俺は幼い頃から幽霊が見える。
見たいんじゃない、見えてしまう。
そのせいか驚きは全く無く、もう慣れっこだ。
皆さんは“自殺”をしようと思った事があるだろうか?
実は、これから自殺しようとしている方、あるいは思い止まった方も少なからずいらっしゃると思う。
日本は自殺大国で、老若男女問わず年々その数は増加している。
だが、自殺なんていう真似ははっきり言って愚かだ。
死んでしまえば楽になれるなんて、あんなのは嘘だ。
その場凌ぎの回避方であって、何の解決にもならないし、自殺という“逃げ”の選択をして悲劇のヒーローを気取ったって、生まれるものは“同情”と“葬式費”、遺された者達の“哀しみ”だけだろう。
遺された人、何より自殺した本人が永遠に苦しむ。
自殺をしてから本当の地獄が始まるとも知らずに‥
まぁこれはそんなお話。
俺が友達(男女)25人位で海に行った時の事。
しばらく海なんて行ってなかったから、俺も年甲斐もなくはしゃいで、酒なんか飲みながら肌焼いたりしてた。
まぁぶっちゃけて言うと、海辺なんて不浄霊ってのがわんさかいる。
もう本当にそこら中。
なんで水辺に霊が集まるかわかんないけど、まぁ海とかは命を育む場所だしなんとなく神聖な場所なんだろーな、って俺は勝手に思ってる。
それにこの海水浴場は、シーズンになると何故か毎年溺死したり不審死したりする人間が後を絶たない。
シケでもなく、至って穏やかな海だ。
巷では有名な心霊スポットとなっている。
だけどいちいち気にしてらんないから、構わず夏の海を友人達と夕暮れまでバカ騒ぎしてた。
A「あー遊んだ遊んだ‥。結構焼けたなぁ。そろそろ旅館行くか?温泉入って宴会だな」
俺「そうだな。でも温泉は絶対無理だ。日焼けしすぎで痛ぇ」
A「それよりよ、あの子お前に絶対気あんじゃね?スイカ割りの時も、かき氷食ってる時も常にお前の隣にいんじゃん」
俺「あぁ~‥どうだろな。たまたまかもしんないし。」
A「とか言ってお前内心嬉しいくせによ!お前もあの子の事気になってんだろ?無愛想な顔しててもわかる奴にはわかんだよ」
友人Aの言う“あの子”とは、友人の通う大学のサークルの女の子だ。
名前はユキちゃん。
俺は大学生なんかじゃないし勿論、サークルなんかも入ってないが、地元仲間のAに誘われて、今回のサークル旅行に参加したって訳。
初めはめんどくさいし嫌々だったが、まぁ暇だったし、って訳で参加したは良いが、どうも学生ノリについていけない。
まぁ楽しいは楽しいんだけどね。
そんで俺の近くにはユキちゃんが常にいて、バイトの話やら家族の話やら色々話した‥というか、俺は人見知りな方だし、自分からペラペラ話す方でもないので、ユキちゃんに色々聞かれて話した、って感じかな。
俺はお世辞にも愛想の良い方ではないし、むしろぶっきらぼうな方なのになんでこんな食いついてくんだ?って思った。
まぁAの言う通り悪い気はしてないけど‥
A「おい、どうすんだよユキちゃんは?ほら、後ろでお前の事女の子と多分話してんぞ。絶対気あんじゃん。1番かわいいよなぁユキちゃん。食うの?食うのか?」
俺「‥お前はホント行儀わりぃ奴だなぁ。スイカじゃなくてお前の頭カチ割れば良かったわ。
まぁ確かにかわいいとは思うけど、なんかめんどくせぇんだよな、そういうの」
A「淡泊な奴だねー。さっきメアド聞かれてたろ?教えたのか?」
俺「まぁ断る理由もないからな。悪い子ではなさそうだし」
A「こりゃパックンチョ決定だな。よーし俺も頑張るぞー!」
そして皆でビーチから旅館に戻った。
実は、俺達がビーチに来てから旅館に戻るまで、一人の女の霊が波打際から俺達をずーっと睨んでいた。
その女の目つきってのがキツくて、すごい嫌な感じ。
俺達っていう存在を、隅から隅までじっくり確認しているような目。
関わったら絶対めんどくさいタイプの霊だな、と直感した。
