「百物語には隠された秘密があるんだ」
「…隠された秘密ですか。なんか胡散臭いですね」
「バカヤロー。最近の若い衆は信じる心が足らねんだよ。ジャンプ読んでんのか」
「先輩はいつも立ち読みじゃなくて買い込んでますからね…リュックから出てきたときには吹きましたよ」
「俺は敬虔なジャンプ信者だ。今ジャンプは熱い。まあそれはいいとして、本題だ」
「百物語の隠された秘密」
もう外はまっくらだった。
大学祭一カ月前ということもあり、準備が急ピッチで進められている。
平日は四コマ終りの午後4時から9時まで、休日は午前10時から午後5時まで。具体的に何をするのかといえば、宣伝用のビラやポスターの原案製作から配布、幅1.5m、高さ2mの立て看板装飾、本祭典の企画もろもろのリハーサルや、模擬店出店団体の受付や選定などなど、仕事は際限なくある。
先輩とは下宿先が近く、帰り道はほぼ同じだった。必然的にお互い知るところが多くなった。
「ホントに怪談が好きですね。一体いくつネタ持ってんですか」
「本来の百物語は、100話の怪談を語り終えたときホンモノの化け物が現れるってものだ」
「…俺も知ってます。それとは違うと」
「100話の怪談と、1000話の奇談。これが、俺の知った千百物語だ」
「1000話の奇談…奇談って、奇妙の奇に…」
「そうそう。…100話の怪談を語り合う場に、1000話の奇談を記した巻物を広げておくんだ。一話語り終わる毎に、巻物に記された奇談を10話朗読してゆく」
巻物に記された1000話の奇談と、参加者10人がそれぞれ持ち寄った10話の怪談は、重なってはいけない。
怪談を語り合うのは、日の届かない部屋でなければならない。
時を知ることのできる一切のモノを置いてはならない。蝋燭は場合によっては時を知る道具にもなるから、明かりはできれば電灯がいい(先輩談)。
1100話の怪談奇談を語り終えるまで部屋から出てはいけない。
部屋には鏡を置いておき、語るときはその鏡に映る自分を見つめながら語ること。
「この一連の流れを終えたら、外に出る。つまり日の届くところだな」
「そこに化け物が…」
「違う。外に出ると、必ず丑三つを迎えてるんだよ。そして、1100話の怪談奇談のうちの、どれかひとつが現実になる」
「…マジっすか。わくわくしますね。てことは、実話じゃなくてもいいんですか」
「そうなるな。現実になる、の意味するところがはっきりしない。もともと実話なのに実現ってのはおかしいしなあ。…まあ、そういうこともあって今集めてんの。怪談奇談」
そう言って先輩は豪快に笑った。
「今のところ20話くらい。厳選してるからかな。ぶっちゃけ先が見えない」
「よくやりますね…その怪談、聴かせてくださいよ」
「んー…じゃあ一話だけな。あんまし怖くないけど俺的には考えさせられた」
北の地に、妙な祭りを行う村あるんだと。
その村では毎年『贄』が選ばれて、下唇を削がれるんだ。
村人は御神体の周りをシュールな踊りで取り巻き、崇拝する神へ畏敬の念を捧げる。
ある日、贄に選ばれた女の娘が、我を失って帰って来るんだ。
村では山の神に憑かれたのではないか、ということになり、その道の者に任せることにした。閉鎖的で外部との交わりを絶っていたこの村も、このときばかりは妥協せざるを得なかったってわけだな。
そんなこんなで招いた『神の使者』も、蓋を開けてみれば事態を悪化させる火種を撒いただけだった。娘と使者は、狂喜し山に疾走していったんだ。
村人は、神の所業なんだから、と特に驚きもしなかったと。
ここが孤立集団の恐いところだよな。
独特のものの見方ってやつが染みついてる。信仰心のカタマリだ。いや別に信仰心が悪いって言ってるわけじゃないさ。俺だってジャンプに対しては誰よりも強い信仰心を抱いてる。
そうじゃなくて、外部の者が見たら明らかに異常なコトが、当たり前じゃん、って信じられる恐さ。
