世の中には説明のつかないことがある。いくらでも。信じてくれなくても構わない。視た奴にしかわからねぇし。
中学の頃の話になるんだが、当時の俺は陸上にハマっていた。親から呆れられるくらいだった。学校から帰ると悪友連中と海沿いを走りに行き、延々と海沿いを走る。それも毎日。一日も欠かさずにだ。今の俺からすれば病気だったんじゃねーかと思うくらいだ。
だいたい一緒に走る奴は決まっていて、一人はマッツン(陸上部。鬼のように足が早い)、もう1人はハラッチ(パソコン部)だ。
俺やマッツンは走るのが好きだが、ハラッチは違った。こいつは俺たちに無理やり付き合わされていて、毎回俺とマッツンで家に迎えにいっていた。そして嫌がるハラッチを強引に連れて行くのが日課だった。
場所をぶっちゃけてしまうと、有明海に面したK県の海沿いの小さな田舎だ。地元の奴ならだいたいわかるかな?
とにかく俺たち3人はいつも絡んでいて、馬鹿をやるのもこの3人だ。廃棄された車を燃やしてみたり、家庭用ガスボンベを焚火に放り込んで爆発させたり。まぁ、子供なら一度はやるイタズラだ。
夏休みのはじめの頃だったと思う。蒸暑い夜だったな。やたら蚊が多かったから、ハラッチの家で虫除けスプレーを使ってから俺たちは走りに出かけた。
夜の8時くらいに海岸沿いの道をダベリながら走っていると、不意にハラッチが足を止めた。
「おい。なんだ、あれ?」
「あ、どうしたよ」
ハラッチが指差した先は海沿いの遊歩道だった。やや弧を描いている為にちょうど時計の2時の方角に見えるんだが、なにかがおかしい。
「おい。なんだ、あの光?」
「ハラッチならわかるだろ。パソコン部だし」
「そうだな。ハラッチなら間違いない。ほら、教えてくれ」
俺たちの無茶振りに温和なハラッチもキレた。
「俺が知るか!車かなんかだろ。ハイビームならこんくらい届くっつーの」
俺とマッツンは二人で首を傾げた。
「車のハイビームにしちゃあ、なんか揺らめいてね?」
「マッツンに賛成ー。車じゃないと思いまーす」
「じゃあ、なんなんだよ!お前らにならわかんのかよ、コンチクショウ」
学年十位以内に入っているハラッチに比べれば、俺とマッツンの脳味噌なんかオガクズ以下だ。それでも、あれはそういうんじゃない。
「おい、俺君。あれ確かめに行こうぜ」
「え、マジで?」
正直、俺はそこまでするつもりはなかった。つーか、走りましょうよ。お二人さん。
「ハラッチのいう通りだ!せっかくだから確かめようぜw」
めんどくせー、と思いながらも流れを断ち切れない俺。
「確認するだけだからな!」
結局、三人で光の場所へ行くことになっちまった。
今から思えば、この時に二人を止めておけばよかったんだ、ホントに。ブン殴ってでも止めるべきだった。
俺たちは海沿いを走り、光へと近づいていった。近づきながら気づいたんだが、光は揺らめいていて、どちらかというと火柱といった感じになっていた。
やって来てみると、問題の場所は遊歩道よりも先のようだった。遊歩道の先にある立入禁止場所。炭鉱跡地とかで危険だから閉鎖されている場所だ。
地元でも嫌な噂が絶えない場所で、やんちゃな俺たちもこれには流石に引いた。
しかし、ハラッチの覚悟は固かった。頑固なんだ、この秀才君は。
「行こう。ここまで来たんだ。確かめないと」
ハラッチに対して、俺とマッツンは完璧にビビっていた。先輩達に嫌な話は散々聞かされていたし、明かり一つない野原に行くのは嫌だった。
「どうするよ、俺君」
「俺、帰ってガキ使みないと…」
帰ろうや、マジで。
反して、ハラッチはもうスーパーサイヤ人ばりに戦る気満々。完璧に目が据わっていやがる。
「二人とも、来るよな?」
さすがは我らが参謀。バッテリー使って池の魚を一網打尽にした変態だ。スイッチが入るともう止まらねー。
「「いきます」」
全身を蚊に喰われながら先を進むと、光の正体は炎だった。
「キャンプファイヤーでもしてんのかな?」
