暖かい日差しが私をつつむ。春を思わせるが、ここに季節はない。
心地よい風、美しい声で鳴く色鮮やかな鳥達、空気は花のよい匂いに満たされ、周りの人々は喜びに満ちた表情を浮かべている。
私は罪を犯し、そして許されたのです。あの、‘園長’に…
「母さん、俺、もうっ…無理だよ…。」
私の1人息子、大河。父親は、この子の妊娠が発覚して間もなくいなくなった。女手一つで育てた息子。愛しい愛しい私の支え。
この子がいたから、頑張れた。昼も夜も働いたが、この子の幸せを思えばどんなこともつらくはなかった。
しかし、その、愛しい、ただ一人の息子、大河が…死んだ。自殺だった。原因はいじめ。私は救ってあげることが、できなかった。
自殺した日の前日、大河はいじめられていることを、打ち明けてくれた。二人で泣いた。一晩中、抱き合って泣いた。
「もう少し、頑張ろうよ。ね、お母さんと一緒に。お母さんだけは、あんたの味方だから。頑張ろう。頑張ろう。」
白々と夜が明けたころ、目が覚めた。泣きながら、リビングで寝てしまったらしい。
大河の姿が見えなかったので、自分の部屋に戻ったのだろうと思った。
「大河?起きてる?今日は、お母さんも先生に相談してみるから、一緒に学校に行ってみましょうよ。」
返事がない。何気なく部屋に入ると、そこには制服のネクタイで首をつった大河がいた。
そこからのことはあまり覚えていない。
ただ、足元に落ちていた紙には
「もう頑張れないよ」
ただそれだけが書かれていた。
それからの人生は、向けるべき相手がわからない怒りと、自責のみに生きた。
いじめが大河を追い詰めたのは確かだ。しかし、最期の言葉は「もう頑張れないよ」。そう私が、殺したのよ、きっと。
そして、怒りと自責。どちらも解決する方法を見つけたの。
いじめた奴を殺して、私も殺す。
単純だけど、私の目の前は明るくなったわ。
それからのわずかな人生は本当に有意義だった。
そして私の人生最大にして、最期の作戦を実行する日。
大河が死んで、まる一年が経ち、そしてその日が命日だった。
授業参観が行われている教室。
死んだ生徒の母親が来たことに気づいた、生徒、その親。
教室の後ろの方から聞こえる悲鳴。
女の手には液体の入ったビン。
ある生徒は顔を押さえながら、呻いている。
腰が抜けて歩けない生徒の心臓を、ぽっかり穴が空くほどメッタ刺しにしている女。
女の顔は慈悲に溢れた聖母のようであるものの、その惨劇は地獄絵図のようであった。
「こんにちは。」
声が聞こえた方を見ると、男の人が立っていた。
私が座っているベンチのホコリを軽く払い、隣に座った。
私は、自作の爆弾で吹き飛んだはず…ここは…
「あなたは、ここをどこだと思いますか。」
男は私の考えていることがわかっているかのようなタイミングで質問してきた。
「さあ、どこかしらね。あの世なのかしら。ところで、あなたは?」
「これはこれは自己紹介が遅れました。私、ここで園長をしているものです。」
「園長?」
「ええ。周りをよくご覧ください。」
そこには、立て札と檻が規則正しくならんでいた。
どうやら動物園のようだ。
「土竜」と書かれた檻をよくみる。動物園でも、もぐらはなかなか珍しい。
顔があった。男?苦しみに顔を歪めているようだ。
「ああ、あれはですね、真っ赤になるほど熱した小石の中に、首から下を埋めているんですよ。地面から首を出した様子が、ほら丁度土竜のようでしょう。」
「つまり、ここは…」
「ええ、貴方達がいう所の地獄です。」
ああ、やっぱり地獄に落ちたのね。それでいいの、それで。
殺した奴らも来ているかしら?