しかし母親は違った。一人で山に分け入り娘を追った。だがそれは間違いだった。
数日後村に戻ってきた母は、変わり果てていた。顔はやつれているし、生気がない。焦点が定まらず、どこを見ているのかも分からない。足取りも覚束なくて、ワケのわからない呪文のようなものを唱えてる。
その異様な姿に、村人は近寄りがたい禍々しいものを感じ取ったようだ。
どうやらこの村では贄に選ばれた者やその血縁者が、突然失踪して行方をくらますということは頻繁に起こっていたらしい。だが、このような異常事態は初めてだった。
女とその夫は家に籠ったまま外に出なくなったんだ。
村の掟で他人の家に無断で立ち入ってはいけない、というものもあったが、それ以上に女の家が放つものが村人たちを押し退けた。まるで別世界。魔境さながらの不気味なオーラが漂うその家に入り込もうって勇気のある奴はいなかった。
時折聞こえてくる女の絶叫やガリガリと何かを引っ掻く音が、余計に村人の恐怖を煽った。
ところがある日を境に、とんと音が鳴りやむんだ。
静まり返った家。村の者は女が死んだのではないかと噂するようになる。
そこで、女の家に立ち入って確かめればよいではないか、と言う者が出始めた。
しかし村を統べる長がそれを許さなかった。
村長は、あの女はきっと神に召されたのだ、ゆえにあの家は神の領域だから、立ち入れば神への冒涜になる、と言って村人を説得した。
そんなとき、4人の旅人がやって来る。
警戒心の強い村人たちはすぐさま家に閉じこもって身を隠した。
しばらく様子を窺っていると、旅人は問題になっている例の女の家へ入っていく。
これは好都合だ、って思ったんだろうな。そのまま成り行きを見守ることにした。
従者と思しき者は家の前で待機している。
しばらく息を潜めていると、家のなかから男の叫び声が聞こえてきた。それを耳にし従者も慌てて家に飛び込んでゆく。
同時に、神が御姿を顕した、という見張り役からの報告が村中を激震させる。
すぐさま穴蔵から御神体を担ぎ出し、山の入口へと向かう。
すると確かに、木陰に立っているんだよ。人間の女の姿をした神はこちらをじっと見つめたままピクリとも動かない。
感極まった村人は、まだ時期ではないものの例の奇祭を神の御前で催すことにした。
感嘆と畏れの入り混じったような声をあげながら、村人は忘我の表情で踊り続ける。
突如、女神が血相を変えて山の奥に走り去っていくんだ。まあ、見た目は女神なんて柄じゃないが。
髪の毛は異常に長くて、下唇がないから歯茎が剥き出しになってる。眼の周りには赤い隈取りが施されていて、要するに身の毛もよだつ顔してんだ。
消えゆく女神の背中を目で追いながら、村人は感動で咽び泣いていたそうだ。御神体にすがりつき、言葉にならない叫びを上げる。
ところが事態はその後すぐに急転する。
先刻村を訪れた旅人が、例の女神をひきつれて山を下りてくる。
そりゃ、はらわた煮えくりかえる思いだったろうさ。村人はな。
なにせ崇拝する神が、見知らぬ男2人に両脇を抱えられ躰を浮かせて、罪人さながらの扱いを受けてるんだ。怒り心頭、殺意さえ湧いたのも十分頷ける話。村人にとっては、信じ難い神への冒涜、いや冒涜を通り越して暴力だ。
どう考えたって良い気持ちはしないよな。
信仰の対象を穢されるってのは、信者にとっては我が身に起こったも同然のことなんだ。自分の人生を穢されることそのもの。
そんな村人の逆鱗に触れたのを知ってか知らずか、旅人2人は毅然と向かってくる。
彼らの表情には、揺るがない覚悟、意志の強さが滲んでいたようだ。
その迫力に一瞬たじろいだ村人も、当然神への無礼は許せないから前に出て好戦的な態度をとる。
両者の睨みあいを終結させたのは村長だった。
旅人の話をまず聴いてみよう、といういかにも長らしい冷静な判断を下した。
普通の状況じゃないぞ。
だって、目の前の神様を無視して旅人に話を催促するなんて、信者としてどうなの?
