健「な、お前らちょっとこっち来てみ、話がある」
夜も9時にもなろうとする公園で、健さん(仮名)が、残っていた俺と順(仮名)を呼んだ。
高校行事の秋の体育大会に向けての応援合戦。その練習を学校近くの公園でやっていた帰り際のことだ。
自由参加の練習だったが、俺は汗だくになって練習し、その後遅くなるまで男も女も学年も関係なくくっちゃべるこの時間が好きで、結構参加していた。
ちなみに健さんはそのリーダー格。練習も仕切り、空気が緩んでくると怒鳴り声の一つも出して場を引き締める。
泣き出す女生徒もいるけど、それが自分たちの練習の結果が良くなるためだとみんな分かるので、決して悪口を言われることはなかった。
体育会系の熱血漢。情に厚く、時に涙もろい。そして……
俺「はあ、なんスか?」
俺は順と目を合わせてから近寄った。
健「いいから。ちょっといいこと思いついたんだ。こっち来い来い来い」
健さんはぴこぴこぴこっとっ小さく手招きした。
小柄だが筋肉質で、ちょっとした岩を連想させる健さんの目が、暗い公園の中でも子供のように輝いている。
悪いことを思いついたんだ…。
俺と順はその気配を敏感に感じ取っていた。
健「お前らさ、明日怖い話で女達を驚かせて見ねえか?」
そう、そして、健さんは大のいたずら好きだった。
健さんの話を要約するとこうだ。
明日練習後、日が落ちてから健さんが残った人を集めて怖い話をする。
盛り上がってきたところで、順があらかじめ隠れている俺のほうを指差し、「あっ!」と叫ぶ。
しかし何も起こらない。ころ合いを見計らって健さんが「なんだよ、なんもいねえぞ。ビビらすな」
といって、みんなを安心させる。
みんなが安心したところで、俺が大声を上げながらみんなに向かって突撃する。
という心霊どっきりものだ。
いってしまえば他愛のないいたずらだ。
他愛はないが、聞いてみたらなんだかやってみるのも面白そうだ、とも思える。
順はというと、
順「いいですね。どのへんでやります?」
ノリノリだった。
健「そうだなあ」
健さんがあたりを見回した。
ちなみにこの公園は裏に山を背負っていて、公園のすぐ隣はもう山の登り口になっている。
つまり木がいっぱいなのだ。
健「おい、昌(俺の名前)、あの木の陰に隠れるのはどうだ?」
健さんが近くのやや大ぶりな桜の木を指して俺に聞いてきた。
俺は180センチ近くあり、決して小柄ではないが、その木の幹なら十分隠れれそうだった。
桜の手前には小さな茂みもあり、身を隠すにはうってつけといえた。
俺「ああ、いいと思います」
健「よし、じゃリハーサルするぞ。俺と順はこの辺で喋り出すから…」
その後、俺の進むルート、順のきっかけの出し方、俺の突撃の声、健さんの話の盛り上げ方に至るまで、事細かなリハーサルが30分以上続いた。
こういうときの健さんは本気だ。命がけと言っていい。
ある意味、政府要人の暗殺計画のような緊張感のあるリハーサルだった。
家に着いたときは10時をまわっており、父親に激しく怒られた。
が、俺は翌日のことが楽しみで、特に気にもならず、布団にもぐりこんで寝た。
翌日、いい感じに晴れていた。
いつものように授業を終え、順と一緒に公園に向かう。
順「なあ、昌」
俺「ん?」
順「今日のさ、あれさあ」
【あれ】とは、例のどっきりだろう。
俺「おお、あれな。あれがどうした?」
順「いや、あの、がんばろうな」
なんだか歯切れが悪い。
俺「おお、がんばるぞ。どうした?なんか変だぞ」
順「いやあ、昨日健さん目がマジだったから」
どうやら順はまだいたずら本気モードの健さんに耐性がついて無いようだった。
俺「なんだ、お前あの人のことを知らんのか」
そこで俺は、健さんのやってきた、
①背中に油性インキで般若様の顔(驚くほど本格的)を描いて近所の銭湯へ入る。
②演劇部からパチった坊さんの袈裟を着てキリスト教会の前で托鉢。
③同じくワニの着ぐるみをきて河川敷を匍匐前進。
④公衆電話から893さんの事務所に別の組の構成員のふりしていたずら電話。
等のささやかな武勇伝を語って聞かせた。
順は軽いカルチャーショックを受けたようだった。
俺「それに比べたら今回のなんてかわいいかわいい」
順「お、おう」
俺「それにお前の役割は大したことないべ、指さしてしゃべるだけだから」
