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長編10
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咎と業

草木は深く生い茂り、夜の闇よりも深い黑を湛えていた。

降り注ぐ雨はぬかるんだ地面を打ち、俺は額を拭う。

すでに子供の背丈ほどの深さまで掘られた穴は、大きく開いた口のようだった。

「おい、そろそろいいんじゃないか」

「もう少しだ、まだ浅い」

小柄な西山と金髪の卓也。二人は休むことなくスコップを動かし、地面を穿つ。

「おい、村上、ぼさっと立ってんじゃねぇよ」

卓也が語調を荒げて俺を呼んだ。

だが俺はと言えば、肉体の疲労と精神困憊で意識は朦朧とし、さっきの出来事を思い出すたび吐き気が込み上げる。

「うっ、おぇええっ・・・・!!」

胃液が逆流し、吐瀉物がぶちまけられた。

卓也は目を細め、舌打ちした。

「ちっ、吐いてんじゃねぇよ・・・・」

「早くしねぇと朝になるぞ・・・・!!」

西山は焦りの表情を浮かべていた。

身体は汗と泥にまみれ、息をするのすら苦痛になる。

「・・・・もう自首しないか・・・・?」

自分でも思ってもみない言葉が飛び出した。

「馬鹿、何言ってんだよ。

このまま犯罪者になっても構わないってか?」

西山は眉根に皴を寄せ、反論する。

「俺達はもう既に犯罪者だ・・・・。

いや、そうじゃない・・・・このままだと、もっと恐ろしいことになる・・・・」

「・・・・?なんだよ・・・・それ」

「たとえば・・・・死・・・・」

墨を垂らしたような深い影の中で、何者かがこちらに視線を向けた。

いや、違う。

気のせいだ、構うな。これは単なる身体の不調だ。

だが本能だけは何度も鐘を鳴らすように、俺の内側で「逃げろ」と叫ぶ。

その日は大学の同期の西山と卓也が、俺の家に遊びに来ていた。

中学時代から親交のあった西山と、大学時代からつるんでる卓也。

二人とも長い付き合いだ。

この日もいつもと同じように、くだらない話をしながら夜を明かしていた。

時計の針が9時を指した頃、西山がふと気付いたように言った。

「そう言えば今日って7月11日だよな・・・・」

何の気なしに言った一言だったが、俺は追憶とともに、あの時と同じように罪悪感にさいなまれた。

「あの時は迷惑かけたな、二人とも・・・・」

「いや、あれは俺が悪いんだ・・・・」

「違う、あの女が・・・・。あの頭のおかしい女のせいで・・・・」

俺達は後ろめたい記憶に、ただ口を閉ざすしかなった。

[プルルルルルルル]

「・・・・おい村上、電話鳴ってんぞ」

「ああ・・・・」

俺は重たい足取りで隣の部屋へ行き、受話器を取る。

「もしもし、村上ですが」

「・・・・・」

受話器の向こうからは、ただ沈黙が流れた。

聞こえるのは息遣いの音だけだ。

「あの、悪戯電話なら・・・・」

「お前達は明日、気がくるって死ぬ」

低く、潰れたような声だったが、確かに聞こえた。

「お前達は気がくるって死ぬ。お前達は気がくるって死ぬ。お前達は・・・・」

「あああぁっ!!」

[ガシャンッ]

耐え切れず俺は受話器を叩きつける。

[プルルルルルルル・・・・]

[プルルルルルルル・・・・]

西山と卓也の携帯にもコールが掛かる。

間をおかず、二人の悲鳴が聞こえる。

「んだこれ、どういう事だ!?」

「・・・・あいつが・・・・あいつが来たんだ・・・・!!」

西山は膝を抱えてうずくまる。

[がさっ、がさっ]

