俺本人からすると、父親のばあちゃんだから、曾祖母の話。
怖くない話なので興味ない方はスルー希望します。
昔「おしん」ってドラマがあった。その時代背景と同じ東北地方の話です。
凶作が続いて家は貧乏で、食べるものがない日もある。
じいちゃんはそのドラマの主人公みたいに、小学校には上げてもらえずに地主の家に年季奉公へ出され働いた。
子供も男衆の一員として、盆と正月以外は泊まり込みで朝から晩まで働いた。
年長の男衆に些細なことで、教育と称して殴る蹴るされる毎日だったらしい。
その時の傷の跡がじいちゃんの体に残っていた。
鼻を何度か折られたが病院に行かせてもらえず、歪んだ形で自然治癒。
そのせいでタバコを吸うと片方の鼻穴からしか煙りが出なかった。
じいちゃんは、漢字が読めなかった。カタカナは読めるがひらがなはあやしかった。
俺が小学生のとき、じいちゃんが読めない新聞の漢字のふりがなを教えてあげた。(俺も漢字は苦手だがふりがなは読めた)
ある時「じいちゃんのお母さんも漢字を読めないの?」と聞いてしまった。
じいちゃん「いや~、あの掛け軸を書いたからねえ。」と仏壇にある難しい漢字の掛け軸を見た。
昔、曾祖母が畑仕事している時に奇妙な石を見つけ持ち帰った。
それから、突然神がかり「イタコ」さんみたいになった。死者のして欲しい事や心配事を家の人たちに内容を詳しく伝え、また行方不明者の居所を当てたりした。
曾祖母は普段は文盲に近いのだが、「神さま」が入ると漢字(経文)を書いたり、お経を幾つも読め、全く別人となる。他県からも来た。
いつしか新興宗教の教祖みたいになってしまったらしい。
家が裕福になりじいちゃんは曾祖母の元に返されたが、神がかりの曾祖母と信者が集まる家庭になじめず、何度か家出をしては曾祖母の「神さま」で居所がわかり連れ戻されたと言っていた。
曾祖母のことは知らなかったので驚いた。
思えば、この掛け軸が欲しいと見たことないおばあさんが訪ねて来たことがあった。
じいちゃんは「お前さんには、石も他のお軸もあげたべ。この家にあるのは形見として残したものだ。申し訳ないが帰ってくれ。」と断った。
それから何年かごとに曾祖母の信者を名乗る人も彼岸にきたが、じいちゃんはもうすでに宗派が違うから、と言って家に上げなかった。
その代わり、曾祖母の眠る墓所を教えていた。
昔の話ですが、大地震の後に東北の海岸で大きな津波が押し寄せたことがあった。
酷い惨状で、湾の対岸から家財や死体(人や家畜も)が向かい側の海岸へ帯状に大量に押し寄せ、流れ着いた地域があった。
しばらくして、その地域のある人からあるものの引取を頼まれた。
それはひな人形くらいの大きさの木彫りの両手の無い座った僧侶の仏像みたいな置物。
その像は津波で海岸に流れついたもの。
誰が祀っていたのかわからないが、拾って持ち帰ると夜中に歩き回ったり、お経を唱えたりして不気味な現象をたびたび起こすから、神がかりする曾祖母の所へ持ってきたそうだ。
曾祖母は引き取った。
そして、津波の犠牲者を供養のため、曾祖母はある経文を掛け軸にして、僧侶の像と一緒に仏壇に置いたそうだ。
(たくさんの魂達を極楽へ導くための柱になる内容)
今でも実家の仏壇には向かって右側がご先祖様、左側に掛け軸と僧侶の像と無縁仏様が祀られている。
曾祖母が他界した後、実家から曾祖母を盲信する信者が僧侶の像を別の場所に持って行った。
しかし、いつの間にか定位置の実家仏壇へ戻って来るので、じいちゃんは話し合いそのまま実家の仏壇に置くことにしたらしい。
そういう経緯はその時は全然知らなかった。
ある日、普通の生活を送る家族に不思議な事が起きた。
家族が同じ日に僧侶の像の夢を見た。
俺とオヤジさんとじいちゃんは「両手が欲しい」と、お袋さんと妹は「座布団が欲しい」と僧侶が腰を低くし何度も繰り返し要望する夢。
家族全員でこんなの初めてだと驚いた。
ですが、不思議と僧侶の像が怖いと感じた家族はいなかった。
僧侶はナツメの木で作ること、両手の指の形や持ち物なども指定した。座布団の色や座布団の角に付ける房飾りの色合いまでも細かく指定した。
まるで家族で使命感を持ち、やらなきゃいけない夏休みの最終日の工作の勢いで、夢で見た聞いた事を要望どうりに1日で用意して作り祀った。
その後はお礼の夢とかは見なかった。
そして数年後、じいちゃんは予感してか、新品の下着と寝間着を前日に着て朝方にあちら側へ旅立った。
僧侶の像を見るとじいちゃんを思い出す。
じいちゃんの戒名は春の山で踊る男。
酒とタバコが好きでと宴会芸とお喋りとお笑い大好きだったから納得した。
怖い話投稿:ホラーテラー 十六夜さん
作者怖話