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中編7
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邪兒 #双児

才能があるのならなぜ努力しない

それは傲慢だ

自分自身にただ酔っているだけ

努力せずとも他を見下ろせる自分に惚れ惚れしているだけなんだ

上を見上げず、下ばかり見ている

所詮飛べない鳥なんだ

オマエは

才能が無くてもそれを努力で補おうとする者の足元にも及ばない

ヒトとして

動物として

生命として既にオマエは

タマシイが穢れている

阿鼻地獄で

未来永劫

汚らしい血涙で以って

タマシイを沐い続けろ

オマエがくるまで

むこうでいつまでも待ってるから

コールがなり続ける。一抹の不安がよぎる。

室はコール三回以内には必ず電話に出ると約束してくれた。でも現実的に考えてそれは難しいのではないか。例えば読経の最中は。風呂に入っているときは。

ムリに理由をこじつけ、目の前の恐怖から顔を背けようとする。

いつまで経っても室は出ないし、コールはなり続ける。

一旦切ってもう一度かけ直そうかとも思った。だが、今電話を切ったら、二度と電話口で室の声を聴くことができないような気がした。

 

 那波「…室。聞こえてるよな。教授がおかしいんだ。笑いながらさ、机に。頭…捻じ込んでたから恐くなって、俺ら逃げてきたんだけどどうしたらいいか分からないんだ。教授のトコ戻ったほうがいいかな。………なあ、返事してくれ」

意志とは関係なく震える自分の声に腹が立つ。

コールはなり続けている。

…そうだ。普通はとっくに留守番電話に切り換わっているはずなのに。

急に恐怖が首をもたげて背筋を撫でる。

―それは現実に起こってることじゃない―

 

 那波「なあ室!!返事してくれよ!!!…おい!…どうなってんだよコレふざけんじゃねぇぞ!!」

…止まった。

コールが止まった。

通話状態に切り換わったのか。違う。

ただ単に、音が止んだ。

コールの口真似をしていましたが、飽きたのでやめました

そんな感じだった。

直後、電話口を指で掻くような音がし始める。

それは電話を通してくぐもった音になり、俺の鼓膜を不快に揺する。

カリカリカリカリカリッカリカリ…

間髪入れず、今度は何者かの荒い息遣いが聞こえ出す。

まるで燃え盛る炎が風をうけて暴れているような音だった。でも、それは確かに嘘気が吹きかけられる音。

堪えがたく電話を耳から離そうとしたときだった。

 

 室「………み!!!那波!!…聞こえるか!」

狂騒をかいくぐって聞こえてきたのは間違いなく室の呼ぶ声だった。

仏の声を拝聴したのだと本気で思った。

 

 那波「コールがさあ!…ずっとなってて、それで変な音が…俺たちどうなっちまうんだよ!!室…頼むから助けてくれおまえだけが頼りなんだ!!!」

 

 室「落ち着け那波!!おまえの声はちゃんと俺に届いてた。いいか、まともに―」

 

 那波「おいおいちょっと待て!おまえの声女みたいになってるって!!!誰だよ一体勘弁してくれ!!」

 

 室「いいか那波よく聴け!!……ここにいるのは俺だ。間違いない」

…その言葉

その言葉を聞くのは二度目だ。

高校一年、あの夏の、あの体育館裏。

そのときの情景が、懐かしさを伴って鮮やかに息を吹き返す。

不思議と恐怖は和らいでいた。

昂ぶっていた気持ちも、水をうったように鎮まって。

改めて、室 寛二という人間に、畏敬の念を抱いた。

でも遥か天上の人というわけではない。あくまで彼は俺の手の届く所にいつも居て、その存在を身近に感じさせてくれる。

 

 室「那波。大丈夫か返事しろ」

 

 那波「…ああ。もう大丈夫だ。すまん」

 

 室「いいか、これから山ほど普通じゃないコトが起こる。いちいち反応してたらまともじゃいられなくなる。よく聴け。気を強く持って、覚悟しろ。これから何が起こっても、自分だけは見失うな。いいか」

 

 那波「……もう大丈夫だ。ありがとう」

 

 室「よし。今は仲間全員一緒なのか」

今まで取り乱していたせいで、周りが全く見えなくなっていたようだ。

室の問いかけを聞いて、初めて学科仲間の存在を再認識した。それ以外のモノと一緒に。

…あれは教授だ。

石川と、教授が向かい合っていて、学科生がそれを囲んでいた。

走って逃げた俺たちを追ってきたのか。

教授は石川に白紙のレポート用紙を突きつけ邪悪な笑みを浮かべている。

早すぎる。あのメールの内容が、もう現実となっている。まだできていない。覚悟が。

 

 

 那波「……うそだろ」

 

 室「どうした」

 

 那波「…教授がいる」

 

 室「は!?逃げてきたんじゃないのか!…絶対近付くなよ。どんな様子なんだ」

 

 那波「…問題だ。…あれはたぶん問題なんだ。…でも何も書かれてない」

 

 室「おい那波。一体なんのこと言ってんだ。…目の前で何が起きてるか!状況を説明しろ!!」

石川の表情が恐怖で引きつっているのが遠目からでも判る。

一週間後、彼が最初の犠牲者となる。

地獄の始まりはそこからだった。いや、地獄はこのとき既にその影を落としていた。俺たちがそれと向き合おうとしなかっただけのことなのかもしれない。

 

