私のじーちゃんは「さよなら」という言葉を酷く嫌悪していた。小さい頃から
「『さよなら』だけは言うな」
って言い聞かせられてた。
でも幼稚園の時って
「せんせー、みなさん、さよーならー。」
とかって園児みんなで言ってから帰るでしょ?
幼稚園の年長ぐらいの時、じーちゃん家に遊びいって帰る時、いつもの習慣で
「さよーならー」
って言って玄関を閉めて補助輪付きの自転車に跨った。
漕ぎだそうとした瞬間に玄関が物凄い勢いで開いて、飛び出してきた般若みたいな顔のじーちゃんに思いっきりぶっ叩かれた。
何が何だか分からなくて、逃げるように家に帰った。
人生において、一番怖くて、一番泣いた想い出として、今でも不動の頂点にいる出来事だ。
じーちゃんに会うのが怖かったけど、一時すれば忘れてまた遊びに行くようになってた。
もちろん「さよなら」だけは言わないように気を付けた。
そんなじーちゃんも中ニの時に他界してしまって、思春期とか関係なく病院の廊下でワンワン泣いたのを覚えている。
月日は経って、私は今大学に通っている。
つい先日法事があって実家に帰ってきた。親戚一同で寿司を食べているときに
じーちゃんの実兄のおじさん発信で「じーちゃんに『さよなら』と言って殴られた」って話題になった。
結構殴られてる人いたな。
小さい頃は気にならなかったけど、今にして思うとなんであんなに嫌悪していたのか不思議に思い、そのおじさんに聞いてみた。
おじさんの話をまとめると次の通りだ。
じーちゃんには小学生の頃、親友がいた。
その親友はイジメにあっていた。
じーちゃんは助けたかったけど、自分もイジメにあうのがイヤで慰めるくらいしか出来なかった。
そんな日が続いていたある日の帰り道、親友がいつもと同じように、笑いながら「さよなら」と言って、踏切に飛び込んだ。
心無い保護者から、イジメに加担して背中を押したのではないかとまで言われた。
「棒がない踏切やったで、ただの事故かもしらんが、あいつはそーは思えんかったろうなぁ。つらかったろーなぁ。」
おじさんはそう結んだ。
親戚一同の前とか関係なく、下を向いて泣くことしか出来なかった。
じーちゃんにとって「さよなら」は大切な人を奪い去っていく言葉だったのだろう。
何も出来なかった自分を責め立てる言葉でもあったのだろう。
じーちゃんはずっと「さよなら」という言葉に縛られて生きた。
でも、葬式の時、信じられないくらいの人が参列した。
皆「よくしてもらった」と喪主のばーちゃんのところにお悔やみ申し上げにきた。
じーちゃんは縛られて生きた。でも、恐らく“縛られる”とは一種の決心だったんだと思う。
「大切な人達を守る」
という堅い決心だったのだと思う。
あの一件以来、「またね!」と言って手を振ると
じーちゃんは「おぅ、またな!」と言って手を振り返してくれた。
寿司食って、皆が帰るとき、
誰一人として「さよなら」とは言わなかった。
口々に「またね!」とか「またな!」とか言って帰って行く。
「また会うときが、誰かん葬式やったらかなわんで」と笑いながらおじさんが帰って行った。
おじさんは車内から誰にともなく手を振った。
「おぅ、またな!」
じーちゃんの声が聞こえた気がした。
怖い話投稿:ホラーテラー しっぽんさん
作者怖話