久々の投稿です。お手柔らかにお願いします。
俺の友達のA(28)の職業は彫り師だ。
そう、入れ墨を身体に彫るのを生業としている。
この道15年のAだが8年前に相棒のKと看板をあげて細々とやっている。
Aの腕はそこそこ(本人曰く)で客からも中々の評判を得ていた。
努力の甲斐あってか徐々に口コミで広がり、紹介などで顧客を増やしていった。
彫る絵といえばあちらの方達を相手にごく普通の入れ墨(龍や菩薩様)、最近はカップルや夫婦(お揃いのハート模様のタトゥーやお互いの名前等)、不良チーム5、6人(同じ星型模様のタトゥー)など…最近は若者が‘ファッション’として入れ墨ではなく、タトゥーを入れる仕事がここ2、3年で増えてきた。
仕事内容は客が来店するとどんな絵を入れるか、まずは話や理由を聞く。
次にどんな入れ墨を客が想像しているか話を聞いて、形、色を具体的に絵に描いていく。(客が絵にして持ち込んだものもある。その場合上手い人もいるが、ほとんどが中学生並の絵である為、Aが手直しをする)
身体に彫る入れ墨が決まればそれの値段を決め、前金でもらう。(高額の場合ローン返済可)
Aは律儀な奴でお金を貰うと最後に必ず聞く事がある。
それは後悔しないか?覚悟はあるか?という事を。
昔と違い温泉やプールなど公の場では入場拒否、出入禁止が当たり前の現在。
今は世間の目は厳しい。
大抵の人は良いと言って彫り始めるのだが、稀に考え直して帰る人がいるみたいだ。
A曰く、「確かに後悔するなんて彫ってみないと分からん。しかし親からもらったこの身体。入れ墨は一生モノ。俺にも彫る責任がある。やり直しはきかないし半端彫りもゴメン。覚悟がないなら帰ってもらうだけ。」との事。客に対して少々辛口だがプロとして真っ当な意見である。
※半端彫りとは痛みに耐えられず途中でやめてしまう事。
そんなAは顧客リストを持っている。今まで彫った客の名前と年齢、彫った絵(写真)だけをまとめているリストが存在する。その3つだけが解ればいいらしく、住所や連絡先は必要ないらしい。
俺は一度そのリストを見せてもらった事がある。Aにしてみればリストであり、Aの‘作品集’でもある。客にも過去の作品、腕前を見てもらう為に活用している。
俺は数ある作品を見終わる時にページの後ろの方に一枚厚めの黒い紙が綴じてあるのに気づいた。
頑丈にも丁寧に雑誌とかによくある袋とじのようなかんじで、中が見えない状態だった。
そのページは多分見てはいけないものがあると一瞬で判断した。同時に誰にも見せん!オーラも醸し出していた。
よく見るとその黒いページから少しだけ頭を出した、色つきのインデックスが7枚(たぶん7人分だと思う)ほど貼ってあり、3枚は黄色、もう3枚は緑、最後の1枚は赤と色分けがしてあった。
そしてよくよく見ると小さな字でそれぞれのインデックスにでマル1、マル2、マル3と書いてあった。
怪しいそれを指差し、俺は「これ何?」と尋ねた。
A「あぁ、それね…一般の客には見せる事ができない人達。判りやすく言えば‘要注意人物’って印。俗に言う社外秘ってもんだな」
それ以上何も言わないAはタバコをふかしながら、思い出したくないのか苦笑いした。
その表情を見てこれは絶対に何かある!と察知した俺。
俺「見せてよ。中身。」
A「ダメ。社外秘。企業秘密。触るな危険なものです。」
事務的に言われ、これ以上頼んでも断れると思い怒られるのを覚悟し、黄色のインデックスを強引に引っ張った。
ブチッ!
