8年前に体験した出来事です。
私はその日すごく疲れていて、家に帰りすぐ横になりました。
普段は寝付きが悪い私が一瞬で眠れたのはとても印象深かったです。
夢の中で私は家の近所を歩いていました。
雨がどしゃぶりで、急いで家に帰ろうと走っていました。
突然、稲光がして「光ったな」と思った瞬間、体中に電撃が走りました。
不思議な事に、夢の中の出来事なのに雷が直撃し、目から血が出た瞬間、内蔵が壊れる音、皮膚が焦げる感触すべてを、現実に落雷を体感したのかという位今でも鮮明に覚えています。
気がつくと私は、真っ白なドームという表現が適切な空間に寝そべっていました。
あまりにも白が眩しくて、最初は目を開けるのがやっとという感じでした。
「何?」
正直な感想でした。意味がわからなかったのです。落雷に遭い「死」を意識した直後の真っ白な今自分がいる場所。
とりあえず立ち上がり、周りを見る事にしました。
一面真っ白な世界。印象深いのが遥か遠くに見える建物。
しばらく辺りを適当にぐるぐるしていました。
やがて一台の車が私に近づいてきました。今はもう見ないような派手なキャデラック?に乗り、例えるなら昔のハリウッド映画に出てくる金持ちのカウボーイのような男(わかりづらかったらすいません)といったとこでしょうか。
その車に乗っている男は懐かしい感じがしましたが、私には記憶にない男の人でした。
ニヤニヤしながらその男は私の前で車から降り、「久しぶり」と言いました。
「どちらさまですか」
素っ気なく答えた私にその男はニヤニヤしながら「○○○だ」と答えました。
私は思わず、身を強ばらせました。
何故ならその名前は15年前に癌で亡くなった私の父の名前だったからです。
言われてみれば小さい私を抱っこしている父の写真に似ていました。
「何で?」
考える前に答えていました。
その質問に答えることはなく父は「乗れ」とだけ言い、車に乗りこみました。
父は恐らく市内にむかっているのでしょう。
真っ白な世界にようこそ○○○○というこの世界でいうとこの「ようこそ群馬へ」みたいな看板がありました。
私が驚いたのはその看板が張ってあるビル、これが頂上が見えないんです。100階とか200階とかとは桁が違うように見えましたが、もしかしたら記憶の美化をしているだけかもしれない、と今の私は思います。記憶には二つ巨大な円形のビルが空まで伸びているくらいのイメージでしか有りません。
しばらく沈黙が続き、亡くなった父とのドライブが続きました。
時折、何台か車とすれ違いましたが、揃って個性的というか、一番記憶に残っているのが『ムンクの叫び』の絵を車にペイントしている車です。
そこで一回記憶が途切れたのですが、次の場面は都心よりにぎやかな街の中でした。とにかく活気に満ちあふれていて、皆楽しそうにしていたのが印象的でした。
父が一件の酒屋に止まりました。頭から駐車しており、父の行動が車の中から見えていました。父はビールの入ったダンボールを肩に担ぎ、店主と思われる男の人と挨拶をし、車に戻ってきました。その店にレジは無く、父もお金を払っている様子は無かったので、疑問に思い聞いてみました。
「こっちじゃこういう事だ」
明らかに悪意のある笑みでした。知っているのに答えを中々教えようとしない、その態度は生前の父を思い出すのに十分でした。私は確信しました。
「私は今、死後の世界にいる」
「見てみろ」
父がそう言い指差した先には、5~7階建て位のビルの屋上から窓の掃除をしている若者がいました。
「好きな事は人間変わらないんだ」
言われた瞬間に不思議にもサラリと言っている事が理解出来ました。
給料とか仕事とか関係なく、酒屋の店主を始め皆こっちではボランティア?感覚で生活しているという事だと理解しました。
八百屋みたいな野菜が並んでいる店で若い女性が笑顔で何か叫んでいるのを覚えています。
