いつの間におじさん達の声が止んだのか?
「おいっ。」とAの肩に手を置く俺。
Aも、他の仲間達も無言で目を開けた。
‘終わったのか!?’
相変わらず異臭は辺りに漂い、静寂が俺達を包んでいる。
俺達はお互いの顔を見合わせた後、襖をジッと見つめた。
‘誰でもいいから・・・『おじさんも成瀬さんも無事だ。浄霊も成功した。』と俺に言ってくれよ!!’
「今までも色々あったけど、あの二人ならきっと大丈夫よ。」
俺達が躊躇して開けられなかった襖に手を伸ばしたのは、意外な事におばさんだった。
‘こんなに中の様子が気になるのに、見るのが恐いのはなぜなんだろう・・・’
そんな思いをよそに襖は開けられた。
今まで嗅いだ事のないような異臭が俺達を襲う。
吐き気を感じながらも、おじさんと成瀬さんの姿を見つけ、さらに不安が膨れ上がる。
二人は畳に倒れていた。
「生きてる!!」
Aの声で安堵した俺は畳にへたり込んだ。
「少し寝かせてくれ。」
おじさんは言い終わるとすぐに寝息をたて始めた。
成瀬さんがムックリと起き上った。
「お前らガキどもは、とんでもねーモノ拾ってきやがったな!」
「申し訳ありませんでしたっ!!」俺達は何度も頭をさげた。
「照ちゃんの事、布団に寝かせてやろう。」
用意した布団に寝かせようとおじさんを持ち上げると、あんなにずぶ濡れだった服が全て乾ききっていた。
おじさんが横になっていた畳が、人の形に黒く焼け焦げているのを目の当たりにして、俺は情けないことに小さな悲鳴をあげてしまった。
不思議な事に、おじさんは火傷一つしていない。
「成瀬さん、あの男はもういないんですよね?」
俺は不安をこらえきれず尋ねた。
「もうこの世にはいねえよ。あの世の底辺で身動きとれねえで300年はそっから出られねーだろうな。」
「自ら命を絶った者は300年、生まれ変わる事も浄化もできない。その上、反省クソ喰らえで、死んでからもよそ様の人生を狂わせようとしたんだ。そんなヤツに誰がご慈悲をかけてくれる?」
「あの・・・成瀬さんもどこかの住職さんですか?」Bが恐る恐る質問する。
成瀬さんは豪快に笑い「俺は時々、困りごとに手をかす、ただの農家のおっちゃんだ!」とツバを飛ばして返答した。
「お前ら勘違いすんな!住職だからって誰でも今回みたいな事が出来るわけじゃねーからな。質と修行がなけりゃーな、命がいくつあっても足らねーからな!」
「しかし、今回ばかりは俺も照ちゃんも危なかった・・・。もう廃墟なんかに行くなよ!!」
俺達はまるでそろえたように「はいっ!!」と姿勢を正した。
「そう言えば俺達、成瀬さんに何にも説明してなくて本当にごめんなさい!」Aが頭をさげるのを制して、成瀬さんはこう続けた。
「そこの兄ちゃんのおじいさんが、きちんと説明してくれたからな。」とBを指した。
「あのー俺のおじいさんって?」
「今はもう亡くなってるがな、“木”と関係があるおじいさんだ。おじいさんが近くに見えると“木”のいい香りがするんだ。」
「俺のおじいさん、大工の仕事をしていました!木の香り、おぼえています!!」
Bの亡くなったおじいさんは、共働きのBの両親に代わって、平日の昼間は材木の積まれた作業場でかわいい初孫が怪我しないよう注意を払いながら仕事をしていたという。
カンナで削った材木からは木のいい香りがしたのだとBは懐かしそうに語った。
「最初、兄ちゃん(B)にぶら下がった男は簡単に自分の物に出来ると思ったんだろうがな、おじいさんが必死で抗ったんだ。だから足腰がだるい位ですんだんだろう。」
「守護霊様って事ですか?」
「それともまた違うようだ。孫に危険が迫っているのが分かって護ろうと思ったらしいぞ。」
男が本性を現わした時、Bの体がもたなくなる事
が予測できたおじさんは自分の体に憑依させる策をとった・・・その際、Bのおじいさんは自分が男を抱き込んで、あの世の底辺と言われる処にいくから、そうしてほしいとおじさんに頼んだらしい。
Bのおじいさんは、もしもの時、自分の魂が犠牲になってもいいとさえ言った。
しかし、おじいさんの魂は男が落ちた底辺にいくようなものとは全く違う。
おじさんは、絶対に負けられないと思ったそうだ。
全てを聞いたBは、肩を小刻みに震わせながら涙を流した。
「おじいさんの思いを無駄にするような生き方はするなよ。」
成瀬さんの言葉に、Bは何度も頷いた。
「お前らもだ!!」
成瀬さんがこちらを睨む。
「死してなお、お前らを護ろうとしてくれている方々がいる。四六時中とは言わない。思い出した時でいいから無事に日々を暮らしていける事に対する感謝の気持ちを伝えてほしい!」
「はい!!」
俺達は、うわべだけではない、本気の返事をした。
雨の止んだ空に、太陽が昇りはじめた。
軽はずみな行動の代償はあまりにも大きかった。
もう、自身の命を、そして護ってくれる魂を危険にさらすような無責任な行動をしないと誓う。
怖い話投稿:ホラーテラー たかしょうさん
作者怖話