Aは焦ったのかタバコを床に落とし、俺からリストを強引に取り上げた。
A「何すんだこの野郎!ふざけんな!!テメー殺されたいのか?」
俺「殺されたくはない!それよりもその謎の黒ページとインデックスの意味を教えろ!このハゲ!!」
逆ギレする俺にア然とすA。必死になる俺を見て。袋とじはさっきの奪い取った反動で半分破れていた。
Aは少し時間を置き、しょうがねぇという感じで喋り始めようとした。
(ちなみにAの名誉の為だが奴はロン毛で一切ハゲてはない)
と、そこに奥で仕事をしていた相棒のKが顔を出した。俺達の騒々しい音で様子を見に来たらしい。
Kに今までの内容を教えると、
「あぁ、‘ブラック’か〜。思い出したくない客のオンパレードだよ。」
と、呟いた。
K「俺はあのドイツ野郎とイケメンオッサンは気持ち悪かったし、特にキ〇ガイ女は今思い出しても嫌だな。でも懐かしいな〜。」
A「話してもいいが名前は絶対に言わない。あと余計な詮索はすんな。その手に持っている黄色のインデックス、マル1は…」
ここからはAとKが話をしてくれた。
(当時のメモ書きを見せてもらいながら)
7年前のそろそろ年も終わりかけの冬の時期。
その日は夜9時位に最後の客も帰り一日の仕事も終了。
Kは先に帰っていて、Aも帰りの支度をしているとチャイムの音が。
玄関に行きドアを開けるとそこには見た目40後半位の男が立っていた。
見た目ヤ〇ザ風でもなければ、ヤバいオーラを出してる感じはなく至ってごくごく普通のこの男、身長180㎝位のスラッとした体型だった。
何より中々良い顔立ちで、氷室〇介に似ていた。(以下、客)
客は開口一番こう言った。
客「背中に彫ってほしいんですが…」
Aはその時期、開店して一年が経っていたが客足が伸び悩んでいたこともあり、家に招き入れた。
客を客室に案内すると、お湯を沸かしてコーヒーを出した。
Aも席に着き‘商談’が始まった。
毎回どんなお客でも最初はやはり緊張して来るらしい。なので少し肩の力をほぐす為に10分程度に仕事以外の話をする。世間話から始まり徐々にその人の性格、環境などを知っていく。
客の男はどこにでもいるサラリーマンだった。既婚で子供二人は上が独立していて、下がその年に大学卒業という家族構成。
。仕事は医療機器会社の部長さん。
ここまで聞いたAの感想は中の上位の家庭環境だと推測した。
仕事も順風満帆で来年に上の子供が結婚する予定という事で、話すその笑顔からは幸せが溢れ出ていた。
一番ビックリしたのが年齢だった。客は見た目と違って実年齢が55歳だった。
そんなこんなで話は世間話や身の回りの話で盛り上がり、気付けばいつもの倍以上の長さで話をしていた。
客もすっかり馴染んできたところで本題に入った。
Aはいつもの感じでまずはどんな絵を入れたいのか聞いた。
すると客の男は手ぶらでは来たが、もう絵は頭の中でほぼ決まっていると言う。
それを聞いたAは鉛筆を手に取り白紙にスラスラっと背中の絵を描いた。
A「玄関で背中に彫ってほしいと言ってましたよね。口頭で言っていただければそれを形にして描いていくので。では遠慮なくどうぞ…」
…………………
いきなり下を向きダンマリをきめる客。さっきまでは饒舌だったのに。まだ緊張が解されてないと感じとったAは優しく声をかけた。
A「最初は誰だって恥ずかしいし、人に喋るのは勇気がいるもの。一回深呼吸してみましょう。」
深呼吸する客。そして水を得た魚の如く勢いよく喋り始めた。
客「まず最初に入れて欲しい部分がありまして。背中の左肩の少し下に赤色で漢字の『変』を、右肩の少し下に青色で漢字の『態』と入れて下さい。僕の中では力強いイメージなんで相撲文字で。文字全体の大きさは7㎝希望で。」
?????……?
あまりに客が‘遠慮なく’言ったのでAは一瞬戸惑ったらしい。
A「はっ………?えっ…今なんて?」
客「あのーだから『変』という字を左肩の…」
A「いやそうじゃなくてですね…」
Aはこの時肝心な事を忘れていた。絵を描く前に必ず聞く事。
それは彫る理由を聞いてなかったのだ。
ついつい相手の営業トークですっかり調子づいてのせられていた。Aは大事な話を差し置いてしまった事に少し悔やんだ。
Aが改めて理由を尋ねると…
そのイケメンおじさんから出た言葉は外見からは全く想像できない内容だった。
実はそのイケメンおじさんは現在調教されていて、11年もお付き合いしている5歳年上のご主人様がいるとの事。
そのご主人様にはどうしても尽くしたいので忠誠を誓う意味で彫りたく、今日ここに来たという理由だった。
彫ったあとは離婚して、会社を辞めて、その道で遅咲きのデビューを計画していた。
衝撃の告白。初対面でいきなりのカミングアウト。
Aは心がズタズタに引き裂かれた気分だった。
ほんの少しだけだが、独身のAも将来はこんな幸せな家族を築きたいなどと思ってた矢先のこの発言。
ついさっきまでのあの幸せそうなイケメンおじさんの顔が、カミングアウトした事によりこれまた別の幸せそうな満面の笑み浮かべた。
気のせいか顔が少し赤らめていた。
その顔を見た瞬間ズタズタに引き裂かされたままの心に、その上からいきなりハンマーで思い切り粉々にされた感じで、何かが完全に折れた。
暫し放心状態のA。
追い打ちをかけるように続けてイケメンおじさんは爆弾を連続投下。
客「実はここに来る前に別のとこで2件ばかり入れ墨をお願いしては断られてしまっているので、ここが最後の希望なんです。」
それを聞いたAは放心状態…延長…
どうしようもない沈黙が二人を包む。
その沈黙が何分続いたか分からないが、Aは正気を取り戻そうと粉々になった心を自力で再生していくと我に返り、絡まった思考回路を元に戻した。
そしてAは思った。
ここまで心を開いて話すこの人を救いたい、最後の希望がこの場所ならプロとしてなんとかしてあげたいと…
(要は開き直り)
Aは突然とんでもない質問をした。
「11年調教って長いですね。」
客は笑顔で答えた。
「そうなんです!出会いは友人の紹介で…ご主人様の調教はとてもキツイんですが、そこに快楽を覚えてしまって…だから11年もやめられないんです。あの方についていきたいんです!
