長くなりますがご了承下さい。
もう10年程前の話になる。
季節は3月頃で、春が訪れ始めた暖かい時期だった。
当時18歳だった私(佳奈)は、高校を卒業して東京の大学の進学を控えていた。
地元はいわゆる田舎で、まだ自然が多く残っている場所だ。
私は進学と共に地元を出て一人暮らしをすることが決定しており、残り少ない実家生活を謳歌していた。
とはいえ特にすることもないので、日中はぶらぶらと散歩していることが多かった。(高校卒業したての女子なら他にすることもあるだろうにw)本当に暇だったのだ。
あの日も同じ様に散歩していたのだが、ふと気がつくと余り通らない道に来ていることに気付いた。
(あれ?何でこんな所に来たんだろ…?)
この時点でオカシイのだが、その時の私はその道を進んで行くことにした。
しばらく歩くと公園?広場のような場所を見つけたので、歩き疲れたし、休憩を兼ねてそこにあったベンチに座ることにした。
呑気に自然を噛み締めながら、もうすぐ引っ越すんだなーとか、不安だなーなどと感傷に浸っていた。なんだかセンチメンタルな気分になっていると、前からおばあちゃんが2人歩いて来るのが見えた。本当にどこにでもいそうなおばあちゃんだ。
この辺の人なんだろうと大して気にもしていなかったが、よくよく見るとおばあちゃん達は迷うことなく私に近付いてきている。
「お人形が欲しいんだけど。」
いきなり意味不明なことを言ってきた。
(え?何なの?)
まことに失礼だがボケ老人に絡まれたと判断した私は、とにかくやり過ごそうとした。
田舎は世間が狭いし、地域住民の繋がりが強かったのでうっかり無視出来なかったのもある。
なのでしばらくは持ってないです、そうなんですかーなどと適当に相槌をうっていたが、おばあちゃん達は
「お人形が欲しいんだけど。」
しか言わない。
さすがに無視して立ち去れば良かったのだが、何故か無性に人形をあげなきゃ!という気持ちになり、何かないかと持ち物を探した結果、自宅のカギに付いていたキティちゃんのキーホルダーを手渡すことにした。
おばあちゃん2人はそれを受け取るとしばらくはニコニコしていたが、すぐに怒りの表情へ変わった。そして意味不明なことをぶつぶつ呟いている。
(やばい!この人達普通じゃない!!)
やっと私がそう感じて逃げよう!!と思った時には、おばあちゃん2人は口から泡を出し、目は明後日の方向を見ながら何かを叫んでいた。
とにかくこの場から離れようとダッシュで走り出した。
先程までとは打って変わって、もうとにかくおばあちゃんから逃げなきゃ!!という気持ちでいっぱいだった。
来た道は一本道なので、真っ直ぐ走り続ければ自宅に着く。恐らく10分もダッシュすれば帰れる!
しかしどれだけ走っても、自宅どころか知っている道にすら着かない。
もうこの辺は混乱していて記憶が曖昧なのだが、とにかく焦りと恐怖が気持ちを支配していた。
後ろを振り返る余裕すらなく、ただただ恐怖心ばかりが強くなっていった。
そのまま走り続けると、突然目の前に自宅が見えた。
(助かった!)
そう思った私は全力で自宅の玄関のドアを開けた。
そこは自宅ではなかった。正確に言うと外観は自宅なのだが、中だけ自宅ではなかった。(どこでもドアをイメージしていただければ分かりやすいと思う。)
ドアの向こう側には、金色に輝くきらびやかな空間があり、平安時代?のような格好をした男一人と女二人がいた。
能で使うお面のような顔をした男女は、踊るように交わっていた。(はっきりと見えた訳ではないが、男性が女性に覆いかぶさるような感じた)
なぜ踊ってるように見えたのかは分からないが、幻想的であり現実から掛け離れた光景だった。
突然男性がこちらに顔を向けた。
その顔は真っ白で、真っ赤な唇に麿眉。目に生気はなく、無表情だった。
その瞬間、先程とは比にならない程のとてつもない恐怖に襲われた私は、その場から逃げるように再びダッシュした。
自宅がない、非現実的な情景、無表情な人間…
それだけで、私の恐怖心を煽るには十分だった。
気付くと知らない山道を走っている。山道の端に人形が見えた。1体2体…と等間隔に人形がいる。
そこで私の目が覚めた。
私は部屋で母親と親戚に囲まれていた。
「佳奈の目が覚めた!!」
「良かった!!」
などと親戚の声が聞こえる。お母さんは泣いていた。
徐々に私の記憶が蘇ってきた。
そうだ、私は田舎には住んでいない。高校を卒業したし、東京の大学への進学を控えていたが、自宅は都心のマンションだ。
もちろん一人暮らしの予定もない。
(なんだ全部夢だったんだ…。けど何故親戚がいるんだろ?)
