私はうがい・手洗いを習慣付けられていることもあって風邪も殆どひかず、幼稚園を皆勤賞を貰って卒園以来、小学校、中学校、高校・・・と皆勤記録を伸ばし続けていました。もちろん、一度も具合が悪くなったことなんかない、とはいいません。風邪をひいたり熱を出したりすることもありましたが、せっかく伸び続ける記録を破りたくなく、両親も簡単に学校を休ませてくれるような親ではなかったので、たとえ早退して点滴を受けても翌日はまた学校に行く、という感じでした。
自分は満足して良くとも、周囲にとっては迷惑だったよなぁ…と今は思いますが。
結果、出席簿にしか残らない自己満足な記録ではあるものの、幼稚園から短大卒業までを、部活の大会や教育実習以外で休んだことがないという皆勤を遂げました。
社会人になっても、今更休む気は無く、また、社会人だからこそ多少のことで休むわけにはいかなくなり、私の記録は伸び続けました。休んだのは親戚のお葬式だけでした。
小学生の時は流石に何度かあった早退すらも、しなくなってから早十数年。
有給休暇を付与されてもそっくりそのまま残して次回の付与時に上乗せされていく私に、本気半分冗談半分といった調子で、上司に度々「有給休暇は働く人間の権利として貰ってるんだから、今日は行きたくない気分だな~とか、今日は一日本を読んでいたいな~とかで休んでいいよ」と言われてすらいる私は、先日ついに午後は有給をとることにしました。
その日は朝から頭痛がしていたのです。もっと気軽に休んでいいと言われているからといって、頭痛程度で休む気はなく、出勤しました。
でも、昼休みが近づくにつれ、どんどん「休みたい、休みをもらおう、もう帰ろう……」と気持ちがエスカレートしてきたのです。来週は忙しくなるんだし、友人の結婚式も近いし、思い切って午後は帰らせてもらって体調を整えよう…………頭痛の他にそんな理由付けをして、今までの皆勤記録や急に休みを貰う引け目を感じる自分を納得させて、上司に申請しました。
「午後からお休みを貰いたいんです」と言うと「いいよ~」と軽くOKが出て、私的には「休む」ということは結構な一大決心であり大事だというのに、至極アッサリと私は帰れることになりました。
帰宅して、頭痛は風邪気味だからなんじゃないかと風邪薬を飲みました。暫くすると、頭痛の他に寒気も出てきました。やっぱり風邪か、この分じゃ熱も出てきたのではと思いました。
早退したからといって寝込むほど具合が悪かったわけじゃないので、マッタリ休憩して体を休めよう、としか思わずに休みをもらったのですが、熱も出てきたかもしれないというなら、帰宅してゆっくり休むことになったのはグッドタイミングでした。さっさとパジャマに着替え、今日は湯たんぽが早く帰ってきたなと言わんばかりに嬉々として布団に潜り込む飼い猫と一緒に、寝ることにしました。
といっても、普段は仕事をしている時間。
体調がいいとはいえないものの、寝込むほど悪くも無いので、ベッドに入ってからも眠くなりません。それに、猫も一緒に布団に居るんだから平素よりぬくぬくな筈なのに、寒気が増してきたのです。熱が上がってる?インフルエンザ?と思っていた時です。
トッ、トトン、トンッ。
階段をリズミカルに上る音がしました。
猫を飼っているので、物音がしたからといって不思議に思ったりはしません。でも、今、猫は布団の中でゴロゴロいっています。
しかし、怖くはありませんでした。
足音って、普段から聞いているものは誰のものか解りますよね?階段を上って来た足音のリズムも、私の知っているものだったのです。
その日で13回忌になる、かつての飼い猫のリズムでした。13年前の記憶なんて…と思われるかもしれませんが、その猫はまだミルクしか飲めない赤ちゃんだったのを拾って、夜中でも数時間おきにお腹を空かせて鳴く度にミルクを与え、ティッシュでお尻をモミモミしてトイレをさせて……と、一生懸命育て上げた子だったんです。仔猫の時に死に掛けるほどの病気をしたこともありました。
病気で早世してしまった時は、人生でこんなに泣いたことはないというだけ泣いて、絨毯やらに残る毛や爪、髭といった形見をかき集め、毎年の命日は亡くなった晩のメニューと同じ献立にするほどです。
急に、スーッと涙が溢れました。
先程まで布団で温まってゴロゴロいっていた今の猫は、ウ゛ゥ~…と低く唸っています。嫉妬深くて、自分が一番可愛がられていなきゃ気の済まないヤツです。多頭飼いが10年経過しても、自分の目の前で他の子が可愛がられていると怒る…それが今の猫です。
何もしていないのに唸りだした、ということはやはりあの子が来たのでしょう。
(来たんだね?)
思うと、コトン、ペコン、コトン、コトン、ペコン、と屋根を歩いて行く足音がしました。
階段を上り、部屋を訪れて、出て行ったのでしょう。
それまでは寝付けなかったのに、その後はぐっすり寝てしまって、起きたらもう日付が変わる頃でした。
頭痛も寒気もなくなり、体調もスッキリしていました。
都合のいい解釈かもしれませんが、体調が崩れていても休まない私を、あの子が休ませようとしたんだと思っています。
休まないことに妙に拘りや執着があったのに、頭痛ぐらいで休もう帰ろうとあんなに思ったことは今までありません。命日とはいえ、あの子が来たと思えたこともありませんでした。
大丈夫、命日もお前のことも忘れていないよ。今度からはもうちょっと自分を甘やかすよ。
猫は何年飼っても恩を忘れるから嫌だ、なんて人もいますが、猫だって恩返ししますよ。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話