山の中に分け入っていく。あたしの子どもが迷子になってしまった。まだ見つからない。だから山の中に分け入っていく。鬱蒼とした森を掻き分けていく。
しばらくすると、狐面をかぶった子どもに出くわした。
「あたしの子ども、知らんかえ。」
そう尋ねれば、狐面の子どもは針金のようにそこに突っ立ったまま、ここにはいないと呟いた。じゃあ仕方ない、とそこを離れてまた木々を押しのけ突き進む。
ふと気づくとすぐうしろから狐面の子どもがついてきていた。
「どうしてついてくる。」
「ついてきたら悪いの」
「悪い。おうちに帰り。」
諭しても諭しても、「厭厭、厭ヨ」ときかない狐面の子どもにほとほとあきれ果て、やむなく了承してしまった。そのうちにあたしの子どもを一緒に捜してくれると言いだした。
「じゃあ…こっち行ってみようね。」
「だめ、そっちには行かない。」
「どうして。」
「こっちの方にいる気がするから。」
だんだん狐面の子どもが先導しているような形になってきて、あたしは妙な気分になった。見覚えのあるうしろあたま、背格好。
「あんたもしかしてあたしの子どもだったかね。」
「ちがうよ。」
「面を取ってごらんなさいな。」
「厭ヨ。」
俄に小走りに駆け出した狐面の子どもを追って、私も突き出す枝葉を避けながら進んだ。置いていく気かえ、と叫んでも狐面の子どもは止まらない。それでもどうしてか見失うということは一向になかったのが不思議なのだった。
「お待ち。」
ぴょんぴょん跳ねながら狐面の子どもはある茂みに入っていった。
あたしが次いでそこに分け入っていけば、驚いたことにそこにあたしの子どもがいた。ずいぶん小さくなってしまっている。
「あたしの子ども…」
あたしは子どもをかき集めようとした。けどできなかった。あたしの子どもが風に吹かれてからころとかわいた音を鳴らす。また少し小さくなった。
雨風にさらされて、いつのまにかこんなに小さくなってしまったのだろう。
「あのヨ、おねえさん。」
真後ろに立っていた狐面の子どもが話しかけてくる。あたしはさめざめと泣くだけ。
「何度も何度もここへ来ると、何度も何度もかなしくなるよ。」
あたしは自分のボサボサの長い髪の毛、わずらわしい前髪を手ではらった。
「おねえさんじゃなくて、生きたひとの誰かが、きっと見つけてくれるよ。」
「ほんとう?」
「うん。」
そういえばあたしは前にも、何度も狐面の子どもとこのようなやり取りをしていた気がする。
それを忘れて、また捜しにきてしまったのか。
「おねえさんはもう子どもを捜さなくってね、いいのヨ。」
「…」
「いっぱいかなしい思いしたから、もうこっち行こう。」
狐面の子どもに手を引かれて歩き出す。
やにわに逃げ出したくなった。そう、前も、その前も、あたしはここで逃げ出していた。そうしてまた子どもを捜しては…
もう手をふりほどくのはやめておいた。
「ねえあんた、」
「なあに、おねえさん」
「あんたはいったいぜんたい誰なのかえ。」
「ぼく?ぼくはね、」
狐面の子どもはこそりと面の下から口元だけ出して、小さな声で「やまつみヨ」と言った。
「ヤマツミ?」
「うん、…山つ神。」
また狐面をかぶり直しカラカラと草木が鳴り合うように笑うその子どもと、あたしは手を繋ぎながら眩しい渦に呑まれた。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話