■シリーズ1 2 3 4 5
中年男の昔話である。必要以上に長い。
長文が苦手な方はスルーをお願いする。
もし読んでいただけるなら、片手に白ワインか、オンザロックでも持って読んでいただければと思う。
未成年の方は……梅ジュースあたりか?
とにかく時間が余っているときに読んでいただければ幸いである。
今から約20年前、小学校4年までいた町での、ある夏の日の話だ。
通学路の通りから少し離れた所の山に、稲荷神社があった。
夏の祭りはここで行い、年末のどんど焼き、年始の初詣も多くの人が集う。
地域では有名なところだ。
駐車場から上り坂の参拝道を抜け、境内に至る。
その奥に、さらに急な坂があり、赤い鳥居がたくさんある道(消防の俺たちは勝手に「千本鳥居」と呼んでいた)を抜けると、山頂近くに注連縄を張った岩がある。
多分これが神社の本体なのだろう。
実はその手前に脇道があり、そこだけ鳥居の色が白く変わる。
白く染まった鳥居の列の先に行くと、お堂のような小さな社があった。
その前はちょっとした広場になっており、子供には格好の遊び場だった。
だが、その場所への子供だけの立ち入りは禁止されていた。
数年前だが、隣学区の子供が神社へ遊びに行き、そのまま消息を絶っていた。
そしてそれと前後して、社の周りで、人魂が出るという噂が流れた。
『人魂を見たものは、行方不明になった子供に地獄に連れて行かれる』という話。
俺たちの学校でも広がっていた。
「神社の奥には大人と一緒でないと行ってはいけません」
学校の朝礼でも言われ、親からも言われていた俺の仲間たちは…
仲間たちは……
俺「お、おー!すっげえ、ボール曲った!ほんとに曲った!」
博「カーブだぜ、これ。投げれるようになった」
俺「すっげえ!な、洋。みたよな、今?」
洋「見た。大したことない。打てる」
俺「嘘つけって!出来ない、マジ絶対無理!」
俺、博、洋の三人は、今日も例の社の広場で野球ごっこをやって遊んでいた。
去年ぐらいから、授業後、ここで週一ぐらいの頻度でたまっていた。
(結構坂道を登るのがしんどいので、そうそう毎日は来ない)
ちょっとした子供だけの秘密の場所、そんなこの場所は、俺達男子の一部には人気があった。
今年の後期からは部活が本格的に始まり、俺はサッカー、博はバレー、洋はバスケと、違う部活を選択していたので、これまでのようには集まれなくなるかもしれない。
そんなことを考えてか考えずか、俺たちは最近は特に張り切って、授業後の時間を楽しもうとしていた。
それと社の広場に俺たちがたまるのは、もう一つ秘かな理由があった。
「やっほー。お菓子持って来たよ」
多分神社の子なのだろう。中学生ぐらいだと思うが、俺たちより少し年上の女の子が、たまに遊びに来るのだ。
この娘が持ってくるお菓子は、そこらのビスコやポテチとはものが違う。
俺はここで「こしあん」の存在を知った。
俺たちは野球ごっこをやめ、マコ、と名乗るこの子の周りに集まった。
しばし雑談。祠の石段に腰かけて、もらったお菓子をほおばる。
社の前には狛犬の代わりに狐の石像があり、マコはそこにもたれかかっていた。
洋「な、マコ。奥に池あるじゃん?」
社の広場からさらに奥に5分ぐらい、ほとんど獣道の道を進むと、沼ともつかない池に出る。
マ「うん」
洋「あそこって、魚釣れるの?」
マ「う~ん。どうかなあ?」
博「なに?お前、釣りやるの?」
洋「バス釣り。最近おじさんにね、教えてもらったんだ」
俺「なに?バスって何?」
洋「ブラックバス。黒いフナみたいな魚」
博「食えるの?それ」
洋「食えるけど、泥臭くって、そのままじゃまずい。泥を吐かせんと…」
マ「こおーら!こういうところで生き物を殺しちゃ駄目!」
マコが腰に手をあてて話を止めた。
ちなみにマコが俺たちをたしなめる時に使う「こおーら」は、俺たちの中の流行語大賞だった。
「こおーら」をいうときマコの髪を結んでいる赤い飾りが少し揺れるのが、俺はなぜか好きだった。
洋「わかったわかった。大丈夫。釣るだけでも面白いから。殺さないって。
な、博、昌(俺の仮名)、ちょっと行ってみないか?」
別に断る理由はない。俺達3人は、マコに別れを告げると、池に向かって歩いた。
池はどれ位の大きさというのだろうか?子供のスケール感だが、大体校庭の半分ぐらい。
柵も何もなく、足元がじゅくじゅくしてくる。一歩踏み込むと蛙がダッシュで逃げる。
昼間はなんてことないが、日が落ちてくるとかなり雰囲気があるだろう。
生き物の気配はたくさんするが、ブラックバスなんてかっこいい名前の魚がいる感じではなかった。
洋「なあ、博、昌」
池に小石をぽちゃんぽちゃん投げながら、洋が俺達を呼んだ。
声の感じが思いつめている。
俺「ん?」
博「どしたん?」
洋「俺、両親に愛されていない気がする」
???…俺と博は二人で顔を見合わせた。
意味がわからない。「両親に愛される」って、なに?
