のように。
風になでられるのに呼応するように全身の毛が逆立った。
俺は逃げるようにその場を後にした。鍵なんかどうでもよかった。一刻も早くその場を離れることしか、考えがなかった。
(この場所は、呪われている。)
車のキーを回す。エンジンがかかると同時にライトをつける。
浮かび上がる石仏。唸りを上げる風と木々。ライトめがけて集まってくる虫たち。草陰に浮かび上がる小動物たちの目・・・
すべてが、俺を捕まえようとしているように思えた。
(ここに住む人みんな、とんでもない業を背負っている。10年?100年?いや、そんなぐらいでは消えない。永遠に続くような、深い呪い・・・)
その後どうやって走ったのか、俺は覚えていない。気づいたら俺は家で布団をかぶって震えていた。
翌日、朝一で社長に電話し、熱を出して寝込んだことにしてその現場はほかの職人に無理矢理代わってもらった。
(鍵もついでに取りに来てもらった)
それから約2週間が経った。
元請けの合同会議で、俺はあの家の現場監督にあった。
「よお、体壊したって?悪かったな。無理な工程言って」
べつに悪そうでもなくそういいながら、俺に袋に包んだ何かを差し出す。
「お施主さんのお父さんにもらった大根。遅くまで頑張ってくれたあんたにって。
今年は天候が悪いかなんかで痛んでるところもあるけど、気になるなら取っちまえば問題ないってよ」
無数のあざのような紫色の染みがついた、人の四肢のような大根ー
俺は結局、食べることができなかった。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話