中編7
  • 表示切替
  • 使い方

同一元素

目が覚めたとき俺は廃工場らしき所に居た。

いつからなのか解らないが、俺は椅子に縛られていて身動き一つできない。

俺は目の前の男に目を向けた。

「やっと目を覚ましたか。」

男は俺が目を覚ましたことに気付いて話しかけてきた。

「ここは何処だ、そしてお前は誰だ!!」

普通ならそのような言葉を吐いたことだろう。

しかし、ある事実が俺をそうさせなかった。

その男の頬に傷があったのだが……それを除くと男の姿形は全く俺と一緒だったのだ。

「ははは、混乱しているな。」

男は言った。

「今のお前に言っても理解できないだろうが、簡単に言えば『並列世界』って概念を理解できるか?」

「……??」

「やっぱりな、その顔は理解していないな。

 まぁ、俺がお前だったら……やっぱり、理解できないだろうな」

「すまないが、言ってる事も俺がなぜこんな状態なのかも全く理解できない」

「まぁ、順を追って説明してやるよ。

 いいか?実はな世界は一つじゃないんだ。

 今俺たちが居るこの世界があるだろう?

 そのすぐ隣に実はもう一つの世界がある。

 それは非常によく似た世界なんだが微妙に違う、つまりそれが『並列世界』だ。

 定義するなら、今いる自分たちの世界、そこから並行的に近似値を取りながら存在する、もう一つの世界ってところか?

 そして、俺はそのもう一つの世界から来たのさ」

俺は男の言う事を狂人の戯言と思いながら聞いていたが、暫くは男の話に合わせることにした。

なぜなら男の手には、拳銃らしきものが握られていたからだ。

「……要するに、お前はもう一つの世界の俺と言いたいのか?」

「ああ、そうだ理解したか?」

「いや、まだ半分だ。そのもう一つの世界から来たお前に、なんで俺はこんな目に遭わされているんだ?」

俺がそう言うと男は急ににやけ……そして恥ずかしそう言葉を漏らした。

「○○だよ」

「○○がどうした?」

○○は俺の彼女だ。

「俺の居た世界は本当にひどい世界でな……。

 常に争い事が絶えず、食い物だってロクにない。

 その日を食いつなぐために、他人から奪ったり、騙し取ったりなんて日常茶飯事だ。

 そんなある日、俺は偶然にこの世界の有り様を知ったんだ。」

「『並列世界』の発見か?」

「ああ、その通りだ。

 俺は、向こうの世界でこちらの世界を覗く方法を研究した。

 それは本当に大変だったんだぜ……しかし、初めてこちらの世界を見たときは驚いたな。」

「自分の世界とのあまりの違いにか?」

「まぁ、そうだな」

「しかし、お前はさっき『並列世界』は非常によく似た世界だって言ってなかったか?

 そんなに違うんだとしたらそれは、どちらかというと全く別世界なのではないか?」

「それはあくまで俺たちの主観だな。

 もっととてつもなく大きい単位、天文学的な単位で考えた場合

 地球の表面上に生息するカビのような存在の差異なんて大した差じゃないのさ」

「で、それと○○がどう関わってくるんだ?」

「ああ、そうだったな。

 向こうからこっちを覗いたときに楽しそうにしているお前と○○が羨ましかったんだ」

「お前の世界の○○はどうしたんだ?」

「死んだよ……幼い時にな」

「……。」

「そんな、同情的な顔するなよ。殺しにくくなるじゃないか」

男は何の躊躇もなしに言った。

「はぁ?」

「ここまで言えばわかるだろう、俺はお前になり変わる。

 そのためにはお前が居てはいろいろ不都合だからな。」

「ちょ、ちょっと待て!!」

「なんだ、まだなんか聞きたいことがあるのか?」

「いや……なんというか……俺はともかくお前はそれでいいのか?」

「どういう意味だ?」

「この世界の○○は、お前の知っている○○では無いって事だ。

 同じように見えるかもしれないが、こっちの○○が好きなのはあくまでこの俺であってお前ではない。

 ここで、お前が俺になり変わったとしてそれでも○○が好きなのはあくまで俺なんだぞ?