順「そ、そうだな。いやあ、怖い話は霊を引き寄せるって聞いてたから心配だったけど、そこまでやってきた人なら安心だわ」
俺「ないない。ま、ビシっと決めてやりゃいいんだよ」
順「確かに、な」
その後は適当にくっちゃべっているうちに公園についた。
まずは応援合戦の練習。
練習中、心なしか健さんもこちらをちらちら見ている気がする。
俺も目が合うと、かすかにうなずいたりしていた。
練習も終わり、早めの帰宅組が帰り出す。日が落ちてきて、残ったのは男3人、女5人。
みんなで適当に話をして盛り上がり、やがて…
健「あのさあ、こういう話って知ってる?」
健さんの合言葉が出た。怖い話の始まりだ。
俺「すんません。トイレ行ってきまっす」
なるべくさりげなくその場を離れる。
昨日の打ち合わせ通り、いったん離れた場所にある公衆トイレに入り、反対側から出て、トイレの陰に隠れながら山の中に入る。
低木もあり、山の中は非常に暗い。俺は用意してあったペンライトを取り出した。
ちなみにペンライトには周りにばれにくいように青セロハンが張ってある。
ライトをつけて…俺は固まった。
俺はその時まで知らなかった。
皆様はライトに青セロハンをつけて暗闇を歩いたことがあるだろうか?なかったらぜひやってみていただきたい。
ただそれだけで、無茶苦茶怖いこと請け合いである。俺が保証する。
(こ、怖ええええ)
俺はこの段階になって初めてややビビった。
青く浮かび上がる木々の影から、今にも白い腕や、この世のものではない女の顔が浮かび上がってきそうな気がする。
自然に心拍数が上がってくるのがわかった。
『怖い話って、霊とか引き寄せるって言うから…』
順の言葉が頭によみがえってくる。
(順の奴、余計なこと言いやがって)
よっぽどセロハンを取ってやろうかと思ったが、それでばれたら健さんがマジでキレる。
かといってライトを消して何かにつまずいて音でもたてたら、やっぱり健さんがキレる。
俺は恐怖に震え、結構膝をカクカクさせながら進んだ。
どれぐらいたったろう。多分4、5分のことだったと思うが、かなり長い時間が経った気がする。
木々の奥から、例の桜が見えてきた。
ここからはライトを消す。足もとは全く見えない。
一歩、また一歩。木々の影を縫うように進む。ところどころにある公園からの光には決して入らないように。
小さいころにやった忍者ごっこの要領だ。
あのころと違うのは、絶対に失敗できないこと。
俺は下に何も落ちていないか、指で確かめながら進んだ。
そして…
(ぷふうー)
桜の木にもたれ、俺は長い溜息をついた。
無事辿り着いた。ここまで来れば健さんたちの声が聞こえる。
聞こえてくるのは怖い話だが、その時の俺には大きな安心感をもたらした。
健「で、旅館の障子になにか映ってるってわけよ。どう考えても不自然でしょ?
3階にいるのに、人間が来れるわけがないんだ。しかも髪の長い女性の影。
さっき風呂場で見たのと同じ女だ、って。
何でかわかんないけどその時Aさんは確信したんだって…」
健さんの話が流れてくる。
よし、間に合った。
あとは決められた合言葉で大声上げて突撃するだけ。
大丈夫、リハーサル通りやれば…。
そこで、俺はふと気がついた。
(くっさい、なんだ?この匂い)
さっきまで緊張して気がつかなかったが、やたらと臭い。ばれないようにライトをつけ、周りを照らしてみると…
あった。よりによって桜の木の下に、でかい犬のう○このようなもの。
(おおーい、勘弁してくれよ)
ちょうど今隠れているところから飛び出して、踏むか踏まないかの絶妙な位置。
しょうがない。しばし考えて、桜の木の前の茂みに場所を変えることにした。
ライトを消し、慎重に、踏まないように、絶対にばれないように…
小枝の一つを踏むだけでばれる距離だ。なんとか茂みの影に中腰の体制になる。
といっても狭い。俺の尻の下には例のう○こ…。
もう少しだ。頑張って耐えよう。
中腰のまま、右手を桜の木にあててなんとか体制をキープ。
と、その右手がヌルっと滑った。
(わっ、なんだ?)
茂みに隠れてライトで右手を照らす。はじめ樹液か何かだと思ったが、なんか違う。
ポタッ
シャツがめくれた腰のあたりに何か落ちてきた。鳩のフンかなにか?
(おいおい、フンまるけかよ)
指で拭ってみると、これも違う。なんか、赤黒くて、においをかぐと…くうっさい!
