1年程前だったと思います。
私は残業で遅くなり、夜道を車で走っていました。
眠くてぼんやりしていましたが、突然ヘッドライトに照らし出された人影には、すぐに気がつきました。
家から車の正面に、男性がとび出してきたのです。
イライラしていたこともあり、文句を言ってやろうと窓を開けました。
「ちょっとあんた、危ないじゃないの!」
「すみません、○○病院へ連れて行ってくれませんか?妻が大変なんです!」
私の文句など気にも留めず、彼は必死の形相でそう言いました。
あまりのことに呆然としていると、男性の後ろから妊婦が現れました。
苦痛に顔を歪ませ、夫にしがみつく姿が忘れられません。
病院は家とは反対方向だったし、はやく帰りたかったので、「救急車を呼べばいいんじゃないですか?」と言いました。
しかし男性は「だめなんです」と言い、必死に頭を下げてきました。
さすがにことわりきれず、彼らを乗せて病院へ向かいました。
「着きましたよ」
言いながら振り返り、目を疑いました。
彼らはそこにいなかったのです。
慌てて辺りを探しましたが、見つかりませんでした。
諦めて家へ帰るため、エンジンをかけた瞬間、あの男性の声が聞こえました。
「ありがとう」と。
後日、私は彼らに会った場所へ行きました。
あの家のチャイムを鳴らすと、老婦人が怪訝そうに戸を開けました。
私が事情を話すと、みるみるうちに彼女の顔色が変わり、泣き出してしまいました。
彼女は私を家に招き入れ、すべてを話してくれました。
私が出会ったのは、老婦人の娘であり、彼女は産気づいた状態で夫と共に救急車に乗ったそうです。
そしてその救急車にトラックが衝突し、二人は亡くなりました。
赤ん坊を身籠ったまま。
「やっと、赤ちゃんが産めたんだねえ」
老婦人の言葉に、私は泣きそうになりました。
そのとき私の耳に、元気な赤ん坊の声が届きました。
怖い話投稿:ホラーテラー 藍さん
作者怖話