窓のサッシが揺れる。

そして一瞬、窓を横切ったその顔は、口元に引きつったような笑みを浮かべていた。

俺は思わず後ろにのけぞり、したたかに背中を打つ。

「い、今・・・・あいつが・・・・こっちを見ていた・・・・!!」

俺は窓を指さすが、そこには既に虚空が広がるばかりだった。

「どうなってんだこれ・・・・」

卓也は表情を失っていた。

「あいつが・・・・あいつが俺達を殺しに来たんだ・・・・」

西山はただ、うわ言のように呟いていた。

大学で同期になった俺達三人は、知り合ってすぐに打ち解けた。

入学から二カ月が経とうとした頃、俺は頻繁にストーカーの女に付きまとわれるようになった。

警察に訴えを出したこともあったが、男が女に付きまとわれていると話しても、半ば冗談のようにあしらわれるだけだった。

その女を呼び出して、面と向かって「付きまとわないでくれ」と頼んだこともあったが、徒労に終わった。

代わりにストーキングはエスカレートし、家の前に鳥の死骸が放置されていたこともあった。

俺は次第に家に帰ることが少なくなり、親しい友人の家を回って大学と行き来していた。

その日は西山の運転で、卓也の家に行く途中だった。

免許を取ったばかりの西山は、なれない駐車に四苦八苦していた。

何とか車を止め、三人が車から降りようとしたとき、例のストーカーの女が現れた。

女は刃物を持っていた。

女は西山の住所を調べ、待ち伏せするつもりだったのかもしれない。

三人が車に戻るとすぐに、卓也はアクセルを踏んだ。

そしてさっきまで俺達の斜め後ろにいた女は、突如前方に現れ、轢かれた。

電話が鳴りやみ、再び静寂が訪れ、俺はただ呆然とするしかなかった。

【お前は明日、気がくるって死ぬ】

その声は確かに、あの日車に轢かれたストーカー女の声だった。

「殺される・・・・殺される・・・・」

西山は震える声で繰り返す。

「・・・・いいか、あの女は死んだんだ」

卓也はそう断言したが、その額には汗が伝っていた。

「どうする・・・・?」

「どうするって・・・・何をだよ」

俺の疑問に、卓也は苛立ったように投げ返す。

「あの女だよ・・・・」

そこで俺は少し息苦しくなり、深呼吸する。

「あの女の・・・・死体・・・・」

「どうするんだよ・・・・これ・・・・」

俺は女の死体を前に、ただ立ち尽くしていた。

車で轢かれた後も数メートル身体を持っていかれたのか、地面には血が滴っている。

「け、警察に・・・・」

西山は震える手で、携帯を取り出す。

それを制したのは卓也だった。

「馬鹿、止めろ・・・・!!

