『元気してるの?』
『どうした?急に』
『今度家を建て直すの、でね、少し片付けしなきゃいけなくって、手伝いに帰って来れない?』
母さんからの電話だった。
実家には母さんと父の二人…と言っても本当の父親は俺が母さんのお腹にいる時に亡くなり、今の父親は数年前に再婚した相手。
『いいよ、今度の連休に帰るよ』
二年ぶり位かな…実家にかえるの。
実家の元俺の部屋は家具もベッドもテレビも、俺が家を出た時と一緒、そのままの状態で置かれていた。そこに普段使われない服やいらなくなったパソコン、ダンボール数個が置かれている。
まるで倉庫だ。
『さぁ、何から始めようかな』
一時間位過ぎたけど、片付ける度に懐かしい物が出てきてあまりはかどらなかった。
ふっと周りを見たら、一つだけ、やたらと古いダンボールが目に入った。
四隅はボロボロになり色もかなりくすんでいる。
しかも不自然な位ガムテープで二重、三重と閉じられていた
気になったので開けてみる事にした。
『たいした物入ってねえなぁ』
自分の物ではないし、最近の物でもなさそうだった。
写真や封筒、お守りみたいな物が入っていたけど目を引く物はなかった。
『ん?』
一番下にビデオテープが一本隠れる様に入っていた。
手に取ってラベルを見ると
【昭和63年8月岐阜 奥飛騨にて】
と、書いている。
俺が生まれる前の年か………旅行でも行ったのかな。
すでに片付けに飽きていたので、一服がてら見てみようと思い、テレビとデッキのコンセントをさし、たまったほこりを息で吹き、テープを入れた
久しぶりに動かされて驚いたかの様な音を出し、数秒後テープは再生された。
1988:8/19 13:59
『あれがアルプスで〜す』『いい天気〜』『ねえ今どこに向かってるの?』『山〜』『山じゃわからんよ〜』
画面には車の後部座席からの車中の様子が、前方の山々と同時に映し出されていた。
撮影してるのはどうも女の人みたいだ。
横に男性、前の座席に女性、運転席には男性、合計四人が乗っていた。
『あきこ、ビデオ変わろうか?』『いいよ、私は撮影隊なのです』
撮影者の横の男性がカメラをまわす女性に気づかっていた。
明子…母さんだ。
撮影してるのは母さんだ。これは母さんの若い頃の旅行のビデオか…って事は横にいるのは親父か?
『けんちゃんで〜す』 『やめろよ〜』 『パパですよ〜』
『ねぇ明子〜』
前の座席の女性が話しかけてくる
『まだ名前決めてないの〜?』
カメラが自分のお腹にズームする
『まだですよ〜、あなたは男の子か女の子かどっちなの〜?』
健二…父親の名前。
初めてみた父親の動く姿。
初めて聴いた声。
俺はその映像をなんとも言えない感情で見入っていた。
『あけみ〜キャンプするのってどんな所なの?』
『よくわかんないけど、ねぇ、しんや、どんなとこ?』
母さんが助手席の友達に聞くと、その友達は彼氏らしき運転席の男性に聞いた。
『まぁ、行っての楽しみやな〜』『そんなん言わないで教えてよ』『横にな川があんねん、釣りも出来るし水も綺麗。めちゃくちゃ穴場やねん。あんまり知られてないから人も来ないし』
『いいとこじゃん、楽しみ〜』
『でもな…』
『えっ?』
『でも一つだけ問題があるねん。』
『何?そんな暗い顔して…』
『その川の上流に結構でかい滝があるんよ、そこ…自殺の名所らしくて、たまに死体が川に流れて来るねんて……』
『ちょっ、ちょっとやめてよ…』『いや、たまにやで』
『あんな良いとこやのになんで本とかにも載ってないんかな思ってな、一回地元の観光協会みたいなとこ電話したんよ。いや、本当はキャンプしたらあかんのかな思ってな…そしたら電話した人、オススメしませんの一点張りや。キャンプはしてええらしいんやけど、それ以外なんも答えてくれんかってん。それで不思議に思って調べたらそう言う事やったって訳』
『ちょっ、あんた、何言ってるの?そんな話ししたら…』
カメラは知らぬ間に母さんの膝に置かれていた。
画面は前の座席の背もたれだけを映し続け、声だけが記録されていた。
静けさが車内を包む…車のエンジン音だけが響き渡る…
『いや!冗談や!そっ、そんなん有るわけないやん!ごめんごめん、ちょっとびびらそうおもってな…』
さすがに焦ったのか男の必死の声だった。重くなった空気は元には戻らなかった…
勝手な印象だが、このしんやと言う男は我が強くリーダータイプで何事も自分が決める、そんなタイプに見えた、。
関西弁でかなりガッチリした体型が余計にそう思わせた。
1988:8/19 16:08
画面は父親の姿をとらえていた、もくもくとテントを張っている。
その奥にはしんやとあけみがバーベキューのセッティングをしているようだ。
カメラが父親にズームをしていく。
『けんちゃん、手伝ったほうがいい?』
『大丈夫だよ、カメラ重くないの?あんまり無理するなよ』
『大丈夫だよ〜ママは強いのです』
さっきまでの重い空気は感じられなかった。
『明子〜』
『何〜?』
あけみが近いて来た。
『ちょっとだけ川に入らない?』『やだよ〜』
『足だけでも、ねっねっ?』
『え〜ちょっとだけだよ〜』
母は仕方がなさそうにカメラをクーラーボックスに置いた。
その画面は四人全員を上手くとらえていた。
奥の方で川遊びをする二人、どちらかはわからないが、一人が足を滑らせて転んだように見えた。
様子が変だ…
一人の女性が、溺れているであろう女性の腕を掴み引っ張ろうとしている。そして叫んでいる。父もしんやもそれに気づき川に飛び込む。
しかし明らかにおかしい、川の流れは緩やかで、子供でも流される事は無い位の流れなのに、女性を引っ張る男女三人はどんどん引きずられて行く。
見る見る内に画面の右端から左端へ、そして画面からは消えそうになった時、遠くから砂利を踏み歩く音が近づいて来た。
その音は遠ざかる水しぶきと叫び声を掻き消す様に大きくなってきた。
突然足音が止まる…
画面に黒い影が横切った。
その瞬間、録画されてた物は消え、画面は砂嵐になった。
今のはなんだ?
