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中編5
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あの頃の僕

ジージジジジ…

かーんと晴れ渡った真っ青な空

木々は生命力に満ち溢れ、山は緑一色に染まっている

川のせせらぎの音と共に響く蝉の鳴き声

なんだろう

このどこか懐かしい風景は

山の麓にある神社は、あみだくじのように張り巡らされている枝葉によって光が遮られ、まるでここだけが日常から切り取られた異空間のように静まりかえっている

「……いーかい」

誰かが呼んでいる

優しい女性の声だ

「…まーだだよ」

今度は高く澄んだ声

幼い男の子だろうか

男の子は石段を駆け上がり、境内にそびえ立つ狛犬の裏にそっと隠れた

「…もうーいーよー」

…ジャリ……ジャリ…

足音が近くなる

息をひそめて待つ自分の胸の鼓動が徐々に速くなるのがわかった

ドクン……ドク、ドク、ドク

…知らぬまに足音は聞こえなくなっていた

どれくらいたったのだろうか

いつの間にか蝉の声も止んでしまい、辺りは静寂に包まれていた

彼は下腹のあたりがきゅっと締めつけられるような気がした

唐突に襲ってきた不安と寂しさに耐えきれず、出ていこうと決心したが体は動こうとしない

ふいに頭上から目線を感じ、言い知れぬ恐怖を覚えた

この狛犬の存在が彼を一層臆病にしたのだ

もう駄目だ…

こう感じた瞬間に肩に手が掛かった

「見ーつけた」

おばあちゃんだった

しわしわの手はとても温かく、緊張と恐怖から解放された“僕”は安心感からダムが決壊したようにぼろぼろと泣き出した

「ああ……おばあちゃーん」

「よしよし。怖かったねぇ。ごめんなぁ…おばあちゃんなかなか見つけれなくて。ほら、いっしょに帰ろうかい。」

ああ、…そうだったのか

これはいつかの僕だ

幼い頃の記憶

おばあちゃんとの思い出だ

ざわざわ…

小さな風が吹き抜けた

呼応し合うように木々が揺れ、山が動く

「あっ…」

僕の麦わら帽子はふわっと浮き上がると一瞬のうちに夏風と共に大空へと吸い込まれていった

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「……ろう」

「たろう!!」

母の甲高い呼び声は僕を一気に現実の世界へと連れ戻した。

「ほら!シャキッとして支度しなさい。もう帰るから。本当にアルコールが入るとすぐ寝るんだから…」

いつの間に寝てしまったのだろうか。呆れて僕を見る母を横目に大アクビをしながらジャケットに腕を通した。

辺りはすっかり暗くなっていて、スズムシの演奏が夏の夜を見事に演出していた。

今日は一回忌だった。

昨年、僕のおばあちゃんは他界した。

癌だった。

おばあちゃん子だった僕は一年経った今でも悲しみが癒えることなく辛い。

無意識のうちに酒で誤魔化していたのだろう。

ほんのりと涼しくなった夜風に酔いが冷まされ、無性にやりきれない思いが胸に込み上げてきた。

おばあちゃん。

最後は薬の副作用でガリガリの体とは対照的に足がパンパンに晴れていた。

おばあちゃんは、自宅から車で二時間ほど離れた所におじいちゃんと暮らしていた。

優しいおばあちゃんで、いつもポケットに飴玉を忍ばせていて、僕はいつもそれをせがんでいた。

幼い頃、本当に飽きることなくおばあちゃんと二人で御宮(神社のことをこう呼んでいた)へ行って遊んだ。

この頃を思い返すと、きまって郷愁にかられ目頭が熱くなる。

しかし、それと同時に甦るのが

幼い頃に見た不可思議なもの達であった。

僕は大蛇を見たことがある。

見えたのは頭だけであったが、それだけで数メートルあった記憶がある。

河童も目撃したことがある。

絵本で知っている河童とは違い、体は薄い茶色で、顔は烏のように鋭く、恐ろしかった。

それらは、いずれも神社で見たものである。そして、以来ただの一度も見ることはなかったが今でも鮮明に覚えている。

何故だろう。

幼い頃の夢のような不思議な体験が今でも嘘ではないように思う。

あれは本当にあったんだ。

僕は確かに見たんだ。

母や姉に何度話しても信じてもらえなかったが、おばあちゃんはいつも真面目な顔で聞いてくれた。そして、必ず微笑んでこう言ったのだ。

「それは神様の使いじゃ。たろうちゃんがいつも御宮にお参りに来るもんだからお礼に御宮の神様の使いが姿を現したんだよ。」

おばあちゃんが亡くなった後、おばあちゃんの家のタンスの引き出しから手紙が出てきた。

生前から筆まめな人で家族全員に一人ずつ書いてくれていた。

“たろうちゃんはおばあちゃんの宝物です。本当に自慢の孫でしたよ。楽しい日々をおばあちゃんにくれてありがとう。”

涙が止まらなかった。

…おばあちゃん。

が、今思うと一つ不可解に感じることが記されていた。

“おばあちゃんがずっと心残りなのは、小さい頃のたろうちゃんともっとたくさん遊びたかったということです。”

もっとたくさん?

あれだけ御宮で一緒に遊んだのに…?

僕は不思議に思い、母に聞いてみると思いもよらない答えが返ってきた。

「何言ってんの。あんたは、おばあちゃん家に行くとよく一人で御宮に遊びに行ってたじゃない。」

「え…」

聞くところによると、僕が幼い頃、病弱だったおばあちゃんは長い間入院してたそうだ。

じゃあ、幼い頃の記憶にある僕の遊んでいたおばあちゃんというのは、一体誰なんだ…

そう考え込んでいると母がおもむろに口を開いた。

「そう…いえば、一度だけ変なことがあったわね。」

「変なこと?」

「そう。あんたが御宮で帽子を無くしたって泣いて帰ってきた時があってね。御宮に探しに行っても全然見つからなくて…どこで見つかったと思う?」

「うーん…覚えてないよ。どこなの?」

「おばあちゃんの病室よ。」

今だから思うこと。

それは、幼い頃僕と遊んでくれたのは御宮の神様なんじゃないかということだ。

僕の記憶違いと言ってしまえばそれまでだが、僕はそう考えることにした。

遊んであげたくてもできなかったおばあちゃんの気持ち。

それを叶えてくれた御宮の神様の気持ち。

大人になった今だからこそ、わかったことがある。

そうだ。

今度、御宮にお礼を言いに行こう。

あの夏を迎えに…

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ミーンミンミンミーン…

「どうしたの。たろうちゃん。」

「帽子が…」

麦わら帽子はすでに青空の彼方へと消えていた。

おばあちゃんは僕の手をぎゅっと握りしめにっこりと笑ってこう言った。

「だいじょうぶ。たろうちゃんはお利口さんだから、きっと神様が届けてくれる。」

ざわざわ…

風が少しだけ涼しく感じられる。

風は夏の終わりを告げていた。

僕の手には確かにおばあちゃんのしわしわの手のぬくもりが残っていた。

怖い話投稿:ホラーテラー アルファロさん  

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