俺「なにいってんの?」
洋「いや、きっと俺の親は、俺の親であって親じゃないんだ。
きっと俺は橋の下かなんかで赤ん坊の時に拾われたんだ。
俺の親はいままでかわいそうな俺を同情でかわいがってきた。
でもだんだん手に余るようになって、とうとう愛想が尽きてきたんだ。
きっとそうだ。そうとしか考えられないんだ。
俺は愛されていないんだよ!」
大人になって知ったのだが、子供は大なり小なり、自分の「親」もしくは「親の愛情」を疑う時期があるらしい。
洋は、それが「かなり大」の子供だったのではなかったか、と思われる。
だが当時の俺はそんなことわかるはずもない。
自分が親に愛されているかどうかなんて考えたこともない。
わかるのは、洋がいつにもまして真剣だということだけだった。
洋は「自分が本当に親に愛されているのか確かめたい」といった。
そしてそのための方法を考えていた。
洋「俺は今度の土曜日に家出する」
洋が続ける。
洋「そして両親がどういう行動を取るのかを見たいんだ。なあ、博、昌。俺は親に隠れて過ごすから、飯を持ってきてくれないか?
できたら、その時俺のうちに何も知らないふりをして遊びに来てくれ。親が本当の親なら心配しているし、そうでなかったらとぼけるはずだ」
それを見届けたら、日曜日中に家に帰り、月曜からの授業に間に合わせる、というものだ。
いまでいう「プチ家出」というやつだ(もう言わないか?)。
だが当時そんな言葉も概念もなく、家出、とはすなわち親との縁を切って文字通り家を出ることであり、大事件だった。
博「隠れるって、どこに?」
洋「いろいろ考えたんだが、さっきの稲荷の社なんかいいんじゃないかと思う。あそこなら大人も来ないし」
俺「えー、夜はあそこはダメだろ!」
博「呪われるっていうもんな。人が死んだって言うし」
洋「死んでない。行方不明なだけだ。
夜の森は確かに迷子になるかもしれないけど、あそこで寝てる分にはまあいいって」
それからいろいろ説得したが、洋の決意は固いようだった。
それに、なにか秘密の計画に加わっている、ちょっとしたワクワク感があったのも事実だった。
最後には、土曜俺が夕食を持ってくること、日曜朝に博が朝食を持ってくること。で計画を進めることが決まっていた。
帰り際、社に向けて歩いていると、
和尚「おーい。お前ら、何やっている?」
向こうから森の反対側にある寺の和尚が歩いてきた。
麦わら帽に、肩から籠を下げている。
和尚「親御さんはいないのか?だめだぞ。子供だけでこんなところに来ちゃ」
俺「あ、はい。すぐ帰ります」
和尚「人魂が出るんだからな。人魂が」
俺「はい、すいませーん」
俺たちは急いで帰る、ふりをした。
「あの籠、絶対魚か鳥を捕ってるよな」
そんな噂をしながら、その日は帰った。
そして土曜日がやってきた。
当日はなぜか俺も緊張していて、いつも以上に授業の話は頭に入っては来なかった。
土曜日は午前中で授業が終わる。
家に帰って12:30頃。
両親は共働きで、夜まで帰っては来ない。
昼飯を食い終わって、親が夕飯用に作り置きしてあるおでん(季節無視!)、ほうれんそうのお浸し、日の丸ご飯をタッパーにつめ、お茶を水筒に入れると、千本鳥居の奥に向かった。
約束の時間は18時だったが、15時頃には社についていた。
社の中からこちらの様子に気がついたのだろう。
洋「よお。早いじゃん」
とかいいながら、洋が祠の格子戸をあける。
俺もばれないように早速社の中に入った。
社は人が3,4人ぐらい入っても十分な広さをもっていた。
奥のほうに、更にご神体なのだろう。小さな神棚みたいなものが硝子戸の向こうに祭ってある。