上に何かある。
俺は恐る恐る、ライトを徐々に上に向けていった。
桜の木の枝に、なにか黒い大きな丸いものが浮かび上がって見えた。
それが見えて来たとき、俺の耳から健さんの声が消え、自分の心臓の音が響きわたった気がした。
それは、はじめ「傘」か何かが枝に引っかかっているように見えた。
傘と違うのが、その下から、棒状のものが二本付き出ていること。
その先に、赤いヒールがくっついていること
(青いライトに照らされると、それは異常なぐらいに怪しく浮かび上がって見える)
やたらと臭い液体は、なにやらそこから流れているらしいこと。
心臓の響きが大きくなり、口から外に音が漏れているような気がした。
たぶん、それは傘ではないであろうこと。おそらく、スカートであること。
それはつまり、それはつまり、多分、人が木の枝からぶら下がっているのだということ。
俺「わあああああああああーーーーーあああーー!」
その考えに至ると共に、俺は絶叫とともに走りだした。
健さん達のところまで15メートルぐらい。わき目も振らなかった。
女1~5「きいやあああああああああああーーーーー!」
女生徒たちが絶叫を上げて駆け出す。
健「う、うううおおおああああああ!」
ついでに健さんも駆け出した。
一人残された順が俺を指差して、口をあぐあぐ動かしている。
俺「順、順、やべえ!なんかすごいものがある。一緒に来てくれ!」
俺が順の手を取って立ち上がらせようとしたとたん、順は後ろに向って引っくり返った。
ボウンっというバスケットボールを体育館の壁にあてたような音が響き渡った。
順は白目をむいて、口の端から泡を流しながら、気を失っていた。
それからしばし、
パニクッた俺を助けてくれたのは、いち早く正気に返った健さんだった。
俺のもとにやたら腰をひかしながら帰ってきて、失神した順を担ぎ、公園の外のバス停のベンチまで運んだ。
それから散り散りになった女生徒たちを集め、同じくバス停に連れて行き、近くの公衆電話でタクシーを呼んだ。
タクシーの運ちゃんに2万渡し、「これで全員家まで送ってやってください。申し訳ないですが、確実にお願いします」
と頼んだ。
女生徒たちはずっと泣いていた。
俺はその間、何もできず、放心していた。
なんだかドラマかなんかを見ているように、現実感がなかった。
(どっきり、大成功)
そんな間抜けなことを思った。
女生徒を乗せたタクシーが走り去った後、俺は健さんに、今見た何かの足のことを話した。
健「…そっか」
健さんは疑うでもなく、呟くように答えた。
俺「俺吃驚しましたよ、健さんまで走り出すんですもの。
健さんもビビりました?俺の声」
健「いや、うーん、ま、ビビったし、その、これ言っていいかどうか分からんが」
健さんは一呼吸置いて、俺と目を合わせないようにして続けた。
健「お前が飛び出して来たとき、お前の腰に、緑のワンピースの女がしがみついてた」
言ってから気まずそうに立ち上がると、今度は警察を呼ぶため、公衆電話に向かって歩いて行った。
その日の夜は長かった。
警察に見てきてもらったところ(自分ではいけなかった)、例の桜の木には、女性の首吊り死体がかかっていた。
女性は緑のワンピースを着て、赤いヒールをはいていた。
俺達はその後、日が変わるぐらいまで事情聴取された。
現場検証の結果、桜の木は今の時期葉が生い茂っていて、ちょうど女性の姿を隠す状態だったこと。
死亡時期は、おそらく今日の未明ごろだということ、
緑のワンピースを着ており、それが保護色になって発見が遅れたらしいとのこと。
をその時に聞かされた。
つまり、俺たちは死体のすぐ近くでダンスを踊ったり、怖い話をしたりしていたわけだ。
(なんも知らんっちゅうに、すっごい時間かけるんだね。事情聴取って。っていうか、その後もしばらく警察には呼び出しを食った)
親が迎えに来て、別に悪いことをしたわけじゃないのに、母親はやたら泣いていた。
おまけに謝る健さんに対して、口汚くめちゃくちゃに罵った(健さんも知らんかったっちゅうに)。
ふらふらになりながら家に帰って、とりあえず風呂に入ったが、あの匂いが取れない気がして、1時間ぐらい手や体をごしごしごしごし洗った。
それから布団に入り、何も考えずに眠った。
この話はもちろん学校にも伝わり、公園での練習は全面禁止になった。
健さんと同じあれを見てしまった女生徒達は、明らかに俺を避けるようになった。
(健さんがみかねて、「俺のせいなんだ。こいつは悪くない。こいつを変な目で見るのはやめてくれ」とフォローを入れたが、あまり効果はなかった)
もちろん死体が俺の腰にまとわりつくはずがなく、多分、俺の腰にしがみついていたというあれは(俺は実際見ても感じてもいなかった)、この世のものではなかったろうと思う。
これは後日談になる。
俺も順も、あの事件以降門限が厳しくなり、あの女がまだとりついてるんじゃないかっていう心配もあって半分ノイローゼみたいになったので、ある日一緒に近所の神社にお払いに行った。
無事お払いも終わり、神主さんと話す機会があった。
神主「なるほど。話はわかりました。
でも、その女性は誰かに見つけてもらいたくてそうやって出てきたのでしょう。
あなた方のおかげで早くに見つかり、無事どこかでご供養されたのだと思います。
あなた方に感謝さえすれ、恨まれることはありません。明日から心安らかに、平常に日々をお送りください」
祈祷代25000円、お札代1枚2000円也、をきっちり受け取ったのち、
神主さんは、厳かに言った。
高校生にはかなり痛い出費だった。
怖い話投稿:ホラーテラー 修行者さん
作者怖話