ハラッチはもうノリノリだ。サイヤ人と化した彼に不可能はない。
さらに近づこうと草むらを掻き分けていたハラッチの動きが止まった。
なんというか、凍りついたみたいに。
どうした、そう聞こうとしたマッツンの口をハラッチが叩くようにして塞いだ。
ハラッチの目は血走っていた。その顔は怯えきっていた。
「喋るな!頼むから、マジで黙れよ!」
小声でそう怒鳴る様子はもう只事じゃなく、俺とマッツンは震え上がった。こんなハラッチは見たことない。
「な、なんだよ。どうしたんだよ」
ハラッチは答えずに身を低くして、ぶるぶると震えている。
俺とマッツンは顔を合わせ、恐る恐る火柱を見ようと身体を乗り出した。
そこには、防波堤の前で男が燃えながら、踊り狂っていた。
おおおおおお、と空気が震えるような声に背筋が凍りついた。マジで漏らすんじゃないかと思った。つーか、少し漏らした。
俺とマッツンが固まっていると、ハラッチがもう限界を越えてしまったらしく、もう死に物狂いで逃げ始めた。ガシャガシャ音を立てまくりながら。
その瞬間、火柱に包まれていた男が振り返り、俺たちを見た。
そいつはもう黒焦げで、眼球も鼻も唇もなかった。それでも、俺たちをしっかり見ていたんだ。
俺とマッツンの理性が完全にキレた。とにかく逃げ出し、全速力で走った。先に逃げていたハラッチを数秒で追い越して、限界突破の速度で夜の遊歩道を駆け抜けた。冗談抜きで、この時ほど速く走れたことはなかった。
どういう道を通って逃げたのか憶えてないが、海沿いの浄水場あたりで自然と足が止まった。
心臓の音が耳元で鳴り響いて、指先の感覚がなかった。蒸し暑くて堪らない熱帯夜だったのに、歯がガチガチと鳴って仕方がなかった。
俺とマッツンに遅れて数分後にハラッチが合流したけど、誰も口をきこうとはしなかった。そんな余裕なかったんだ、マジで。
やがて、ハラッチがここを離れようといいだしてから俺たちはようやく浄水場を後にした。
家に帰ろうと思ったのだが、三人で別々に帰るだけの根性はもうなかった。俺たちはもうビビりまくり、目の前を横切った猫にガチで悲鳴をあげた。
とりあえず一番家の近いハラッチの家に泊まることにして、三人で無言のまま夜を明かした。もちろんゲームも恋バナもしなかった。
翌日、学校が休みだったのでハラッチの家で昼間まで寝ていた。ハラッチの家は父子家庭で、親父さんは出張で家にいないことが多い。まぁ、だからこそ俺たちの溜まり場になっているんだが。
目が覚めた俺たちは昨日のことを話し合った。うやむやにできるような話じゃなかった。
「幽霊だろ、どう考えたって」
「でも、タンクが転がってるの見たぞ」
「そんなのただのゴミじゃん」
あーでもないこーでもないと話していると、垂れ流しにしていたTVに昨日の野原が映った。
「おい!これ見ろ!」
あわてて画面に食い入る俺ら。
「本日早朝、こちら××市にて男性の焼死体が発見されました。現場にはガソリンの入ったタンクと遺書が見つかっており、地元警察は自殺として捜査を進める模様です」
画面が切り替わり、小泉さんが登場しても俺たちはぼんやりとしていた。
月曜日、学校に行ってみると教室は焼身自殺の話で持ちきりだった。新聞にも載っていたし、学校からさほど遠くない場所で起きた事件に田舎の中学生は盛り上がった。
しかしながら、俺たちだけは悪夢の続きを見ているような気分でかなり辛かった。
俺たちはあれがただの自殺なんかじゃないのを知っている。
俺たちの見た炎はゆうに30分は燃えていたし、あの男は立っていたんだ。そして振り返り、俺たちをしっかり見ていた。
あれから十余年が経過した今でも三人で集まると、あの火男の話が出てくる。
当然、もう確かめに行ったりはしない。
二度と。
追伸
地元の奴が見たら場所がわかるかも知れないが、絶対に行ったりするな。
ホントに洒落にならんから。
怖い話投稿:ホラーテラー 不幸満載さん
作者怖話