…俺が思うに、その時点で村長は事態を察したんだと思う。
崇拝していた神は神じゃなくて普通の人間だった。しかも悪い囲みに入る人間、ってな。どのような経緯で村人がその女を神として崇め始めたのかは分からない。でも、相当昔からその山に籠っていたのは確かだな。
村の者も気付いてはいたと思う。神が人間に担がれて山を下りてくるなんて、全然似つかわしくない滑稽な話だからな。
だが、素直に受け入れることはできない。その気持ちもよく解る。
で、旅人が怒りで震える声で話す内容は、想像を絶する惨いものだった。
いわゆる呪術の一種だな。
女は、毎年捧げられる贄の下唇を秘かに山奥の草庵に持ち帰っていた。さらに、贄とは別の、血縁関係にある者を山に誘い込み殺す。信仰心のある村人は格好の餌食だった。
死体は頭、腕、脚をもいで達磨状態にし、五つの部位は五本の樹に自分の髪の毛で括りつける。
残った胴体は、腹を裂いて中に贄の下唇を埋め込み五本の樹の中心に棒で支えて立てておく。
狂ってるとしか思えない作業を無表情で淡々とこなす女を想像するとぞっとするね。
恐ろしいのは、常人だったら血縁者を特定するなんて不可能だっていうこと。そういう意味では、女は神がかり的な能力を持っていたのかもな。ただ単に村人を影で観察していたのかもしれないけど。むしろそっちの方が俺的には怖いな。まだ他の可能性もあるけど、それは口に出せないほどおぞましい。
なんで下唇かって言ったら、女に無い部位だからだ。それがルール。
自分の体には無い部分を、目的の人間から奪い取り、その者と血の繋がった人間の腹に埋める。
べつに髪の毛とかでもいいんだが、効果が薄いらしい。血肉を代償にすると、呪いの強さは飛躍的に高まるのは一般的に云える話だな。
これで下唇の持ち主は完全に女の傀儡人形と化す。
傀儡人形を媒介にして、他者を呪うことができる。
メリットはある。それは自分の躰を痛めつけることなく他者を呪うことができるって点。本来呪術っていうのは自分を犠牲にするもんだ。
だがこの方法なら、自分を守りつつ呪いを実行することができる。その分長期に亘って呪いを続行することができる。ただし、傀儡と化した人間は長くはもたない。半年もせず壊れて絶命する。
その度に女は新しい傀儡を新調して呪い続けた。一体何人、何十人の村人が犠牲になったんだろうな。考えただけでも寒気がする。
村長の、一体誰を呪っているのだ、って問いかけに、女は無表情でこう答えた。
仏に仕えるものすべて
どれほどの憎しみが女を支配しているのかは分からんが、俺はこの話を知って女を憐れに思ったね。
もちろん許されない大罪を犯した。でも、大なり小なり憎しみって誰にでもあるだろ?自分もそうなってしまうかもしれないって思うと、所詮思考回路の歪んだ狂人なのさ、なんて軽く考えられない。
それほど人は簡単に変わり得るから。
女は今もその村で監禁され罪を償っているらしい。
操を返せ、姉を返せ、って泣きながら四六時中呟いているそうだが、真意は分からない。
女の行き着く先は地獄しかないのかもしれない。
でも、本来そうなるはずもなかった善意ある人たちが、なにかをキッカケにそんな風に豹変してしまうとしたら。
でも逆のパターンってのももちろんあって、悪人が改心して善に尽くすなんてこともあるのが事実。
人って恐ろしい
人って美しい
人って悲しい
人って救いがない
そう痛感したね。
「ちょ…先輩…」
「惨いよな。学ぶべきところも多い。ただ恐いだけじゃなくて、怪談ってやつは人間の深層心理も炙り出してるから興味深い。そゆことで、亡くなった村人たちへ黙祷」
「黙祷やめ。…今日は俺ん家来るか」
「行きます行きます。何します?」
「ん―…ワンピースの今後について語る会」
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話