巻き戻しボタンを押したけど、全く反応しない…何度も押したがやはり反応は無い…
ぼろいなぁ…そう思た時、砂嵐が消え画面が切り替わった…
1988:8/19 19:45
そこにはバスタオルに包まれた母親、横に父親、向かいあってしんや達がテーブルを囲って座っていた。
カメラは先程のクーラーボックスの上に置かれたまま、暗くなりつつある川辺を撮影していた。
まてよ…録画がスタートした状態で、すでにみんな座っていた…誰が録画ボタンを押したんだ…
そんな疑問を持ちながらも聞こえて来る会話に耳を傾けた。
『せやけど焦ったなぁ〜、大丈夫?明子ちゃん?』
『うん』
『明子、少し横になるかなるか?』
『その方がいいよ〜明子』
『う、うん。そうする…』
父親が母親の肩を抱きテントの方へ向かって行く。
しんやは何事もなかったかの様にビールを飲み、肉にかじりついていた。
『しんや、ここやばいんじゃ無い?帰った方がいいって』
『大丈夫やって、明子ちゃもたまたま足を滑らせて溺れただけやん』
『なんかきみ悪いよ…』
父親が近づいてきて椅子に腰をかけた。ビールを一口飲んだ父親はしんやに話しかける
『やばいよ…ここ…』
『お前も何いうてるねん!』
『お前、あの話し本当だろ?』
『えっ、いや〜まぁ〜ほんまらしいで…』
『俺見たんだ…明子が溺れてる時…』
『何を?』
『何だかよくわからないけど、人みたいな黒い影が明子にしがみついてるの…』
『そっ、そんなわけないやん、俺見てへんでっ』
『私も見た…黒い影じゃなかったけど、水中で明子の足を引っ張る何か、気のせいだと思うけど…』『幽霊ってか?!お前らどないかしてるで!そんなんこの世におるわけないやん!』
『だいたい今からどこに行くっていうねん、無理やろ〜そんなん』
仕方が無いか…と言う空気が漂ってたのか、それ以上発展的な会話は生まれなかったようだった。
1988:8/19 22:31
テーブルに四人はいない。それ以外映ってる物はさっきと何も変わっていない。
画面にノイズがはしる。
『いたかっ?』
『いないの…』
『どこ行ったんや、ほんまに〜』『トイレかな?』
『そうやとしても、誰かに言うやろう』
『俺あっち見てくるから、あけみちゃんはしんやと一緒にこっち側見てきてっ』
『健二、気をつけるんやで』
『お〜〜〜い』
『どこや〜』
三人の声だけが聞こえ、それが、遠ざかっていく。
しばらくすると、川の上流から何かが流れて来た、見にくい画像だったけど、明らかに何かが。
不思議とその何かは画面中央辺りで流れに逆らう様に止まった。
何となくだが、方向を変え、こちらに近いて来るような気がする。
すると急に起き上がる…
人?
川辺をはうようにして、陸地に上がった。
それは立ち上がり物凄い猫背で下を向いて、ゆっくり…ゆっくり…足を引きずりながら近づいて来る。
背中で息をしているのか、肩が異様に上下している。
カメラから数メートルの所でその人は体育座りをし、頭を抱え込む様に腕をくんで、小刻みに前後に揺れていた。
『はぁはぁはぁ…………』
その人が発する吐息と揺れている体が当たる砂利の音が同時に聞こえる。
ザッザッザッザッザザザ
誰かがそれに走り寄ってきた。
『大丈夫!どこ行ってたの!心配したんだよっ!なんでこんなに濡れてるの?』
母さん…?
『…………………………………』『えっ!何?なんて言ってるの?』
『…まえ…は…来る……こじゃ…』『おまえら…わる…ん…だ』
『ごめん、何言ってるのかわからない…』
その時ノイズが激しく入り、画面が歪んでまともに見る事ができなくなった。
ようやく画面が正常に戻った時、女が、女性の両腕の手首を掴み、川に向かって引きずっている姿が映った。
何が起った?
女はあけみであろう女性を川の真ん中まで運び、川下に押すように流していた。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話