目の前には「鼠」とだけ書かれた檻があった
でも、中にいるのは鼠ではなく…人間だ
彼らは体中…それこそ皮膚が見えないほどに
畳針が差し込まれていてる
その姿はまるでハリネズミのようだった
そうされてから大分、日にちが経っているのだろうか?
針の根元は黒ずんでいて、所々が錆びついていた
流れ出た血が原因だと思われる
檻の前には、男が一人いる
彼は、箒で落ち葉を掻き集めていたようで
男の足元には、枯葉が小山を築いていた
ひとしきり、あたりの落ち葉を掻き集めると
男は懐からマッチを取り出し、枯葉に火をつけた
火が順調に燃え広がるのを確認すると
男は私が座っているベンチに腰を下ろした
「さて、お嬢さん。何か話したいことでもありますか?」
男は聞いてきた
「話を聞いてくれるの?」
私の問いに対して、男は微笑みながら頷くと
「ええ、一応なんであろうと、ここ来たものの話を聞くのは
園長である私の仕事ですから」
と答えた…
私の父は人形職人だった
職人気質といえば聞こえはいいが
私から見たらただの頑固者の父は
周りからは変人扱いされていたようだった
母は居なかったが
私は父と人形たちに囲まれた生活が好きだった
先ほども言ったが、父は頑固者だったが
それはあくまで世間に対してであり
私に対して父はとても優しかった
私は常々
「もっと世間に対しても私と同じように接したらいいのに」
と思っていたのだが
その反面、なんとなく父を独占しているようで
私は嬉しかった
珍しいことなのかもしれないが
年頃の娘にありがちな父親との反目も
私には皆無だった
今思い出しても、あの頃の私は幸せだったと思う
しかし、その幸せはそう長くは続かなかった
ある日父は
「紹介したい人がいる」
と言いだした
私はその一言ですべてを理解したが
内心、言葉には言い表せないほどの嫌な気持ちでいっぱいになった…
意外にも父が連れてきた女性はとても綺麗で
見た目も優しそうで、非の打ちどころがないように見えた
その女性は私を見ると
「あら、可愛い」
と、屈託のない笑顔で抱きしめてくれたが
私はそれが不快でならなかった…
やがて始まった父、私、そして新しい母との生活は
私にとって、苦痛以外のなにものでもなかった
父は、新しい母を溺愛し
徐々に私との間に距離を置くようになっていった
父との会話が減っていく中で
私の中で芽生えていくある感情
それは紛れもなく嫉妬であり
新しい母に対する怨嗟そのものであった
それがどこから来るのかと考えたときに
私は自分の気持ちに気付いてしまった
私は父に親子という間柄以上の感情を抱いていたのだ
新しい母は、始めは私に好意的に接していたが
いつまで経っても懐かない私に嫌気がさしたのか
次第に仲良くする努力を放棄するようになっていった
いや…ひょっとすると、あの女は同性として
あの時すでに、私の父に対する気持ちに
気付いていたのかもしれない…
やがて、あの女は汚らわしいものでも見るような目で私を見るようになった
一方、私の方でもあの女に対する憎悪は膨れ上がる一方だった
父はあの女と私の仲が最悪なことは知っていたようだったが
何もしてくれなかった
それどころから、あの女の居ないところで
いつまでもあの女に歩み寄ろうとしない私を責めた
「私のお父さんを返してよ!!」
ある日、私はついに我慢しきれずにあの女に口走った
女は一瞬びっくりしたような顔をしたが
やがて、その顔は恐怖にひきつっていった
「やっぱり…普通じゃない…」
女はやっとのことでその言葉を口にし、
意を決したようにに言葉をつづけた
「いい?
貴女がどんなに、あの人のことを想っても
あなたはあの人と結ばれることはないわ
それは、あなたが娘だからとかではないのよ
なぜなら、あの人は私を選んだからよ
女として私を選んだからよ、悪いことは言わないわ
お願いだから、諦めて頂戴…」
私の心は屈辱と悔しさでいっぱいになった…
その日、私は自分の家に火を放った…
「そうですか…そんなことが在ったのですか…」
男は私の話を最後まで聞くと同情に満ちた声でそう言った
もっとも、その表情は最初から最後まで、薄気味悪い微笑みをくずさなかったが…
「ええ、私は父と母を焼き殺し自殺したの
でも後悔はしてないわ、好きにして頂戴」
「と、仰いますと?」
「ここは地獄なんでしょ?
早く私に罰でもなんでも与えたらいいわ」
「いいえ、あなたに与える罰なんてありませんよ」
男は先ほどの焚火を見つめたまま答えた
「私に与える罰はない?」
「ええ、なぜなら私が罰を与えるのは
あくまで人間が相手ですからね
たとえ魂が宿ろうとも人形に罰は与えませんよ」
そういうと、男は私を鷲掴みし
焚火の中に放り込んだ
私の体が炎に包まれていき
抗えない程の熱さが襲ってきた
意識を失いそうなその状況の中で
私はあることに気付いた
そこは、枯葉ばかりだと思っていたのだが
その中に無数の人形が見える
見覚えがあるその人形たちは父が作った
魂の宿らない、不可全なモノ達だ
その中の一体に私の注意がひきつけられた
その一体はすでに焼け焦げており
そうなる前の
私が綺麗だと思った容姿は見る影もない
私は呟いた
「なんだ…あんたも来てたんだ…ザマーミロ…
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話