 室「那波!!!…例のメールを今すぐ送れ!一旦切るぞ!!」

室が電話を切るのを待っていたかのように、教授が喋りだした。

 

 教授「期限は一週間だ。恐がることはないレポートと同じさ。なるべく時間をかけたほうがいい。誤答するとロクなことにならない。

解答が用意できたら、なんでもいい、紙に書いて置いとけ。

ミにイクから

いいかい、許されるのは紙だ。それ以外のどんなモノも受け付けない」

口の動きと、発する言葉が、明らかに噛み合っていない。

両者が完全に離絶して、それぞれ勝手に奔走している。

 

 教授「ああ、集団で解こうとしてもムリだから。オマエ以外には見えないし認識できないし云えない。大事なこと。これは君の頭だけで解かなければならない。本とか写そうとしても無駄。そうしたら今度はネットで情報収集するんでしょ。つながらないよ。

つなげさせない

もしそういうイケナイことしようとしたら、気、狂わすから」

そこまで一息も入れずにまくしたてると、教授はその場に卒倒した。

教授の手から白紙の紙が木の葉のように滑り落ちる。

石川がそれを手に取り紙面を食い入るように見つめる。

信じられない、という思いを絵にしたような顔だった。

 

 石川「…いやだ。…解かなきゃならないのかコレ」

 

 笠井「ちょっと待て。そこに何か書かれてるのか」

 

 石川「おい。冗談はよせ。…見ろよこんなにはっきり!!……本気で言ってんのか!?」

 

 寺島「やっぱりあいつの言ったことは本当なんだ。問題は出された本人にしかわからない」

 

 篠崎「寺島…あいつって誰のことだ」

 

 石川「寺島てめぇなんか知ってんのかよ!!なめやがって元はといえばおまえが全ての元凶なんだぞ!!」

 

 寺島「はあ!?だから言ったじゃねぇか札が勝手に燃えたんだよ!!」

 

 石川「そんなとこ行くのがそもそも間違いだって言ってんだよバカヤロウ!」

 

 笠井「二人とも落ち着け!!こんな状況で言い合っても意味ねぇだろが!…寺島…おまえは自分の過ちを自覚しろ。石川、その紙に何が書かれてるんだ」

 

 石川「……」

 

 笠井「おい…」

 

 篠崎「石川!!おいどうした!」

 

 石川「ウワァァアアアアアアッ!!アアッアアアアアアヴヴヴァァァァッ」

石川の突然の絶叫に、全員が同時に半歩さがる。

血走った両目を限界まで見開き、顎が外れてもおかしくないほどに口を開け叫囂する様は、さながら断末魔の叫びのようで。

すぐに真顔に戻る。何事も無かったかのように。

 

 石川「駄目だ…問題の内容を伝えようと思ったら…息が…目の前が暗くなってフフフフフフフフフッフフッフッフフフフフヴヴヴヴラララララァァァァッ!!だから言ったでしょ、イケナイって。

イケナイって

肝に銘じとけ」

石川もそのまま卒倒する。

俺たちはただ立ち尽くすしかなかった。

 

 篠崎「寺島…なんか知ってんだろ。話せ。今すぐ話せ。あいつって誰だ」

 

 寺島「…知らないのか!?なんで*山がこの大学で禁忌になってるのか」

 

 笠井「いいから話せ。なにがあった」

 

それは10年ほど前のことです。

この大学の、この学部の、この学科に、三木 修平という秀才が居ました。

彼はいわゆる天才ではなく、自他共に認める努力家で、学問に対する情熱はやむことがありません。

学友の『何故君はそんなに勉強が好きなのだろう』という質問に、彼は淀みなく答えました。

 『勉強が好きというワケではないさ。ただ、学問は際限なく広がっている。飽きてもまた触れたくなるときが必ずやってくる。それは、学問の、凬になびく暖簾のように、来るものを拒まず、去るものを引留めない、軽妙洒脱さのせいだと僕は思うんだよ。

そんな下心の無さが僕は好きだ。まあ、親密過ぎず疎遠でもない良友みたいなものかな』

そんな三木君でしたが、ある期末テストで、一位を逃してしまうのです。

彼は執念深く一位の座を奪った者を探します。それがイケナかった。頂点を奪取したのは、同じ学科で、稀にみる天才と呼び声高い二条君だったのです。

そこで彼は恐ろしい真実を悟ってしまう。

 

学問は、より才能に恵まれた者を友に選ぶんだと、自分は友に選ばれなかったんだと。

 

学問が唯一解りあえる友だと思っていた彼にとって、それは死よりも堪えがたい屈辱と、悲痛を伴うものでした。そしてその感情は、

じっとりと

二条君への、嫉みに、怒りに、怨みに、

化けてしまいました。

 『二条君。君は、ほんとうは隠れて勉強しているのだろう?必死に努力しているのだろう』

 『周りの奴らが君を抜いてみろって言うからさ。ちょっとは勉強したよ。…でも二度と御免だ。俺は生来努力するのは苦手らしい。次のテストはまた三木君が一番だろうね』

そう言って二条君は馬鹿嗤いするのです。

三木君のヒトミが、闇く沈んでゆきました。

ヒトミって、タマシイを映す鏡なのだとか。

 

夕日が沈むようにとっぷりと、三木君は闇に浸かってしまいました。

怖い話投稿:ホラーテラー 1100さん  

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