『わたしのたいせつなものはベッドのしたです』
(……何これ?)
私は小学一年生の頃に書いたらしい「わたしのたいせつなもの」という作文を、押し入れの奥から見つけた。
「ベッドの下って……大切な“もの”じゃないでしょ」
そう呟き、苦笑しながら作文を読み進める。
私はこの春から実家を出るため、荷物の整理をしていたのだ。
しかし、その作業もふと出てきた懐かしい作文のせいで、すっかり止まってしまった。
『どうしてベッドのしたかというと、たいせつなものはかくしておくもんだとおとうさんがいうからです。
だからわたしはおとうさんとおなじように、たいせつなものをかくすからベッドのしたがたいせつです。』
ベッドの下。
何か引っ掛かるものを私は感じた。
奇妙な感じだった。
大切なものを隠していたという割には、思い当たる記憶がまったく無い。
「大切なもの……隠す……?」
“おとうさんとおなじように”――この部分も気になる。
父は何かを隠していただろうか?
(小学一年生……そんな昔のことなら、憶えてなくて当然か)
私はそう思い込むことにして、作文に目を戻した。
『かくすとどこにもいかないから、ほっとします。おとうさんのいうとおりでした。だからおとうさんがだいすきです。』
幼い子の書いた文章らしく“大切なもの”の話は父の話にすりかわっていた。
母を亡くしてから私は、父にべったりだった。
父も私を気遣ってくれたのだろう。
母の代わりに、父は出来る限り私の側にいてくれた。
「お父さん……」
自然に笑みが浮かんだ。
そうするうちに父との思い出が次々蘇ってくる。
大きい声でただいまと言った父、動物園で私よりもはしゃいだ父、慣れない手つきで料理をした父……
――?
その中で、私は何かを思い出しかけた。
「なんだっけ……そう、何かあった、だけど……」
思い出そうとするも、思い出せない。
喉元まで出かかっているところで、何かに押さえ付けられているようだった。
(思い出してはいけないのだろうか)
ふと、そんな考えが脳裏をよぎった。
ひょっとすると、私にとって“忘れたい”出来事なのかもしれない。
しかし一度わき上がった“何か”への興味は、収まらない。
「ベッドの下……」
口をついて出た言葉。
「そう、ベッドの下よ」
はっとした私は、手がかりを探して作文の続きを辿った。
『おとうさんはかえってくると……』
『おとうさんはしごとを……』
『それからおとうさんとどうぶつえん……』
『おとうさんはりょうりを……』
父のことばかりが綴られている作文。
どれも憶えていた。
でも“それ以外の記憶”が一向に出てこない。
どうして?
そもそも、私は最後に“いつ”父と話をした?
『わたしとおとうさんは、かぞくです。』
――その先に、私は目的の文章を見つけた。
『おとうさんのたいせつなものは、かぞくです』
――震えが止まらなくなった。
「そうだ、思い出した……」
ベッドの下。
大切なもの。
家族。
私は、×××××から逃げて……
ベッドの下に隠れた。
そこで――
母と、目が合った。
「そうだったんだ……」
私はようやく理解した。
「そうだよね、お父さん?」
私は“ベッドの下”に声をかけた。
そこには、父と母に抱かれた“私”がいた。
◇ ◇ ◇
「何を書いているんだ?」
「宿題? どれどれ、わたしのたいせつなもの……作文か」
「おいおい、途中から今日の日記みたいになっているじゃないか」
「ん? お父さんの大切なもの?」
「うん、家族……かな」
「…………」
「…………」
「…………ごめんな」
怖い話投稿:ホラーテラー かるねさん
作者怖話