すっかり帰りが遅くなった。仕事で残業だった私は、最終電車に乗り遅れないよう急いで駅へと走る。
駅に着いた。なんとか最終に間に合った事に、ほっとした。
田舎の駅だけあって、こんな時間にもなると、電車を待つ人はほとんどいない。今日は私一人だけがホームで電車を待っている。
電車がやって来る。私はホームの点字ブロックぎりぎりのところに立ってそれを待つ。
その時。
私は左隣に違和感を感じた。
振り向くと赤い服を着た、髪の長い女が立っている。
あれ?いつの間に…
少し不気味だったが、無視する事にした。
電車がもうすぐ私の前を通るという時だった。
ねぇ…助けて…
私の左耳に声が聞こえた。あの女の声だと思い、すぐに振り向いた。
女がいない。
私は目を疑った。
さっきの女が線路の上に立っている…
私はとっさに体を動かし、女に手を伸ばした。
遅かった。
グジャァァ!!!
…え
嫌な音が耳に響く。
私は見た。電車にはねられた衝撃で、女の体が潰れるのを。
電車が停車すると、すぐに私は電車の運転手に、人がはねられたと伝えた。
運転手は驚き、すぐにもう一人の乗務員と共に電車から降りて、電車とその周辺の確認を始めた。
私自身も確認した。
あれ?
。
何も異常はない。
どういう事?
「何も異常はないよ」乗務員が言った。
「でもさっき確かに…」
「見間違えだろう。線路の上に人なんていなかったし、人が飛び込んで来たのも見てないよ。あんた疲れているんだろう。早く休んだ方がいいよ」運転手に言われた。
私は確かにこの目で、女がはねられるのを見た。しかし電車とその周辺には何も異常はない。
自分の目でもちゃんと確認した。
何もない以上、運転手と乗務員に何を言っても仕方がない。認めるしかない。
「あ…ああ、すみません!私の見間違えみたいでした。すみませんでした」
でも心の中では、自分は見間違えなどしていないと思っていた。
そのあと運転手は駅側に、次の駅への到着が遅れるという事を連絡していた。
私は電車に乗り、次の駅で降り自宅に向かった。
自宅に着いて、変な気分のままベッドに横になる。色々考えたけど、やっぱりわけがわからない。
どう考えても女は線路の上にいた−そして間違いなくはねられた。
でも運転手は人なんて見てないって言うし、その発言を裏付けるかのように死体も見つからない。
……まさか。
私の頭に一つの嫌な可能性が浮かんだ。
…霊?
まさかね…ははは。
でも考えられるとしたらそれくらいしか−それとも本当に私の見間違え?。
ううん、見間違えなわけがない。
ならやっぱり霊?
女の死体がはねられた衝撃で飛ばされてしまったのなら、私が気付くはず。それにあの時のは、女が潰れて電車に張り付いたような感じだった。
死体がどこかに飛ばされたなんてありえない。
霊かな…?