洋に言われて、とりあえず神棚に2礼2拍手1礼をした。
薄暗い社から外を見ると、広場は白く輝いている。
タッパーを渡し、洋と雑談した。
俺「今日はどんな感じ?黙って家でてきたん?」
洋「一応置手紙書いてきた。『家出します。探さないでください』って書いてある」
俺「いいねえ。本格的」
非日常的な雰囲気がそうさせるのだろうか?いつもより会話が弾む。
別に社に籠っている必要もないのだが、マコや、クラスの奴らに出会ったら、それはそれで面倒な感じなので、俺たちは社で過ごした。
教師への愚痴、とっておきのファミコンの裏ワザ、好きな女の話、将来の夢……
たわいないが、俺達にだけは真剣な話…
修学旅行の夜の感じなんだろうか。俺と洋は飽きることもなく話し続けた。
いつしかあたりは日が落ちかけ、互いの顔が薄青くなっている。
懐中電灯を点け、外に光が漏れないように床に押し付ける。
(後から考えたらバレバレだが、それが精いっぱいの知恵だった)
20時を過ぎると親が帰ってくる。
その状態で19時過ぎまで話したあと、俺は家に帰ることにした。
外はけっこう暗い。駐車場まで本堂以外は外灯なんてものはないから、懐中電灯がないと、暗くてとても歩けない。
洋「俺も駐車場のトイレ行くわ」
ちなみに神社には駐車場に公衆トイレがあった。さすがに「大」はそこでしかやりにくいだろう。
二人で夜の千本鳥居をくぐる。
祭りでない日の夜は初めてだった。
木々にさえぎられ、星々の光は多くは地上までは届かない。
懐中電灯に照らされる道は細く、浮かび上がる白い鳥居は動物の骨を連想させた。
バッタなのか蛙なのか蝉なのか、小動物の大合唱が辺りを包んでいる。
俺たちは、いや人間はここでは異端者だった。
圧倒的な「夜」の世界がそこにはあった。
急速に、体が緊張していくのを感じた。
なにか冗談でも言いあわないと、キツイな…。俺はそう思って後ろの洋を振り返った。
(あれ?)
洋の懐中電灯が止まっている。
いや、足も止まっているようだった。すぐ後ろを歩いていたはずなのに、5mぐらい離れている。
俺「どうした?」
洋のところまで戻り、話しかけた。
洋は前方をみつめたまま、一歩も動かずにいる。
というより、固まって動けないように見えた。
洋「あれ…」
洋の懐中電灯が一点を照らす。その先に、ちらちらと、青白く光る何か揺れている。
(なんだろう。提灯か何か?)
違う。そんなものではない。
そんなものではないことをうすうす感じながら、頭の中が目の前の光が何か、探し出そうとしている。
そこにあっておかしくないものであることを認識し、頭が心を安心させようとしているのだろう。
そんな気持ちをあざ笑うように、光がゆっくりと動き出した。
光が二つに分かれ、こちらに向けて、揺らめくように進んでくる。
小動物の合唱の音が消えていく気がした。
光…、いや、違う。火だ。それは、火だ。
青白い火が二つ、てんでばらばらにふわふわと飛んでいる。
いままで見知ったものの中で、こんな動きをするものはなかった。
もし、そんなものがあるとすれば……
『人魂』
頭の中で、ついにその言葉が浮かんだ。
全身の毛が立ち上がるのを感じた。
音など感じなかったが、自分の顔のあたりでカチカチいっているのに気づいた。
自分の歯が震えて鳴っているらしかった。
その火は、既に目の前、7,8mぐらいを浮かんでいる。
俺は、信じられない思いで固まったままそれを見つめていた。
もう見間違いようもない。それは人魂だ。
噂は、本当だったのだ。
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怖い話投稿:ホラーテラー 修行者さん
作者怖話