「大変だ!大変だ!」
大通りの交差点の一角で、一人の男が叫んでいた。
年齢は30代後半といったところか。髪はボサボサ。
身なりは汚らしく、伸び放題の無精ひげが男の不潔さを物語る。
「大変だ!大変だ!」
それは絶叫と言ってもいい程だった。
一点を凝視し、目は見開いたまま、あらん限りの大声を出していた。
近くを通りがかる人はその余りの異常さを怖がり、煙たがり、あるいはほくそ笑んだ。
そして次第に時が経つと、幾人かが男を遠巻きに囲み、その異常さについて陰口をたたき合うようになった。
「何ですかね、あの人は」
「気狂いでしょう。ヤク中かもしれませんね」
「精神病院から抜け出してきたのでは」
段々とその数は増えていき、男の周りには何十人かの人垣ができた。
男が立っていた場所は交通の障害にはならなかったが、こう人が増えてくると、それを窓から覗く車もあった。
次第に交通は渋滞となり、それを察知した警官が駆けつけた。
「どうしたんですか」
警官は人垣の一人に聞いた。
「あの人ですよ。あの人がさっきから叫んでいるんです」
警官が人垣を掻き分けると、その中心では男が依然として叫んでいた。
「大変だ!大変だ!」
警官は男の異様な様子に驚きつつも、男に近づき、話しかけた。
「どうしたんです。何が大変なんですか」
すると、男はピタリと叫ぶのを止め、警官の方に振り向いた。
そして警官の耳にそっと顔を近づけ、何やらボソボソと言葉を発した。
その時、奇妙なことが起きて、観衆は一様に驚いた。
警官が突如として血相を変え、男と同じように叫び始めたのだ。
「大変だ!大変だ!」
以前から叫び続けている男と、その隣で同じように絶叫する警官。
二人の男達が血相を変えて叫んでいる。
周りで見ていた人々は、一体何が起きたのかを理解できず、お互いに顔を見合わせた。
そしてその内、一人の青年が絶叫を続ける警官に尋ねた。
「一体どうしたんですか」
警官は先ほど男にされたのと同じように、青年の耳元でそっと何やら囁いた。
「大変だ!大変だ!」
これで叫ぶ男は三人となった。
すると彼らは申し合わせたかのように、突如としてバラバラの方向に走り出した。
依然として叫び続けながら。
「大変だ!大変だ!」
彼らがそれぞれ向かった先では、人々が彼らを見かけて、こう尋ねた。
「どうかしましたか」
怖い話投稿:ホラーテラー オオカミ少年さん
作者怖話