そして父の家に着きました。いかにも父好みな派手なビルに父は住んでいました。
大通りから裏道に入り、すぐ見えた高層ビル(しかも全面ガラス張り)の最上階に父は住んでいました。父には似合わない可愛い真っ白な子犬もいました。
「座れよ」
ぼーっと立っていた私に(この時私はこの家は分譲?賃貸?などと考えていました)父は台所でサーバーにビールを注ぎながら言いました。
真っ黒なソファーに腰かけ、改めて周りの景色を見ました。
一番違和感を感じたのが空が白い事でした。昼、とか夜、という概念がないように思えました。とにかく白い上に、何かの建造物の中にいるような感じではありません。世界が変わったというしか表現方法が見当たりません。
「まあ、飲めよ」
父がグラスに入ったビールを注いでくれました。
一口飲み、その美味しさに感動したのは覚えていますが、細かい味などは覚えていないのが悔やまれました。
「ヤバい」
余りの美味しさに、そう言い父の顔を見ると、目元とか輪郭とかを見て変な表現ですが改めてこの人は私の父だと思いました。
「変な感じか?」父が真面目な顔で聞いたてきました。「意味がわからない」と答えたのですが今思えば、他に適切な表現はいくらでもあったのですがその時はどう客観的に見ても理解できなかったのでそう答えました。
「ここはな、」
父が語り始めました。その内容をかいつまんで書くと以下の内容でした。
・この世界には政治、宗教とか一切そういう類いのものは無い。当然仕事もなくあるのは趣味だけ。
・一番早くあっち(多分現世)に行けるのは何らかの自然災害に罹災した人達。しかしその人達でも早くて百年位。(こっちには例えば時間という目安がないのでわかりやすく何年という形で私に話してくれたらしいです)
・次は寿命を終えた人。(ここが未だ理解出来ないのですが、例えば交通事故で命を絶たれた人にも寿命とそうでない場合があるみたいです。基準はわかりません)
この場合で二百年位。
・その次が犯罪者もしくは自殺者。三百年くらいかかり、場合によっては星とか石になる?らしいです。意識はあるのに声も出せず動けないので相当辛いみたいです。
・そして一日にこっちの人達には貯金みたいな感覚で、毎日貯まる物があるらしいのですがそれが円で例えると一年で約一億円。
・さらにまだ別の場所(世界?)が有り、そこに行くにはかなりの労力を要するとの事。
・あっち(多分現世)に行く時は江戸時代でも○○時代(覚えていませんが多分聞いた事の無い元号でした)でも好きな場所を選べる。
「だいたいこんなとこ」
一通り説明を終えた父はビールを一気に飲み干しました。
説明を受けた私としては「はい?」という感じでした。
「とりあえず私はどうしたらいい?」
そう聞く私の膝に子犬が乗ってきました。人懐っこくとても可愛い犬です。
「覚えはないか?」父に訪ねられました。
犬の顔をじっと見て思い出しました。
何年か前に亡くなった家で買っていた犬の、それも最初に来た子犬の時の犬と、その犬が完全に合致しました。
私は不思議に思います。どっちにしろその犬は父とは接点が無いのです。
父の死後私の家に来た犬なのに。なぜ父のとこへ。
「喜び方がはんぱじゃないな」と父は言いました。
「大分俺になついてたと思っていたんだけどな」
父の寂し気な表情。
私は泣いていました。何故ならその犬の最後を看取る事ができず、それを今まで引きずっていたからです。その犬の名前は「ハッピー」でした。
「ハッピー」と呼ぶとハッピーの眼に涙が貯まるのがわかりました。
ハッピーだと確信しました。私も号泣して謝りました。
「最後一緒にいれなくてごめん」「散歩もハッピーの行きたいとこ連れて行けなくてごめん」「私は本当に駄目な飼い主だったね、ホントにごめん」
父は一連のやり取りを微笑を浮かべて見ていました。