 それで、お前は満足なのか?」

男は俺の問いに対して、一度深く深呼吸をした後にこう答えた。

「それでも構わない。俺たちは、言うなら同一元素だ。」

何故かそこに決意のようなものを俺は感じた。

そして、男は静かに俺に対して銃を向けた。

その瞬間、俺は椅子から勢いよく立ち上がり男に向かって体当たりをした。

男は気持ちのいいぐらい吹っ飛っとんだが、銃を手放すことはなかった。

代りに男の上着のポケットから携帯らしきものが飛び出した。

男はそれに気付くと慌てて取ろうとしたので、逆に俺は取り上げ勝ち誇ったように口開いた。

「少し、縄が緩かったようだな」

「それにに触るな!!」

男は叫んだ。

「なんだこれは?」

「いいから返せ!!」

「やだね」

俺は拒否をした。

「それに迂闊に触るなよ!!とんでもないことが起こるぞ!!」

「とんでもないことってなんだ?」

「実を言うと……俺がここに存在することは世界にとって非常にバランスの悪いことなんだ……

 同じ世界に同一の存在がするという事は本来あってはならない事でな。

 つまり、そいつはそれを制御するために在るものだ……もし、それを間違って操作したりしたら……」

「操作したら?」

「何が起こるか想像すらできない……下手したら世界の崩壊までありうる……だから大人しくそれを返してくれ」

「妄想もそこまで行くと、芸術的だな!!」

「何だと!!」

「仮にお前のホラ話が本当だったとしてもだ

 どの道、このままだったら俺は殺される、だったら俺は最後に抵抗を選ぶ!!」

「やめろぉおおおおお!!!」

俺は、その携帯らしきものにあるボタンの一つを押した。

その瞬間、それは破裂し液晶画面の一部が飛び俺の頬を裂いた。

その残骸からは強烈な光を発し、それから……

先ほど傷を負った頬のヒリヒリとした痛みで、俺は目を覚ました。

そこは研究室らしきところで、辺りには無造作に置かれた端末やら、何やら難しそうな資料、本などが散乱している。

その部屋には、無数のモニターが置かれた一角があった。

映し出されているのは、俺と○○が喋っている様子だった。

映像は約30分ぐらいを1サイクルとして何度も繰り返し映し出されていた。

俺は始め、全てのモニターで同じ映像を流しているのかと思っていたのだが、よく見るとそうではなかった。

全てのモニターで微妙な差異があり、どれ一つとっても同じものは存在しなかった。

そして、それらを大別すると二つに分けられる。

一つは頬に傷がある俺、もう一つは傷が無い俺。

俺は薄気味悪くなってその研究室らしき所を抜け出そうとし

そしてその時初めて、その研究室にはドアらしきものが一つも無い事に気づいた。

何故だか解らないが『檻』という言葉が頭をよぎった。

それから数時間、俺はどうしようもなかったのでその場で横になり

自分に起こったことを反芻していたのだが突然ある疑問が頭を駆け抜けた。

それは「この部屋はあの男が居た場所なのではないだろうか?」という事だ。

それからというもの、俺はこの部屋にあるものを片っ端から読み始めた。

あれからどのくらい時間がたったのだろうか?

感覚でしか測りようがないため正確なものは分らないが

少なくとも数年単位での経過はしているはずだ。

ふと、モニターに反射して映り込んだ、自分の顔を見つめてみる。

俺はあの頃と全く変わっていない、ここはどうやらそういう場所らしい。

この部屋にある本や、メモ、ノート、端末に保存されている情報等を読んでいく中で

俺はようやくこの部屋がどういう『仕組み』なのかは解らないが、この部屋の『意味』は理解し始めていた。

やはり、あの男が言っていたことはほとんどが嘘であった。

しかし、それは俺が思っていた通りの嘘……つまり狂人の戯言や妄想ではない。

そして、一部には事実も含まれていた。

『並列世界』は存在する。

世界は一つではなく時間軸に沿って並列に、そして無数に存在し、すべての世界において近似値を取る。

それは宇宙レベルで見ても、人間個人が感じられる主観レベルでもだ。

この部屋に無数に置かれているモニターに映し出されているのは、その実サンプルであった。

あの男には分かっていたのだ

ああいう状況になれば俺がああいう行動をとるという事が、

逆に「押せ」と言われて俺が押すような人間でない事が、

「俺たちはいわば同一元素だ」

あの男の言葉だが、確かにそうなのかもしれない。

あの男はここで研究をし、そしてついに並列世界を渡る方法を確立し、俺の居る世界にやってきたのだ。

今度は俺の番である。

あの男と同じように俺はここで研究を続け、並列世界に渡る方法を確立しなくてはならない。

俺に出来るだろうか?

いや、あの男に出来たのだから俺にもできる筈だ。

最近、思う事がある。

あの男と同じ行動を俺がとったとして、俺は○○を好きになるのだろうか?

そして、○○がその世界の俺が好きであることを承知で受け入れる事が出来るのであろうか?

これも納得できる筈だ。

水素分子は酸素分子と結びつくが、その酸素分子は特定の酸素分子である必要はない。

酸素分子でさえあればいいのだ。

俺とあの男が同種の元素であるなら、俺が居た世界の○○もこれから行くであろう世界の○○もまた同種の元素だ。

実際はどうあれ、とにかくそう思い込む必要がある。

世界は違えど、あの男と私は全く同じなのだ。

そうでなくては今の状況に耐えられない。

今はとにかく、○○に会いたい…。

もう一度言うが。

あの男には、俺がああいう行動をとる事が分かっていたのだ。

なぜなら、自らも同じ行動をとってこの部屋に来たのだから。

一体、『俺』はこの部屋に来た何人目の『俺』なのであろうか?

怖い話投稿:ホラーテラー 園長さん  

Concrete
コメント怖い
00
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