続きです。
会社が倒産してから、3ヵ月ほど経った頃でしょうか。私は既に再就職し、新しい生活にも慣れてきたところでした。
突然、専務に呼び出されたのです。
喫茶店に入ると、専務が席についていました。
「おっ!T子!」
「お久しぶりです!」
しばらく世間話や新しい仕事の話などをしました。そして、専務がおもむろに封筒を差し出したのです。
「これは、T子の分だ。」
なんだろうと思い、封筒を開けると、中には現金が入っていました。確か、30万ほど入っていたと思います。
「これ、何ですか?」
「退職金だ。社長のかわりに私から渡しておく。」
それから専務は、会社を潰してしまい、本当に社員には申し訳ないことをしたと、社長が言っていたこと、このお金は社長がせめてもの償いにと個人的に社員全員に用意したものだと涙ぐみながら話してくれました。私もつられて泣いてしまい、しばらく二人で泣いていました。あのアットホームな会社はもう無いと思うと、本当に寂しい気持ちでいっぱいになりました。
厳しくもあり、優しくもあり、父親のような存在だった社長。社長は会社を愛し、社員を愛していたと思います。
「社長は、お元気ですか?」
「………亡くなったよ。」
え?
「社長は先月亡くなった。社員旅行で行ったペンションを覚えているか?あそこが火事になって、おそらく煙にまかれて…建物も全焼した。タバコの火の不始末だそうだ。」
「…そんな…まさか…お葬式とか、告別式は…?」
「社長の奥様もすでに他界されていて、息子さんの希望でごく親い方々のみで行ったよ。会社から参加したのも私だけだ。」
ショックでした。社長が…あのペンションが…
「…ペンションにいたお手伝いさんは無事だったんですか?」
「お手伝いさん?」
「はい。社員旅行のとき、私達のお世話をしてくれたお手伝いさんです。」
「そんな人いないよ。」
「…またまたぁ!専務!夕飯の支度とかしてくれたじゃないですか!あのキレイな女性ですよ!」
「夕飯の支度はM子と君がしただろう?」
「…。」
「名前は何ていう人だ?」
「名前は聞いていません。」
「何か他の行事と勘違いしてるんじゃないか?」
「そんなはずないです!」
「う〜ん。そうか?まぁ、とりあえず亡くなったのは社長だけだ。それにしても、何もあのペンションで亡くならなくてもなぁ…」
「どうしてですか?」
「ん?あ、いや、まぁあれだ、T子には関係ないことだ。じゃあ、忙しいところ悪かったな。元気に頑張れよ!その金はちゃんと貯金しろよ!じゃあ、またな!」
一人残った喫茶店で、専務が言っていた言葉を反芻していました。
そして理解しました。社長はあのペンションに愛人を囲っていたのではないでしょうか。
あのお手伝いさんは社長の愛人だったのでしょうか?
本当のことはもうわかりません。しかし、私の予測は当たっているような気がします。
何故、私だったのか。何故、彼女の姿が私にしか見えなかったのか。
彼女はきっと、社長のことが大好きだった。2番目の女で十分というポーズをとりながらも、いつか奥さんと別れて、自分と結婚してくれるんじゃないかと淡い期待を抱いていた。けれど、社長は家庭に帰ってしまう。
奥さんさえいなければ。
奥さんさえいなければ。
奥さんさえいなければ。
私は彼女そのものだったのです。
当時、私も不倫をしていました。
相手はAさんです。
あの夜、私は本当に殺そうとしていたのかもしれません。
Aさんの奥さんであるM子さんを。
それから数年が過ぎ、そんな出来事もすっかり過去の思い出話になったころのことです。
部屋の片付けをしていると、使い捨てカメラが出てきました。
なんだろうと思い、現像しました。
数日後、写真が出来上がり、見てみると猫がたくさん写っていました。
社長の猫です。
社長は飼っていた猫を溺愛していました。
猫の肉球、猫の後ろ姿、猫の寝顔。久しぶりに社長の顔を見たのと、猫への尋常じゃない愛情を感じる写真を見て、思わず笑ってしまいました。
でも、なぜこんなものがウチにあるのか…
あっ!!そうだ!
社員旅行で集合写真を撮った!
現像を頼まれていたのですが、バタバタしていてすっかり忘れていました。
懐かしい。最後の一枚だから、失敗してはいけないと緊張しながら私が撮った写真です。
最後の一枚に写っていたもの、それは、
燃え盛るペンションの前で微笑む、お手伝いさんでした。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話