お母さんは泣きながら
「佳奈が助かって良かった!!お母さんのせいでごめんね。」
と何度も言っていた。助かった?何から?
周りも落ち着いてきて、私自身も意識がはっきりとしときたので、何があったのか記憶を辿った。
確か春休みで暇を持て余していた私は、お母さんから居間にある押し入れの掃除を頼まれたんだ。
私は居間の押し入れを開けることなんて滅多になかったので、面倒だなーと思いつつ何が入ってるのか興味津々で掃除していた。
押し入れの中身は、お雛様や家族の着なくなった洋服などだった。それを捨てる物としまう物に分けていると、ちょうどお歳暮の箱くらいの古びた木箱が出てきた。中身を確認するために開けると、中には木のお札のような物が入っている。それを手にした所辺りから記憶がない。(正直かなり曖昧で、正確には思い出せなかったが)
「佳奈が見つけた物はね、神様なんだよ。」
お母さんの姉であり、私にとってはおばさんにあたる人がそんなことを言った。
お母さんはただ泣いている。
「神様…?」
「そう神様。信じないかもしれないけど、佳奈のおばあちゃんが住んでる〇〇(つまりお母さんとおばさんの実家、地名は伏せます。)の神様の一つなんだ。」
以下はおばさんの話を要約した内容です。
〇〇はまだ田舎で神様への信仰も厚く、水の神様、山の神様…など色々な神様が存在している。
その中には利益とともに人に害を与える神様や、子供を食べる神様など、もはや悪霊のような神様もいるらしい。
どうやら神隠しや災害などの不幸も全て神様起因と考えて、後の幸福の代償として有り難いことと捉えて不幸を乗り越えていたようだ。
私が見つけたお札にも神様が宿っており、最近お母さんが〇〇の神社から譲り受けてきたものらしい。(〇〇に住む人は、神社から神様の宿ったものを譲り受けて奉ることがよくあるそうだ。考え難いが、沢山神様がいるから可能なのだろう。)
そのお札には戒乎様(かいこさま)という神様が宿ってる。
戒乎様は前述にあった不幸の代償に幸せを運んでくるタイプの神様のようだ。
ここまでおばさんが説明したところで、泣き止んだお母さんがぽつぽつと話出した。
「戒乎様は家庭を幸せにする神様なの。家族に何か小さな不幸があっても、戒乎様がいればそれより大きな幸せを家庭にもたらしてくれるのよ。だからお母さんは戒乎様を神社から頂いたの。まさか佳奈が戒乎様を触ってしまうなんて思っていなくて…。本当にごめんね…。」
ここまでは、どこか昔話を聞くような呈で聞いていたのだか、この先のお母さんの言葉に耳を疑った。
「戒乎様は、男性の神様だから女性がそのお札に直接触っただけで命を取ってしまうの。正確には戒乎様の元に召されて戒乎様の物になってしまうのよ。」
「え!?ちょっと待ってよ!!私あのお札に触ったよ!?」
「…だから佳奈は戒乎様に召される所だったのよ…。」
愕然とした。
つまりさっきまで寝ていたと思っていたが、あれは死ぬ直前だったということになる。
…確かに夢にでてきた田舎は〇〇によく似ていた。
けれど私は生きている。だから、まだどこか話を信じていなかった。
「私は大丈夫なの?」
私の問い掛けにおばさんが答えた。
「お母さんがね、神社に連絡して戒乎様に召されない方法を聞いたの。全て説明するのは難しいけれど、佳奈の身代わりを戒乎様にお供えしたのよ。
(方法とは、酒やら水やら女性の洋服やらを用意して、決められた手順で決められたことを行うというものだった。詳しくは教えてもらえなかった。)
この儀式は佳奈とより血の近い人がやる方がいいから、お母さんが行ったのよ。
夢の中で3体の人形に会ったでしょ?それが佳奈が召されなかったということを意味しているの。」
ここまで聞いて私の思考は止まった。
3体…………?
