これは自分の実体験では無く母が20歳の時の話なので
今から30年以上も前の話になります。
拙い文章ではありますがお読み頂ければ幸いです。
母は高校卒業後すぐに大手の保険会社の社員になりました。
当時は高校卒業でも就職先はたくさんあり
難なく良い会社に入れたのだそうです。
良い会社に入り 給料も貰えるようになった母は
一人暮らしを始めたんです。
住みはじめたアパートは凄く家賃が安い代わりに
築十五年と中々、年季の入った建物だったみたいです。
暮らし始めて最初の日。
隣の家から赤ん坊の泣き声が聞こえ始めました。
おぎゃーおぎゃー
母も引越しの疲れもあったせいか
隣の家の泣き声は気になったものの すぐに寝てしまいました。
次の日の夜も その次の日も赤ん坊の夜泣きは続きました。
流石に一ヶ月も夜泣きが続くもんだから
母は寝不足になってしまったそうです。
そして赤ん坊の夜泣きの時間は毎日午前一時から午前三時まで。
まるで正確に時計で測っているかの様に、この時間だけしか泣かないのです。
どうにか泣き止まないものか。
母はそう思い 赤ん坊が泣き出した時間に隣の家を訪ねる事にしました。
コンコンコン
三回程ノックするとドアが開きました。
中から出てきたのは やせ細った若い女性でした。
腕の中には 泣きじゃくる赤ん坊を抱いています。
母は赤ん坊の夜泣きを止められませんか?
と その女の人に話したそうです。
若い女の人は虚ろな瞳で
「この子にお乳をあげてくださいませんか?」
と頼まれたそうです。
母はその当時妊娠も何も結婚すらしていなかったので 母乳なんて出ない。と断わったそうです。
「そうですか・・・」
そう寂しそうに言って女と赤ん坊は部屋へ戻っていったそうです。
母も流石に何かおかしいと気付いたらしく
次の日に大家さんに電話をしました。
隣の家に住んでいる女と赤ん坊の事を尋ねました。
母の部屋は角部屋だったので隣の部屋は その女と赤ん坊の住む部屋しかありませんでした。
「隣に人なんて住んでいないよ。今は空き部屋になっているからね。」
大家から返ってきた答えに母は驚いたそうです。
自分がみた親子は一体・・・!?
そう思うと途端に身体に寒気が走ったそうです。
母はそれでも理由が知りたくて前に住んでいたのは 親子じゃなかったか聞いたそうです。
すると前に住んでいたのは女と赤ん坊だったこと。
旦那に逃げられ途方に暮れ二人とも餓死してしまったことを教えられたそうです。
その日の夜。
いつもと同じ時間に赤ん坊の泣き声が響き始めました。
母は決心して布団から起きて隣の家のドアを叩きました。
コンコンコン
ドアが開き痩せ細った女の人が出てきました。
その手には今日も赤ん坊を抱いています。
「この子にお乳をあげてくださいませんか?」
母は頷き。赤ん坊を預かりました。
そして哺乳瓶にあらかじめ作っておいた
粉ミルクを赤ん坊に飲ませてあげたそうです。
嬉しそうに哺乳瓶に吸い付く赤ん坊。
ほどなくして哺乳瓶の中は空になりました。
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
痩せ細った女の人は何度もお礼を言ったそうです。
赤ん坊を返した母は今度は痩せ細った女の人に、たくさんのおにぎりを渡したそうです。
「いっぱい食べて母乳出さなくちゃ駄目ですよ。」
母がそう言って女の人におにぎりを渡すと、また何度も
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
と、お礼を言われました。
痩せ細った女の人も赤ん坊もとても嬉しそうだったそうです。
その日以来、隣の部屋から
赤ん坊の泣き声がする事はなくなったのだそうです。
母にその時 なんで怖くなかったの?
と、聞いたことがあります。
「怖さよりも かわいそうって気持ちが勝っちゃったんだよ。
その当時あたしも男に捨てられたばかりだったから。」
だそうです。
怖い話投稿:ホラーテラー りーくさん
作者怖話