「気にするな」父はそう言いました。「こいつは恨み持ってるような態度じゃないだろ」
確かに今いるハッピーは無邪気で私の膝に乗り鼻を舐めてきました。その匂い、顔、雰囲気、全てが確実にハッピーだと完全に確信しました。私もハッピーの好きなビスケットをあげようと思ったのですが、この家には無かったようなので、父にどこに売っているかを聞くと、父は「ほら」といい赤い紙袋に書かれたシュナウザーやダックスフントの子犬の絵が描かれたビスケットの袋を持って来ました。
その袋の中には生前ハッピーが好きだった骨の形をしたビスケットが入った袋でした。それを見つけた時のハッピーのテンションは倍にあがり後ろ足で立ち上がり、必死で「ちょうだい」といわんばかりに前足を私にこすりつけて来ました。
ハッピーは全力でビスケットを食べていました。嬉しそう。涙を溜めながら。
それを見た私も涙が止まりませんでした。やっと供養できた、やっと好きなようにハッピーにさせてあげる事が出来た。
「○○○は?」父が聞いたのは私の母親の事でした。私は元気で生きてるよ、とだけ答えました。
父はそれを聞いて嬉しそうな表情を浮かべました。
「でもなあ」タバコに火をつけた父は「お前がここにきたということは、今頃悲しんでるんじゃねえか?」と聞いて来ました。
「それなら私はもう死んだの?」「他に理由が何かあるか?」
「ないけど、お母さんもこっちに呼ぶ事ってできないの?」
「俺からは無理だ、例え○○○が今地獄の苦しみの中にいたとしてもだ」
「自殺するような女じゃないから必ず乗り越えてくる女だから俺はその辺はしんぱいしてねえ、が、しかしお前は何でここに来たんだ?」
だから私は、と言おうとしてくちを詰むんだ。だって雷に打たれたのは夢だとわかっていたから。
「病気か?」
「いや」
「いつからだ?」
「俺が見ていた間にはそんな状況なかったはずなんだがなぁ」
「見ていたてどういう事?」
「こっちの世界では五千万払えば気になる人の行方を身近で見る事が出来るんだ」
「二ヶ月前見た時は何の問題もなかった」
「そういうことなら私は落雷に合ったの、それで気づいたらここにいた」
父が頭を抱えた。
「何か腑に落ちないんだよな」
「何が?」
「まあ、いいや」「今日は飲もう色々聞かせてくれ」
父は吹っ切れたようだったので私もそれに同意した。
そこからは断片的な記憶しか覚えていない。
だけどその断片的な記憶は明らかに私達しか知らない話で、この人が死んだ父(格好は私が生まれる前のださい格好)、ハッピーは子犬で私が一番可愛いと思っている時の姿、窓の外には東京の都心みたいな人で溢れていて、相変わらず空は真っ白で皆がそれを当たり前に受け入れているのが私には全て異常に移った。
こんな世界、はっきりいって理想郷だと私は何故か思った。ここが発信地か、とも。ほぼ直感ではありますが。
それとは裏腹に私はこんなのただの夢でいつもより長い夢でいきなり前触れも無く起こされるのだろうとどこか客観的に見ていた。なぜなら私は『夢発信』なのだから。
それはその通りで『ピンポーンピンポーン』というベルが唐突に鳴り響いた。
「まじか」父の寂しそうな声が聞こえ、やがてドアを開けると同時に2人の警官?みたいな人が何か叫んでいた。
「間違い」「不手際」そういった単語は私にも聞こえていた。私はやっぱりか、とすんなりと理解する事が出来た。
父が笑いながらこっちに近づき私の顔を思い切りぶん殴った。それは壁に頭がめり込むくらいの衝撃で、私の記憶はそこで途絶えた。
朝起きると、私はいつもの布団で眼が覚めた。変わった事といえば、昨日は酒を飲んでないのに、心地よい二日酔いになりなんとも満たされない幸福感に酔いしれていた。
あれは現実なのか夢なのかは、8年経ったい今でもわからない。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話