田舎ってのはどこでも、ちょっと変わった因習があるのかも知れない。
だからもしかするとこの話も、特別珍しくはないのかも。
でも、未だに夢に見るというか印象に残っているので、もやもやを晴らす意味も込めて書き込みさせてください。
数年前に付き合っていた彼女の実家に遊びにいった。
彼女の家はその地域では知らない人のいないほどの名家。
名字も少し変わっていた。
元は大地主だったらしく、その土地一帯は彼女の実家が名乗っていた名字で呼ばれていたようで、明治以降平民にも名字を許された際には、そこの小作人たちがこぞって真似。
それを契機に本家本元である彼女の家は名字を改め、かつて将軍(天皇だったかも)から賜った屋号、芸事に秀でた者に与えられた二つ名みたいなものを名字としたそうだ。
前置きが長くなってしまったが、彼女を仮に、Aとする。
彼女を先導に到着したAの実家は、なるほど山のてっぺんにあった。
どうみても私道って感じの砂利道の先に、テレビで見るような純和風の豪邸。
都会の団地で育った俺は、門前で既に萎縮した。
門をくぐって母屋に向かうまでの、長く続く日本庭園に更に萎縮。
結構大きな家だとは聞いていたが、今は零落同然と言っていたので、ユニTにジーンズで馳せ参じた俺、完全なる場違い。
玄関先に着いたときには心も折れて、帰りたくなっていた。
ただ、迎えてくれた彼女の御両親は気さくで優しく、長旅の疲れをねぎらってくれたりして、それが救いだった。
玄関は旅館みたいな作りで、木製の靴箱の隣には何故か鹿威しがあった。
絶えずチョロチョロと水が流れている音がして、「金持ちスゲー」って思ってた。
一通りの挨拶を済ませた後、家に入ろうとするとA母に止められた。
「悪いけど、そこの水で口ゆすいでくれる?決まりなんよ」
A母は鹿威しを指差しながら言う。
そこへA父が渋い顔で口を挟んできた。
「別にええんとちゃうか?〇くんかて疲れとるんやし、もう…」
「あかんよ、やって貰わな…来たらどうするん」
「そんなん言うて、来たことないやろ?お前も、お母さん(義母?)も気にし過ぎなんや…」
なんか険悪なムードが流れて俺は訳もわからずアワアワしてたんだが、隣にいたAが耳打ちした。
「ごめんな、うちの家のしきたりって言うか…まぁ、ちょっと後でまた説明するけど一応、言う通りにしたって」
真剣に付き合ってた彼女だったし、親の心証をとりあえず良くしたかった俺は「いいですよ、やりますよ~」と気軽に応えて、A母が指差した鹿威しで口をゆすいだ。
その味が、今でも忘れられないくらい、何とも言えない。
例えるなら、軟水に塩味を混ぜて苦味を加えたような感じ。
別にまずくは無かったし井戸水?くらいの気持ちだった。
それを終えると、A母は一転して上機嫌になり「若い人はこだわり無いからええわ」とA父をチラ見。
A父は苦笑いしつつ、「すまんな」と肩を軽く叩いてくれた。
単純な俺はその仕草に安心して、どうにか嫌われずに済んだっぽいなと胸を撫で下ろした。
その後は部屋に案内してくれて、お茶を出して貰い少し話をして(Aが大学でちゃんとやってるか、とか)A母が夕飯の支度をしてくれることになった。
手伝いますか?と聞いたが、せっかくなので近くを散策して来たら、と言われ、勧められるままにAと2人、外へ。
来た時に登ってきた山道を下っている時、ふと思い出して、さっきの儀式?について聞いてみた。
「あ~、アレはうちのしきたりって言うかジンクス?みたいなもん。私も詳しくは知らんけど、聞く?」
勿論、何故あれをしなくちゃいけないのか?とかもあったけど、それよりもA父の反応とか、あの水の変な味に興味があったので、聞きたいと答えた。
Aが教えてくれたのは、要約すると次のような話だった。
これはA家に伝わる昔話みたいなもので、周辺に住んでる人もわりと知ってる(年寄りが中心らしいが)話らしい。
A家は山を二つ持っていて、一つは元々A家のものだったが(これがA家が建ってる山)もう一つは誰のものでもなかった。
この山は神様が住んでるって言われていて、しかも結構気性の荒い(荒ぶる神?)神様らしかった。
山神は大抵女の神様で、女を嫌う。
村ではよく女の子が神隠しにあい、帰ってこなかったり、帰ってきても気が狂ってしまっている。
しかも、帰ってきた女は髪がなくなっていて、二度と生えてこなかった(ここで俺はちょっと笑ったが、笑い事じゃないと怒られた)。
困った周辺の有力者が集まり、状況を打開するために話し合うことになった。
その頃、まだ力の弱かったA家は半ば押し付けられる形で山の持ち主になって、どうにかするようにと言われたそうだ。