なんだか嬉しいなぁ…やっと理解できる人に巡り会えて!」
Aはこのままだと同類、最悪その道に導かれそうな雰囲気もあったらしい。誘われてる様な錯覚に陥りそうになった。
カミングアウトされ最後の希望と言われ…少し悩んだ挙げ句、Aは覚悟を決めた。
その仕事を引き受ける事にした。
最初に戻り再び鉛筆を手に取った。
そしてイケメンおじさんの希望する絵を聞きながら鉛筆を走らせた。
客「腰全体に全裸の男が横たわり、マスター〇ーションしてる絵を。顔は笑顔で。絵のイメージはアメリカのチ〇チキマシン・猛〇ースみたいなハン〇・バーベ〇風の漫画チックに。」
「肩の‘変態’の字の間に、『〇〇様に仕えます』と入れて下さい。ご主人様に読み易くしてもらいたいのでゴシック体で。それとできれば金色で。派手にしたいので。」
「背骨を中心に『一生奴隷』と紫色で。ここは大きくスペースをとって下さい。一番アピールしたいので。その字の周りを男性器で囲んじゃって下さい。」
「レザーパンツをはいて上半身裸の私が四つん這になって、さるぐつわ(涎込み)しながら上を向き、吠えてるような感じの絵を『態』の下辺りに。」
とにかく変態だった。
ふざけて悪口で言う“変態”とは訳が違う。
生粋の変態と話してるAは気が狂いそうで気持ち悪かった。
それでもAは真剣に向き合い、プロとして意地を見せた。
上記の様なやり取りはイケメンおじさんが緻密に計算されていて全部で38ヶ所の注文があった。
描いては手直しを繰り返し、3時間弱話し合った。
(どんな絵なのか聞いたらほぼ背中の肌は彫られ、全部で70色前後の色を使用。誰が見ても派手との事)
Aが魂込めて描いた渾身の絵をおじさんに見せると、目をキラキラさせながら、深々と頭をさげ、
「宜しくお願いします」
と言って泣いていた。
Aは成立したのを確認したら金の計算を始めた。
電卓で計算し、数字が7桁になった。(Aはローン確定だなと内心思っていた)
恐る恐る電卓を見せると鞄を取り、その中でガサガサと何かをやり始めた。
客「1、2、……(札束を丁寧に数十秒数える)…はい、すみません。時間かかってしまって。ここに〇〇〇万円あります。どうぞ受け取り下さい」
イケメンおじさんから丁寧な口調でそう言うと、Aはまたまた放心状態だったらしい(笑)
理由はまさか現金一括でもらえるとは思ってなかったからだ。
次の日AはKに事情を話してお願いした。
Kは最初の内は猛反対していたが結局引き受けてしまった事と、Aの必死の土下座で渋々やることにした。
そして初日。Aは気を引き締め、上半身裸の状態でおじさんを俯せにさせるとAはビックリした。
所々に切り傷らしき跡と、水ぶくれの跡があった。治ったもののシミになった所もあった。
「私にとっての勲章なんです。ご主人様からの。11年の賜物です。」
傷を避けながら彫り始めた。
ジワリと滲む血に微動だにしないおじさん。
A曰く、「気合いがあったのか痛い表情や声は彫り終わるまで一切それらはなかった。」
早めにご主人様に見せたいという気持ちもありAとKはいつもの仕事の倍近くのスピードで仕事にかかった。傷に薬用クリーム[ゲンタシンなど]を塗りながら、治ったら彫るの繰り返し作業だった。
Aは筋彫り(下書き)から始め、異例とも言える約半年かけて終了。
この件をきっかけにAはリストを作った。
記念すべき最初の1ページ目という事だ。
話終えるとAは深いため息をつき最後にこう言った。
「この客はどこにでもいるごくごく普通のおじさん。むしろ顔立ちは良いからちょいワルおやじって感じで、女性は色メガネで見るかもしれない。
街中で人とすれ違い、電車に乗れば同じシートに座る。もちろん俺達と同様に生活をしている。だから日常生活は普通なんだ。
でも‘変態’なんだ。
それもかなりレベルが高く、危ない変態だ。服で本性を隠しているだけなんだ。人は見た目で判断してはいけないとこの仕事で勉強したよ。
多分どこに行っても裸にはならないだろう。いや、なれないだろう。なるとしたらそれはご主人様の前だけだ。」
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