私がまだ田舎から出てきたばかりの大学時代の話です。
ある夏の日の夕方、いつもどおりアパートに帰るために池袋駅から快速電車に乗りました。
その日は通り雨があり、ものすごく湿度が高かったのを覚えています。
車内は混雑していて傘を持っている人も多。しかも蒸し暑い。
そんななか車両の網棚の上に、女の人が乗っていたのです。
みんな見ないふりしているけど、車内にはやっぱり気になってちらちら見てる人もいました。
なんだこの女の人、気の毒だけど‥‥という目で。
でも平気な人はふつうに新聞読んだりウォークマンいじったりしていました。
都会の人はこういうの慣れてるんだな。
めんどくさい車両に乗っちゃったなあ、と思いつつ、好奇心に負けて、もういちど
網棚の上を見たとき、
それが「人」じゃないことに気づきました。
視界のすみでとらえていた細い腕や、黒いタイトスカートから伸びた細い足。
白いブラウスに長い黒髪。
狭い網棚の上で、はいつくばっているその顔は、目の部分が黒くおちくぼみ、顔の輪郭がぼやけて影のようでした。
いやまさか。
こんなまだ明るい時間に、こんな所で。
混乱しながらもっとよく見よう、
としたそのとき、電車は駅に着きました。
するとその女は下車していく一人のサラリーマンの首にもがくようにしがみつき、一緒に降りていってしまったのです。
私は思わず「わっ!!」と声をあげましたし、車内の何人かの人もそのサラリーマンを深刻な顔で見送ったりしていました。
怖かったのは、そういうモノがいる、ということより、何人かの人は見えてるらしいのに、まったく気づかない人の方が多いんだ、ということでした。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話