幸いついては来なかったが、あんまりこのビーチにはもう戻りたくなかった。
そして夜、宴会が行われた。
酒も入り、皆でわいわいやってそれなりに楽しかった。
そんな中、夜12時を回った頃ユキちゃんからメールが来た。
“ここ、抜けない?二人でゆっくり飲みたいな”
そして俺とユキちゃんはこっそり抜け出し、海岸沿いに座り込んで乾杯した。
ビーチにいる時は気づかなかったが、サラサラなびく髪からシャンプーのいい匂いがする。
目は大きくて、色白。
ミルクティー色の長い髪が似合う女の子。
胸は大きからず小さからずで丁度良く、丸みを帯び膨らんでる。
酒も結構入ってたせいもあり、俺は結構ドキドキしてた。
ユ「ねぇ。たまに電話とかメールしていい?」
俺「いいけど俺、メールとか苦手だから難しいな」
ユ「メール返信してくれないの?」
俺「‥まぁ努力してみます」
ユ「彼女とかいないの?どんな子がタイプ?付き合ってなくてもエッチとかしちゃう人?」
俺「そんないっぺんに聞くなよ。えーと‥」
ユ「あたしじゃダメ?」
俺はキター!と心の中でガッツポーズした。でもなんで俺みたいな無愛想男がいいんだろな、って思ったけどまぁどうでもいいやって。
ユキちゃんがキスを求める仕草をしてきた。
俺もキスをしようとしたその時、
女の霊が俺達の前に立っていた。
あの目つきの嫌な霊だ。
相変わらずすごい形相だ。
距離は大体2m位の結構至近距離。
俺は思わずたじろいだ。
ユ「‥どうしたの?」
俺「いやぁ‥なんでもない」
当然ユキちゃんには女の姿は見えない。
(この女‥空気読みやがれ!俺はこれからキスすんだよ!んな所突っ立ってたらキスしづれぇだろが!頼むからここから消えろ!10円あげるから!)
何分か経ったが一向に女は離れない。
むしろますます表情が歪んでいる。
いくら霊でもキスシーンは見られたくなかった。
ユ「ねぇってば!どうしたの?」
俺「あーいや‥なんかさぁ、潮風に当たりすぎてちょっと冷えちったし、ここじゃ落ち着かないから場所変えたいなぁ‥なんて‥ハハ‥」
ユ「なんか冷めちゃった‥バイバイッ」
俺「えぇっ!?」
ユキちゃんは小走りでその場を後にした。
まぁ確かにユキちゃんに恥かかせちゃった部分もあるが‥そんな程度で嫌われるものなのか‥
女はケタケタ笑っている表情を見せた。
―俺は深くため息をつき、女の目つきにも負けないくらいジロリと睨んだ。
俺「‥ったく勘弁してくれよ‥ユキちゃん帰っちゃったじゃん‥俺のアバンチュール返せコラ」
女「‥あなた私が見えるのっ‥?」
俺「見えるも何もアンタのパンツの色までじっくり見えてんだよ。
いや、アンタのパンツの色なんてどうだっていい、普通、人がキスする時そんな所で立見キメるか!?マナーを考えろマナーを!そして俺の気持ちも考えろバカヤロォ!」
俺は息を切らせながら怒鳴りまくった。
女はひどく驚いていた様子だった。
俺はそれ以上にショックで半泣きグロッキー状態だという事は言うまでもない。
女「‥ごめんなさい、羨ましかったの。それに‥私の姿は普通見えないから」
俺「もういいよ。普通はそうだしな。ユキちゃんには見えない訳だし。でも見える奴からしたらいい迷惑だっつーの。
そういやアンタ、昼間も俺達をずっと見てたよね。」
女「ええ‥この海で楽しそうにして、キラキラしてる貴方達が憎くて。」
俺「どういう事?」
その女は5年位前にこの海で自殺をした。
理由は当時、婚約をしていた恋人が事故で亡くなってしまい、生きる希望を無くしてしまったのだと。
自分も早くあの人の元へ行こうと‥だが、あの世へ行く事ができず、以来、ずっとこの海をさ迷い続けているのだという。
恋人を失った哀しみと、恋人を奪ったこの世界を憎み、許せないと。
その恨みから、度々この海で海水浴に来た客やダイバー、サーファーを道連れにしてきたらしい。