「…私2体しか人形見てないよ……?」
空気が凍りついた。みんなが慌てている。
「女の子2体と男の子1体の人形を見たでしょ!?」
「夢から覚める直前にいたはずよ!!」
次々と問い掛けられたが
「女の子の人形しかいなかったよ…。」
この言葉でみんなが青ざめていった。
「戒乎様がまだいるんだ…。」
そして再びお母さんが泣き崩れた。
「ごめんなさい。お母さん少しだけ、本当に少しだけ手順を間違えたの。影響はないと思っていたんだけど…」
つまりお母さんが手順をちょっと間違えて、そのせいで戒乎様から完全に解放されなかったのだ。
親戚はお母さんを責めたが、おばさんは神社に電話して事情を説明してしばらく何か話すと電話を切った。
「いい?これから一週間は既婚者の男性の顔を見ては駄目よ。戒乎様が化けているかもしれないわ。お父さんであろうと既婚者の男性は絶対に見てはいけない。一週間見ないでいれば大丈夫よ。佳奈は助かる。」
(幸いこの場に既婚者の男性はいなかった。)
その場の異様な雰囲気、先程までの怖い夢…
それだけで私はおばさんの言葉を信じるしかなかった。
それから一週間、私は部屋に引きこもって過ごした。トイレ以外はほぼ部屋から出なかった。
無事に一週間が経過し、私は戒乎様から解放された訳だが、すぐに逃げるように家を出た。
部屋で過ごす一週間、今回のことについて私なりに考えた。不確かなことが多すぎて、何か答えが欲しかったんだと思う。
これから書くことについては、今になって分かったこと、思ったことも交えて書く。(当時はそこまで冷静には考えられなかった。)
まず戒乎様について。
おそらく戒乎様は夢に出てきた麿眉の男のことだと思う。確証はないが、圧倒的な怖さがあったからだ。
そして、戒乎様は家庭円満の神様ではないのではないか。
そもそも私が死んでしまってはその後の家庭円満も何もない気がする。家族が一人いなくなるのだから。
それを代償にする時点で、家庭の神様とは思えなかったし、夢に出てきた戒乎様は、どう考えても家庭とは程遠い気がした。
では戒乎様は何の神様なのか…。
次にお母さんについて。
触ると危険と知りながら無防備に押し入れにいれたり、その整理を私に任せたり明らかにおかしい。
更に、召されない方法の手順を間違えたなんて、そんなことがあるのだろうか?
私が倒れた時、たまたまおばさんが訪ねて来ていたから、慌てて神社に連絡したり近場の親戚を呼んだりしたのだが、おばさんが来なかったらどうなっていたのだろう?
そもそも何故お母さんは最近になって戒乎様を貰ってきたのだろうか?
私はお母さんが急に怖くなった。お母さんは私を身代わりに戒乎様から何かを得ようとしていたのだはないだろうか。その考えに至ってからは、早くお母さんから離れたかった。
私は実家を出てから、一人暮らしをしつつ奨学金で大学を卒業。今は結婚して家庭もある。
お父さんとは繋がりがあるが、お母さんには一切連絡をしていない。
お母さんは私が家を出てすぐに、お父さんを捨てて他の男性と暮らしはじめた。前々から付き合っていた人らしく、お父さんに離婚を迫っていたそうだ。
お母さんは私を代償に、その男性と上手くいくことを戒乎様に祈っていたのかもしれない。
今となっては分からないことばかりだ。
余談だが、実家のカギに付けていたキティちゃんは無くなっていた。
最後までお読み頂きありがたうございます。
怖い話投稿:ホラーテラー イザベラさん
作者怖話