幼少より猫好きの私は、大学からの独り暮しで、遂に猫を飼うことが出来た。
ペット可のアパートは動物好きが集っており、隣にも元ラグビー部でイカついのに、犬に赤ちゃん言葉で話すサラリーマンが住んでいたりした。
猫にはコマと名付けた。
よくなついてくれたが、自分の名前を覚えてくれず、
「コマ」
「ニャア」
「メリー」
「ニャー」
「ケイト」
「ニャ~」
という具合。
返事をしてくれるだけで私は大喜びしていたが。
ある夏の日、アパートに下着泥棒が出た。
私の部屋ではなかったが、ベランダにいたコマが喚き、それを聞き咎めた人が泥棒を目撃して通報し、逮捕に至った。
コマのお手柄と誉められ、誇らしかった。子供を誉められるとこんな感じだろうか。
少し経ち、初秋の夜。
ベランダでコマが酷く鳴いた。
様子を見に行こうと立つと、
ばん。
ざきざき。
と妙な音が響き、コマの声が止んだ。
「コマ…?」
返事が無い。
代りに、少し開けていたガラス戸とカーテンが動き、痩せて目の血走った男の人が侵入して来た。
「あの猫のお陰で酷い目にあった」
私は驚きで半ば放心していた。
「仕事はクビ。結婚は絶望的だ」
男が迫る。
「少し気を晴らさせてくれよ」
丸腰の女が夜、狂気の男に迫られる恐怖は、男性には理解出来ないかもしれない。
歯がガチガチと鳴る。
へたりこんだ際にベランダが見え、毛波が戸の陰にチラと覗いた。
あれがコマだろう。
でもそうだとしたら、
何故、
何故、
あんなにも赤い?
男の手が、打ちのめされた私の肩に触れそうになった時、部屋のドアがノックされた。
「隣の者だけど。何かあった?」
私はドアに飛び付き、鍵を開けた。
「助けて!」
ラグビーさんは私と男を一見して事態を把握し、すぐに男を取り押えてくれた。
男はあの泥棒だと警察に聞いた。
コマは私に見せられる状態ではなく、ラグビーさんと大家さんが亡骸を収めてくれた。
埋葬を終えた後、ラグビーさんに聞いた。
「あの時何で声を掛けてくれたんです?」
「君の部屋から、コマちゃんの凄い喚き声が聞こえたから。
でもその時にはもう…アレだった訳だから、タイミング的に不可能だよな。空耳かな」
今でも、適当な名前を連呼して、あの小さな家族の気楽な返事を聞きたくなる。
案外あっさりと応えてくれそうな気がして。
あの時は助けてくれて有難うと、伝えられたら嬉しい。
まだ、新しい猫は飼っていない。
怖い話投稿:ホラーテラー わさ子さん
作者怖話