そんなことしたら俺達三人とも終わりだ・・・・!!」

「でも・・・・」

「いいか、この女は死んだ。

何をどうやってももう助からない、死人だからな。

事態を大きくするより、どうしたら事を穏便に済ませられるか考えろよ・・・・」

普段冷静な卓也が、この時は感情的になっていた。

「埋めよう・・・・」

そう言ったのは俺だった。

「埋める・・・・?罪を重ねるのか・・・・?」

西山は新たな罪を犯す恐怖におののくようだった。

「ああ、そうだ、埋めるんだ・・・・。

幸い目撃者もいないし、血痕もそこまで広がっていない。

首尾よくやれば事故自体なかったことにできる・・・・そうだ・・・・」

卓也の口調は、どこか自分に言い聞かせるようだった。

しばしの沈黙の後、卓也が再び口を開いた。

「よし、まずブルーシートを持ってこい。死体を隠すんだ。

それからタオルで見える範囲の血痕を拭き取る。

早くしろよ、今は誰もいないが、ここを車が通るかもしれない・・・・」

それから卓也が指示を出しながら、俺達は死体を車へ積み込み、隣県の山奥を目指した。

車を麓に止め、そこからは人気のない所へ死体を運んだ。

さっきまでは小雨だったのに急に雨脚が強くなり、作業は困難になった。

視界は悪くなり、隆起の多い足場はさらに不安定になった。

そして俺達は深い森の中へと入り、死体を埋める為の穴を掘り始めた。

死体を穴に入るように動かそうとしたが、死後硬直が始まってるせいで、関節は固くなっていた。

女の体は正面衝突の時に奇妙な方向へねじ曲がり、まるで悪夢のようだった。

そう、悪夢だ。

俺はその忌まわしい死体を覆い隠すように、ブルーシートを被せた。

衝突のすさまじさとは裏腹に、綺麗な程原形をとどめていたその顔が、かえって怪奇じみた不気味さを増大させていた。

7月11日。俺達は人を殺した。

それから6年後の今日、あの女は再び現れた。

「あの女は言ってた。

『明日、俺達は死ぬ』と・・・・」

「まだあの女と決まったわけじゃないだろ。

もしかした真相を知ってる奴らが・・・・」

西山が俺の言葉に異議を唱えた。

「それならなおさら確かめるべきだ・・・・

あの女の・・・・あの女がまだ・・・・」

「埋まっているかどうか」

俺は続きを待てず、卓也の言葉を遮った。

「・・・・そうだ。

イカれてると思うかもしれないが、俺はまだあいつが生きているような気がしてならない・・・・」

卓也は頭を抱えた。

「・・・・行こう・・・・もう一度、あの山へ行くんだ。

あのストーカー女に関わることで俺もこれ以上悩まされたくない・・・・。

それに・・・・」

「?」

「『明日に死ぬ』っていうのも気になる・・・・。

うまく言えないが、やるなら今日中がいい・・・・」

「今日中って言ったって、後もう三時間しかねぇぞ・・・・」

女を轢き殺した張本人である西山は、一番あの女を恐れているのかもしれない。

だが、だからこそ・・・・。

「だからこそだ。

予感がする・・・・。早くしないと、手遅れになる・・・・」

俺の言葉に応える代りに、西山は車のキーを取り出し、玄関へ向かった。

俺達は再び、あの女を埋めた山へ車を走らせた。

市街地から離れるほど、街頭や民家の明かりは消え、辺りはほとんど何も見えなくなった。

車で行ける所まで進むと、そこからは歩きで、死体を埋めた場所を目指した。

足元を照らす懐中電灯は今にも消えそうで、形容しがたい焦燥感が俺を駆り立てる。

不意に水滴が頬を濡らす。

雨が地面を打つ音は次第に大きくなり、目的の場所へ付く頃には本降りになっていた。

目的の場所と言っても、死体を埋めた場所を正確に把握しているわけではない。

死体を見つけ出すために、俺達はそこら中を掘り始めた。

降り注ぐ雨は体温を奪っていく。

疲労が蓄積され、思わずまどろみかける。

地面にはいくつもの穴が穿たれるが、一向に死体は出てこない。

「もしかしたら、あの女はもう・・・・」

「馬鹿なこと言ってねぇでさっさと掘れ!!」

情けない声を出す西山を、卓也が諌める。

時計の針は11時を指している。

【お前達は明日、気がくるって死ぬ】

あの言葉が本当なら、俺達は後一時間の命だ。

意識しないうちに、恐怖の波が押し寄せる。

今迄自分が犯した全ての罪悪の記憶が、正気を保つのを危うくする。

死にたくない。

気づいたら何度もつぶやいていた。

「死にたくない、死にたくない、死にたくない・・・・」

遮二無二にスコップを動かす。

「死にたくない、死にたくない、死にたくない、死・・・・」

【がっ】

硬質の感触が、スコップを持つ手に伝わった。

「!!」

スコップでその辺りを急いで掘り起こし、手で土を掻きわけた。

「・・・・おい、来てくれ!!」

二人が俺の後ろに集まった。

深く開かれた穴の奥に、ブルーシートが見えた。

その上の辺りから覗く頭蓋骨は、まるで俺を見ているようだ。

空ろな眼窩に、俺はしばらく射すくめられた。

「ほら見ろ、やっぱりあの女はここにいたんだ」

卓也が安堵の声を漏らす。

「・・・・そうだ、どうかしてたんだ俺達。

・・・・死体は死体だ・・・・。変わらずずっとここにある・・・・」

スコップを握りしめていた手から、力が抜けた。

「なぁ」

不意に、西山が声を挙げた。

「これって・・・・カセットテープか?」

西山の手には、薄いビニールに包まれたカセットテープがあった。

「なんだ、あの女の遺品か?捨てちまえよそんなもん・・・・」

卓也は払いのけるように、手の甲を前後に振る。

「帰ろうぜ・・・・」

ふぅ、と大きなため息が聞こえた。

日が次第に明ける頃、俺は後部座席に身を横たえていた。

目を覚ました頃にはまだ、二人とも死んだように寝ていた。

時計の針は、午前5時を指している。

一応掘り起こした穴は全て元に戻したから、雨が止む頃には土の色も周囲に馴染んでいるだろう。

身体にはまだ疲労感が残っていたが、危機が過ぎ去ったあとでは、それもまた心地よい物に思えた。

しばらくして俺は二人を起こし、車はゆっくりと発進した。

辺りはすっかり朝になり、差し込む日差しが眩しかった。

もうひと眠りしようとした頃、カセットテープが目にとまった。

「おい、まだこれ持ってたのかよ」

「いや、なんとなく・・・・。捨てると逆に祟られそうだし」

西山は自嘲気味に言った。

「ったく迷信深いな西山は」

「はははは・・・・」

何の気なしに、卓也はカセットをプレーヤーに挿入し、再生ボタンを押した。

「んだよ、そんな気味悪ぃモン入れんなよ・・・・」

「いいだろ、どうせ・・・・」

[お前達は今日、気がくるって死ぬ]

「なっ・・・・」

西山は驚愕の表情を浮かべる。

「なんでだよ、死体はあったじゃねぇか!!」

卓也は声を荒げる。

「首から下は?」

「え?」

「あの時俺達が見たのは首だけだっただろ?

そこから下はどうしたんだ?」

「おい、どうしたんだよ村上・・・・」

「なぁ、どうしたんだよ?首から下は・・・・?」

「おい、村上、さっきからお前どうしたんだよ!!」

「なぁ、どうしたんだよ・・・・」

「っ・・・・!?」

「・・・・・なぁ・・・・」

村上は焦点の合わない目で不明瞭な言葉を呟いている。

そして運転席に目をやると、西山の首から上がなくなっていた。

翌日事故現場に訪れた鑑識や警察は、その奇妙な惨状に首をかしげるばかりだった。

運転席の男は運転中、何者かに首を切断され、助手席の男は車を飛び出し死亡。

後部座席にいた男も即死していたが、それでもなおブルーシートを抱えるように、死後硬直していた。

そのブルーシートからは、二十台代女性のものと思われる骨の幾つかが確認された。

その後の捜索で次々と残りの骨は発見されたが、当の頭蓋骨だけは見つからずじまいだと言う。

怖い話投稿:ホラーテラー 聖仕官さん  

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