松尾「君に取り憑いていたものの数は通常あり得ないほどだ。それは君の放つ生命力に比例している。大自然の湛えるエネルギーに似た那波君のそれは、多くの神霊を引き寄せる」
室父「大人物になる才能を秘めている。だが、このままではすぐに神霊が新たに憑いて取り返しのつかないことになるかもしれない。そこで訊いてみたい。君は一体どうしてそれほどの力を持っているのか。何か心当たりがあるはず」
あれか。さきほど、独り言のように呟いた内容を、再度繰り返す。
みるみる松尾さんの表情が驚きで強張った。室の父は膝を叩いて大笑いしている。
松尾「大変だ。私はどうしたら…初めて会った。とりあえず手を握らせてくれ」
訳が分からないまま松尾さんと手を握る。その状態で室の父の言葉に耳を傾ける。
室父「那波君、それは神だよ。憑き神じゃない。一般には死神なんて呼ばれているがね」
室「すごいなおまえ…羨ましい。信じられない」
松尾「憑き神とは次元を異にする圧倒的な力。人の命を簡単に掌に乗せることができるほどの」
室父「正式な名称は『太天巍(タイテンギ)』というんだ。太天巍に見初められた者は大抵魂を奪われる。しかし喰われるわけではない。浄土に送り返され、再び生まれ変わることを強要される」
松尾「君はその神の手を逃れた。いや、逃れたというのは誤りか。認められたのだ」
室父「さて困ったな。我々では扱いかねる大器だ。あの人を訪ねるか」
松尾「そうですね。では、すぐに準備を」
室父「焦るな松尾、興奮し過ぎだ。那波君には大学生活もあるのだぞ。なあ、那波君」
言葉を見つけようにも見つからない。頭のなかが真っ白だった。
室「そうなるのも仕方ない。まあ、長期休暇があるから、そのときに予定を組めばいいんじゃないか。それまでは憑きものがないようこの寺を何度も訪れてもらうことになるが」
燻ぶっていた情熱が、一気に燃え盛った。
那波「修行をさせてはもらえないでしょうか。今の自分は弱すぎます。もっと強くなりたいんです。さすがに大学を辞めることはできませんが、二か月間の長期休暇を利用してなんとかならないでしょうか」
室父「本人にもその意志があったようだ。君の観察眼の鋭さは、そうか…そういう訳だったのか。冬場の修行は些か厳しすぎるだろうから、来年の夏、修行を始めよう。覚悟はあるのか」
那波「はい。もちろんです」
室父「生半可ではない。今なら間に合う。前言を撤回してもよいのだぞ。もう一度訊く。本当に覚悟はあるのか」
大きく頷いた。迷いは、なかった。
那波「親とも話し合って、必ず了承してもらいます」
室が頬を紅潮させ微笑んでいた。
この日から約一年後、俺の人生は大きな転機を迎えることになる。
三鑑(サンカン)
三種のかがみ。鑑は鏡。銅を鏡とすれば衣冠を正し、古を鏡とすれば世の興亡を知り、人を鏡とすれば得失を知ることができる。唐の太宗のことば。
【出典:漢語林】
これほど長い話を最後まで読んでいただいた方々、目を通していただいた方々に、厚く感謝いたします。
怖い話投稿:ホラーテラー 1100さん
作者怖話