Aがずぶ濡れのまま玄関へ走る。
「あがらせてもらうからな。」
熊を連想させる成瀬さんにAが圧倒される。
彼は、まるで事の成り行きが分かっているかのようにAの前を歩き、俺達のいる場所へとたどり着いた。
廊下にはいつからそこにいたのか、おばさんが合掌したままうつむき小声で何やら呟いている。
「どうか・・を・・・け下さい。」
「奥さん、遅くなって申し訳なかった。」
その声でハッと成瀬さんを見上げるおばさんの頬にはうっすらと涙のすじが見えた。
おじさんを見た成瀬さんは驚愕の表情となった。
「ダメだ!!照ちゃんの体を乗っ取ろうとしていやがる。」
おじさんの体から他の体へ移ろうとした男は、あまりに強い力でおさえ込まれ焦りをおぼえた。
そこで、このままおじさんの体を奪う事を考えたがそれすらままならない。
清めのための水も、唱えている言霊も、おばさんがおじさんを思う念ですら男のする事を阻止しようとしていた。
このままおじさんの体力に限界がくれば、男はおじさんの奥深くまで入り込み、手に負えなくなる。
おじさんの意識があるうちに、成瀬さんは外側から、おじさんは内側から、まるではさみ込む様に、逃がさないように浄霊をするのだという。
素人の俺達には想像しにくいだろうが、分かるように言えばそのような事だと成瀬さんはぶっきらぼうに説明した。
「ここでは狭すぎる!書斎の隣りの部屋に運ぶぞ!」
成瀬さんとAは、おじさんを抱え込むように両わきに立つ。
おじさんの足がダランとぶら下がる。
それを目にした成瀬さんは「クソーッ!」と表情を歪める。
段差でおじさんの足が引っ掛かり、一瞬、体勢が崩れそうになる。
俺がおじさんの足を持ち上げ数歩進んだ時、腹部に予期せぬ衝撃を受け、俺の体は書斎の前までふっ飛んだ。
「わ・・悪かった・・・君、大丈夫か?」
おじさんが俺に謝る声が聞こえる。
腹は痛むが何とか立てるようだ。
「この足は照ちゃんの意思とは関係なく動く。ヤツのせいだ!」
「このまま引きずっていくしかなさそうだな。」
成瀬さんはそう言うと、また歩み始めた。
「後は俺に任せとけ。」
部屋へとたどり着いた成瀬さんは、そう言って襖を閉めた。
俺達は水浸しの廊下を拭いて、おばさんが用意してくれた服に着替えた。
おじさんの服だ。
書斎に腰を落ち着けた俺達は、こんな事態になったことを悔やんだ。
雨音が小さくなってきた。
「この臭い!!」
突然Aが立ち上がって隣室の襖の前にかけよった。
俺達もAの後に続く。
廊下にも何かが燃えた様な異臭が漂っていた。
あの風呂場で耳にしたお経のような声が重なり合って聞こえてくる。
「成瀬さんとおじさんのものだろう。」
Aはそう口にすると、その場に座り込み、襖の奥から聞こえてくる声に自身の声を重ねた。
「俺と一緒に手を合わせてくれないか?」
Aはそう言うと目を閉じ再び唱え始めた。
仲間全員の声は初めバラバラだったが、何度も繰り返すうち少しずつおじさん達やAと合うようになってきた。
どの位時間がすぎていっただろう・・・
おじさんと成瀬さんが行う浄霊が成功することだけを考え、俺達は唱え続けた。
怖い話投稿:ホラーテラー たかしょうさん
作者怖話