でも怖くなった私は、そんな考えを振り払った。
別の可能性を考えよう。
そして疲れていた私はいつの間に眠ってしまっていた。
翌朝。
今日は日曜日で仕事は休み。
そうだ出掛けよう。
着ていく服を決めて、ささっと身につけると、玄関へと足を進める。
玄関まで来て、靴を出そうと棚を開いた時だ。
玄関の向こうに誰かいる。
私の家の玄関扉は横にスライドさせて開けるタイプの扉で、ガラス張りになっている。
そのガラスにぼんやりと人の姿が映っていた。
私はなぜかものすごい怖さを感じた。今までこんな恐怖感は味わった事がない。
なぜこんなに怖いのだろうか。
ここである事に気が付いた。
はっきりとは見えないが、昨日の女と服装が似ているのだ。
頭を見ると髪の毛が長い事がわかる。
私は昨日の女のような気がした。
ガラスを挟んでいるのでぼんやりとしか見えないが、よく似ている。
その時。
コツコツ…
昨日の女らしき人影が、小さく扉をノックしてきた。
本当に小さく…コツコツ…と
何度かノックした後で人影は、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で喋り始めた。
なんで…助けなかったの…なんで…助けなかったの…なんで助けなかったの…
この言葉を何度も繰り返している。
私の恐怖はさらに増した。
しばらくして人影は黙った。
私は少しだけ恐怖から解放された。
だが次の瞬間。
なんと人影はゆっくりとガラスに顔を押し付けて、中を見ようとしてきたのだ。
ぼんやりとしか見えていなかった顔がより鮮明に見えてきた。
その顔は真っ白で、目は真ん丸く大きかった。口を開いていて、すごく気持ちの悪い顔だった。人間ではない事は明らかだ。
私は悲鳴を押し殺して、必死で恐怖に耐えた。
しばらく中を探るように目をぐりぐりと動かした後、人影は去っていった。
私はやっと地獄から解放された。
同時に私は確信した。
あれは昨日の女に間違いない。
顔はかなり怖くなっていたけれど、間違いなくあの女。
生きていないのは明らかだ−きっと霊だ。
私は怖くて動けなくなった。
何をしに来たのだろうか。
考えたくなかった。
私は恐る恐る玄関を開けて外を確認したが、誰もいなかった。
その日、私は出掛けるのを中止して、友人を家に呼んだ。
その友人は昔からよく、自分で霊感があると言っていた人だ。
友人が家に着くと私は早速、昨日あった事と、今日あった事を話した。
すると友人は言った。
「それ、5年前にあの駅でホームから突き落とされて、電車にはねられて死んだ女の霊だよ」
「それ本当に…?」
「うん」
私は背筋が凍った。
「…昨日なんで私に助けを求めてきたの?」
「あのね。その女は助けを求めていたわけじゃないわ」
「え?どういう事?」
「…道連れ。意味はわかるわね」
「…」
私は恐ろしくなった。
「助けてと言われてあなたは手を伸ばしたけど、間に合わなかった。それでよかったのよ。間に合って手を掴んでいたら、あなたはその女に線路に引きずり込まれていたわ。そしてあなたもきっと…」
私は何も喋れなかった。
「大丈夫?」
「あ!…うん大丈夫。なんで私を道連れにしようとしたの?」
「その女は、殺された事で強い恨みを持っているの。だから生きてる人間に害を与えるの」
「怖い…じゃ、じゃあ今日はなんで私の家に?」
「まだあなたを殺そうとしてるから…」
「…」
私はゾッとした。
「でもいなくなったんならもう大丈夫かもしれない」
「あ…うん、そ、そうならいいんだけど」
その時だった。
プルルルル プルルルル
私の携帯が鳴った。
別の友人からだ。
「もしもし」
「あ、もしもし今あんたの家の前にいるんだけど開けてくれる?すぐに帰るけど」
「わかった」
電話を切った。
「ちょっと友人が来たから開けてくるね」
そう友人に伝えて、玄関に向かう。
私は玄関を開けた。
「久しぶり」
「久しぶりだね」
「どうしたの?顔色悪いよ?」友人が私を心配して聞く。
「元気だから大丈夫」
「そう。よかった。そうだ今日、ちょっと遠出したからお土産買ってきたんだ。あげるよ!」
「ありがとう!嬉しい」
私はお土産を大事に受け取った。
「あ!そうそう、さっきあんたの家の前の道で、赤い服を着た女が、隠れてあんたの家の玄関を見てたよ。隠れてても私は気付いたけどね。しばらくして駅の方に歩いていったけど、気持ち悪かったよ」
「…え」
私は受け取ったお土産を手から落としてしまった。
「あ!お土産…顔色悪いけど大丈夫?」
「あ!ああ…ごめん」
「な〜んか変なの。はは」友人は笑った。
私は震えながら思った。
あの女は、まだ私が家から出て来る事を待っていたのだと…
怖い話投稿:ホラーテラー 黒猫さん
作者怖話