小さい頃、高い所から飛び降りて、より高い所から飛び降りたほうが偉いという変な遊びが時々流行った。
(幼い男児の間ではこういう危険な遊びが流行るのは、昔から良くあることらしい。)
小学校三年の頃に、近所に岡田君という腕白な子が居た。
彼は飛び降りる事に掛けては同級生で右へ出る者は居らず、五年生にすら勝った事がある。
全力で助走を付けて何段も飛び越え、見てる方がハラハラするその様は、大人に見つかる度に怒られるような危険度だった。
ある時、学校の階段から飛び降りようとして、いつものように全力疾走で助走を付けて足を踏みきった瞬間、
拭き掃除した時の水が乾ききっていなかったようで、彼は足を滑らせた…
古い校舎だったので、階段の滑り止めは所々剥がれかけた金属プレートになっており、向こう脛をそこに引っ掛け一部骨が見えるほどえぐった。
更に、後頭部を強打、足首を捻挫して尾てい骨も折ってしまった。
近くにいた俺たちは、大急ぎで職員室に知らせに行き、残された者は、どうして良いか判らずにそれをおろおろしながら遠巻きに見ていた。
半月位入院して退院した時、彼は前と性格が変わっていた。
前は何事も積極的に、誰よりも率先して行動するタイプだったのが、何か様子を見るような目で周りを見てから行動するようになった。
口数も極端に少なくなり、休み時間はもちろん、放課後も誰とも遊ばなくなった。
教室で一人で居る事が多くなり、頬杖を突きながら外を眺めている姿をよく見掛けた。
勉強もクラスでトップの時が多く、先生への質問も多かったのに、まったく授業に無関心になってしまった。
見るからにやる気が無さそうに、白紙で提出する機会も増えて、先生に何度も怒られていたが、岡田君はそれに口答えせず、ずっと俯いて何も喋らなかった。
四年生に進級して最初の夏休み、岡田君の家がもぬけの殻になって、家財道具も家族と共に、家に誰も居なくなった。
近所だった俺は、親から「岡田君の家、夜逃げしたらしいよ」と聞かされた。
夏休みが明けて登校したら数日は岡田君ネタで盛り上がったが、子供ということもあり、すぐ飽きて誰も言わなくなった。
そんな出来事をとっくに忘れて中学に入った頃、岡田君がまた転入してきた。
今度は特殊学級の生徒として。
前とはまた全然イメージが違ってきて、一点をボーッと見つめたまま。
こちらから話し掛けると、たまに何か気付いたように、どもりながら小学校低学年みたいな喋り方をする。
「ああー○○君かぁ~。また会ったねー。お、俺ねか、か、関西のほうに居たんだよ。」という感じ。
なぜか表情は始終、ヘラヘラと薄笑いを浮かべていて、斜めに首を傾けていた。
もう誰も同じ目線で接してくれない。
それどころか憐れみの目で見て、学校行事で一緒になったときも、幼子をあやす保母さんのように接した。
ある時、文化祭の準備をしている時、放課後の教室で岡田君と一緒になった。
他の人は外で別な準備をしており、養護の先生も別な教室に出て行ったので、彼と二人きり。
(こいつ、小さい頃と全然変わっちゃったなあ)と、チラチラ見ながら無言で作業してたら、
いつの間にか自分の傍に近づいて来てた。
もう彼とは普通にコミュニケーションを取れないと判りきっていたから、特に干渉せずに無視してきたら。
真顔で俺の顔を覗き込んできて、こうはっきりと喋った。
「俺が好きでこんな事してると思うか?」
驚いて、呆気にとられていると、養護の先生が戻ってきて、
「岡田君、そろそろお手伝いの時間終わりだよ。戻ろうね。」と彼を連れて行った。
岡田君を見ると、普段通りに戻って、ヘラヘラ笑いながら返事してた。
その後の学校生活でも、彼のキャラクターはずっと変化無く、あれは何だったのか良く判らない。
いつか廊下で見掛けた時に「なあ岡田君、ちょっと聞きたいんだけどさ」と話し掛けても
「んっ~?どうしたのぉ?」と、普段通り締まりのない顔で返事してきて、まともに会話にならなかった。
岡田君はその後は高校に行かず、どこかの寿司屋に弟子として就職したらしく、中学出てからは離ればなれになった。
成人式も厄年の集まりも同窓会も来なかった。
何となくバツが悪そうで、あまり彼についての話題は誰もしたがらない。
彼の人生に何があったのか未だに判らない。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話