女「あの人が私の全てだった。彼がいない世界なんて偽物で、なくなってしまえばいいってずっと思ってる」
俺「自分勝手な理由だな。そんな理由でたくさんの人を犠牲に?」
女「貴方に何がわかるの?この海で‥私の前で幸せそうな人間なんて死んでしまえばいい」
俺「‥霊なんてこんなんばっかだな。アンタの気持ちは解らないでもないけど、関係のない人を巻き込むのはどうかと思うぞ。」
女「貴方には私の気持ちは解らない」
俺「アンタみたいのを世間じゃ悪霊って呼ぶんだよ。大体、自殺なんかして恋人のいる所へ行ける訳がない。アンタは下手すりゃ永遠にこの海に縛りつけられてるぞ。
アンタも薄々思ってるんじゃねぇか?」
女「大きなお世話よ‥」
俺「そもそもなんで自殺なんていう命を粗末にするような選択をした?その恋人の分まで生きようとする事はできなかったのか?‥少なくとも‥恋人さんはアンタの結末を望んでなかったんじゃねぇの?」
女「さっきから偉そうに‥!アンタに何がわかるのよ!?アンタも大切な人が死ねばわかると思うわ!希望も光も全て絶望に変わるから!軽々と綺麗な言葉を並べるアンタが許せない!」
俺「解るよ。
俺も家族全員亡くしてるから。ガキん時にね。別に軽々言ってる訳じゃない」
女「‥え?」
俺「でも、死ぬのは絶対間違ってると思うから。
誰だって一人じゃねぇじゃん?
まぁ、今は縁あって養子としてある家族に引き取られてさ、また家族ができたけど」
女「‥!」
俺「アンタが死んだ事を悲しんだ人は少なからずいるよ、きっと。
命を諦めたアンタは、そういう人達を裏切ったんだ。恋人さんの事もね。
自殺だけじゃなく、アンタは霊となって関係のない人達を傷つけてきて‥決して許されない過ちをアンタはしてきた訳だから、そう簡単には向こうへいけないと思う。
‥バァチャンの受け売りだけどな」
女「‥今更そんな事を言われて、私はこれからどうしたらいいの?」
俺「さぁ‥。それは自分で考えれば?
後は俺も知らないよ。死んでねーし」
女「ちょっとそれ無責任じゃない?」
俺「よく言われるよ、テキトー人間って。まぁこれからは前向きに幽霊やってけば?そうすりゃ何十年‥いや何百年先かにあっち側行けるかもよ」
女「前向きな霊なんて聞いた事ないわ」
俺「俺もねぇや。じゃあ俺もう行くから。あ、俺、アンタの事許した訳じゃないからね。わりと根に持つ方だから俺」
ユ「‥ねぇ‥さっきから誰と話してるの?‥気持ち悪い」
俺はビックリして飛び上がった。
振り返ると、そこには戻ってきたユキちゃんがいた。
幽霊と話してました、なんて言ったって信用しないだろな。
あの女もいつの間にか消えていた。
今更いなくなったって遅いっつーの‥
俺はあたふたしながら、酔っ払い過ぎた、って言ったんだけど、旅行が終わるまで不気味がられて口も聞いて貰えなかった俺だった‥。
あの事があってからかわからないが、その海水浴場での死亡者はかなり激減したそうだ。
むしろ、高波にさらわれて、絶対に助かるはずのない行方不明者が生還したりする奇妙な‥というか奇跡的な現象が増えているんだとか。
もしかしたら、強い怨恨に縛られていたあの女が、憎悪の螺旋から手を引き、あの海を守っているのかもしれない。
命の尊さを訴えているのかもしれない。
‥まぁ詳細は定かじゃないが。
なんとなくそう感じただけだから。
そういえば、あれから紆余曲折を経て、ユキちゃんとめでたく付き合う事になった。ユキちゃんに告白された時は信じられなかったが、今こうして隣で笑ってるユキちゃんの顔をみると、現実なんだな、って思う。
まぁそんな訳で、あの女の事を許すことにした。
あの時はホントに怒ってた俺だったけど、結果オーライだしいいかな、ってさ。
命があれば、辛い事の数だけ幸福はある。
生きてて良かった、ってユキちゃんの横顔を見ながら心から思った。
終
怖い話投稿:ホラーテラー 京太郎さん
作者怖話