「ええ、もちろん。命を直接奪わなくとも、罪は罪です。ここで償ってもらわなければいけませんからね。今ではそのような理由でここに来る人も増えていますよ。」
どうやら“園長”と名乗る男は心が読めるようだ。
そんなことより、安心したわ。私の復讐はちゃんと果たせたのよ。よかった。よかった。
苦しんで、苦しんで、苦しんで、生まれてきたことすら、後悔すればいいのよ。
「あ、そうそう。」
”園長”はベンチから立ち上がり、一つの檻を指差し、言った。
「あなたの息子さんも、おいでですよ。」
え?・・・大河が・・・
「ほら、“獅子”と書かれた檻のなかです。口の周りに釣り針状に先の曲がった多くの鉄の棒をひっかけて口を獅子程に大きく開けさせておいて、そこから溶けた銅を注ぎ込むのですよ。
この動物園でも、一番つらい罰の一つですね。大きな口といい、放射状で広がった鉄の棒がタテガミのようで、獅子みたいでしょう?今頃、生まれてきたことを後悔しているかもしれませんね。」
大河がいた。私に気づいているのか、いないのか、ただ苦しみに顔を歪ませ、鎖で縛られた体で必死にもがいている。床は熱せられた鉄板のようだ。頬から落ちる涙が、床に落ち、蒸発している。
「な、なんでよ!!大河は・・・・殺されたのよ!!!生きていくのが、つらくなって、死んだの!!」
「・・・・あ、丁度“餌”の時間ですね。」
飼育員のような格好の男が、檻に入ってきた。材質はよくわからないが、バケツを持っている。
柄杓のようなもので、中の液体をすくって、口に、入れた。
「やめて!!!!!!やめて!!!!!!!!!!!!!!」
中身はさっき園長が言っていた、溶けた銅だろう。
「自殺もね、立派な罪ですよ。他人の命を奪うのと、同じ、いや、それ以上かもしれませんね。あ、下腹が焼け落ちて穴が空いてますね。大丈夫ですよ、ほら、もう治った。あ、今度は顎が。
人は命を自分のものだと言うでしょ。おこがましいですね。命の冒涜、それこそが罪なのです。ほらほら、息子さん、白目向いてますよ。もう死んでますから、二度死ぬことはありません。
死に人は時々希望を持つでしょう。大河君のように。しかし、死に希望を抱けない今、過去を後悔することしかできないのです。自殺しなければよかった、そうそして、生まれてこなければよかった。
あなたのことも、恨んでいるかもしれませんね。あ、あんまり暴れるものだから頭にかかっちゃってますよ、熱く煮えたぎってドロドロに溶けた銅が。あ、そうそう、いやね、最近忘れぽっくってね。
息子さんをいじめた方々は確か、半年で極楽生きですよ。息子さんは・・・・すいませんね、日本の数字の位は苦手でして。漢字が多くて読めないんですよね。ナユタでしたっけ?」
死んでなおの絶望。声も出ない。涙もでない。息もできない。でも死ねない。
「しかし、あなたは母親の鑑だ。地獄に落ちるのを覚悟で、息子のために復讐を果たす。なかなか、できませんよ。私、心をうたれました。だからね、私、あなたを許そうと思うのです。」
女は男にすがりつき、叫んだ。
「な、なんで・・・・いやよ!!!せめて、せめて同じ罰を!!!私は人を殺して、自殺もしたのよ!?駄目よ、私を、罰してよ・・・私は地獄に落ちるべき女なのよ!!!せめて、せめて、せめてせめて・・・・私を罰してよ・・・。」
「謙遜なさらずに。あなたは助かるのです。私は鬼ではありません。では、極楽にどうぞ・・・・永遠の極楽へ・・・・」
「ま、待って、待って・・・・・・・」
暖かい日差しが私をつつむ。春を思わせるが、ここに季節はない。
心地よい風、美しい声で鳴く色鮮やかな鳥達、空気は花のよい匂いに満たされ、周りの人々は喜びに満ちた表情を浮かべている。
私は罪を犯し、そして許されたのです。あの、‘園長’に…
でも私の心には届かない。
今も地獄で、息子は苦しんでいる。
死んでなお、苦しんでいる。
私の前に広がる極楽。私の心に救いはない。永遠に来ない救い。
そう、地獄は私の中にあった。動物園でみたあらゆる罰も私には生ぬるかった。
そう、”救い”こそ私の地獄だった。園長は、やはり・・・・・・鬼だ。
「おや、お久しぶりですね。私が”久しぶり”と言えるかたは、少ないですからね。
ああ、あのゲージですか。そうですね、女がへたり込んで泣いてるだけですね。肉体的な罰はありません。
”兎”という立て札が見えますか?迷信ですが、兎はさびしいと死ぬっていうでしょう。つまり、死ぬほどの・・・あくまで比喩ですが、死ぬほどの苦しみを与えているのです。
彼女には極楽が見えているでしょう。息子が罰せられ、母親は許される。母親にとってこんなつらいことはないでしょう。
でもまぁしばらくしたら、檻を変えますよ。たぶん彼女は、どんな罰よりも苦しいと思い込んでいるとおもいますよ。え?檻を変える必要なし?いえいえ。
彼女がそう思い込んでいるだけです。
彼女が愛してやまない息子のためにやった復讐を、後悔するような、
彼女が愛してやまない息子を生んだことを、後悔するような、
彼女が復讐する原因になった愛してやまない息子を、憎むような
そんな罰は、まだまだあります。
そうですね、私は・・・・・鬼かもしれません。
怖い話投稿:ホラーテラー 罰天さん
作者怖話