A家の長は悩んだ末に、自分の子供のうち末の娘を(三人いたらしいが、上の2人は既に嫁いでいた)神様に捧げることにした。
末娘は悲しんだが、ついに心を決めて、山へ入った。
A家の人たちは神様のご機嫌がとれるか不安で、やっぱり男のほうが良かったんじゃないかとか、いろいろ揉めたらしい。
でも、それからはピタリと女の子がいなくなることは無くなり、皆安心して、神様のいる山の麓に末娘の塚を建てて奉り、事態は収束したと言う。
ここまで聞いて、俺は首を傾げた。これだけだと、さもオカルトっぽくはあるが、あの水の儀式の意味がわからない。
「その話とあれに何の関係があんの?」
「それからな、末娘が帰ってきてん」
「え?じゃあ、失敗したって事?」
「ちゃうねん、末娘は正気やったし髪の毛もちゃんとあってん、でもA家の人に言わなあかん事があるって言うて、一時的に帰っては来たけど、すぐに山に戻ってん」
その末娘は、A家にこんな事を言ったらしい。
末娘が生け贄になったことで(清いまま山神に一緒仕えることで)山神は少しは気が紛れているが、男と交わった女に対しては怒ることがある。
だから、結婚した女は絶対に山に入れてはいけない。
この周辺をうろつくだけでも危ないから、身を清めて(?方法は不明)おとなしくしていること。
女と交わった男には、女のケ(気?)がつく。
男だからと言って安全とは言えないので、今から言う方法で井戸水を作って、その水を飲ませるか口をゆすがせること。
A家の人がそれを了承すると、末娘は山にまた戻って、二度と現れなかったそうだ。
「ちょっとキモい話やし、うちらも全部信じてるわけじゃないんやけど、女の人はやっぱり敏感やねん。それ守らんと、山神が来るとか末娘が来て連れてかれるとか、少なくとも家に悪い事が起きるって言われてるし」
確かに、聞いてあまり気持ちのいい話じゃなかったし、そんな話があるなら連れてくる前に教えるか、むしろ連れてこないで欲しかった…とも思っていたが、今更怒っても仕方ない。
Aもそれ以上は知らないと言って、井戸水の作り方(末娘が言ってた方法)も教えてくれなかった。
それからはAの出身校やら思い出の場所やらを回って、何事もなくA家に戻り、上手い飯と風呂(半露天みたいな風呂でかなり感動した)も頂いて、後は寝るだけ…となった。
A親は家族みたいに接してくれたが、さすがに一緒の部屋では寝かせてくれず、俺は客間、Aは自室で休むことになっていた。
布団も敷いてもらい、翌朝帰るので荷物も整理して、さぁ寝るかという段になって、まさかのA父が部屋に来た。
「〇くん、すまんけどちょっと話出来るかぁ」
「あ、全然大丈夫っす」
みたいなやり取りをして、A父を部屋に通して、何だ?と内心ビクビクしながら、A父の反応を待った。
A父は最初、すごく話し難そう(というか躊躇ってる感じ)でモジモジしていたが、しばらくしてこう切り出した。
「変な家やで、驚いたやろ?すまんなぁ、僕も養子でな、今日はおらんけどな、A祖母とA母には頭が上がらんでな……」
なんだグチか?と不審に思いつつ黙っていると、
「あの水なぁ。言わんでええことかも知らんけど、まぁ、知らぬが仏って言うし、こんなこと教えてええんか解らんけど」
俺は水についてずっと気になっていたので、まさかA父はあの正体を知ってるのか?と思い、教えてくれとせがんだ。
A父は誰にも言うな、Aにも自分が話したことは言うなと何度も念を押して、ポツリと言った。
「あの水は井戸から引いてるんやけどな、その井戸にはこの家のあるもんが入ってるんや。味が変やったやろ」
俺は頷くのも忘れて、続きを待った。
もしかしたら最初から、本能的に、水がオカシイと感じていたのかも知れない。
A父が言った次の言葉に、俺は目の前が真っ暗になった。
「井戸には、A家の女の髪の毛がようさん入ってる。多分、何十年前のやつもな」
俺はその場で吐いた。
片付けは落ち着いてからA父とした。気色悪いと思った。もし、あの昔話が本当だったとしても、俺は部外者だし、髪の毛が溶けた水を含まされた事が、何よりも気持ち悪かった。
翌朝、俺たちはA家を後にした。
おそらくAも髪の毛を入れた水のことは知ってたんだろう。それでも俺を促したAが信じられなかった。キチガイに見えた。
その後、適当に理由をつけて、Aとは別れた。今では連絡もとってない。何度、あの井戸水の事でキレようかとも考えたが、A父を思うと言えなかった。
俺は相当ショックだったのか、寝苦しい夜になると決まって、その夢を見る。
虫のように無数の髪の毛が絡まり、女の形になって井戸から這い上がって、俺の方にゆっくり伸びてくる夢だ。
怖い話投稿:ホラーテラー 百舌さん
作者怖話