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中編6
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美香と鶫(つぐみ)

僕の彼女はいわゆる「メンヘラ」だ。

それもかなり重症。

病名は

解離性同一性障害

俗に言う多重人格ってやつだ。

彼女は前の旦那のDVで病気を発症したが、原因はそれだけじゃない。

彼女の親は幼いときに離婚したが、母親が再婚した義父から、長い間性的虐待を受けていた。

彼女は解離の素養をそこで育み、成人して受けた暴力の恐怖によって、いくつもの人格を形成し分裂した。

僕らはバツ1の婚活パーティーで知り合った。

すぐに意気投合した。

パーティーに期待していなかった分、お互い掘り出し物に巡り合った気分だった。

何回目かのデートで映画を見た帰りに家に誘った。

部屋の中が既に綺麗に掃除してあって、鍋の用意もしておいたのを見て彼女は笑った。

「私が家に来なかったら、これどうしたの?」

僕は質問を無視した。

彼女が来る事は分かっていた。

2人で鍋をつつき、他愛の無い話をした。

2人とも過去の話は余りしない。

今とこれからが大事なのだ。

その夜、初めて彼女を抱いた。

僕の腕枕で寝ている彼女が動いたのがわかった。

ウトウトしている意識の中、彼女は起き上がり部屋を出てキッチンに行ったようだ。

薄目の視界に彼女が見えた。

なぜか右手に包丁がある。

振り上げられる右手。

一気に目が覚めた。

跳ね起きて彼女の右手を取り押さえ、包丁を奪い取った。

「離せよ!触んじゃねぇよ!腐れ○○○!」

暴れながら彼女が僕を睨みつけて叫んだ。

夢かと思うような彼女の変貌に、僕は何も言い返せない。

「手前ぇの顔を見てると反吐が出んだよ!」

そう言って彼女は足元に唾を吐いた。

と同時に彼女は白目をむいて倒れこんだ。

数分後起き上がった彼女は元に戻っていた。

彼女が悲しい顔をしながら言った。

「よくわからないけど多分ごめんなさい。」

僕はその言葉にも返事をしてあげられなかった。

彼女が説明してくれた。

心の病気の事。

自分の中に何人かの人がいる事。

常に彼女の中にいる人が頭の中で好き勝手に喋っている事。

普段は彼女の意識が強いが、彼女の意識が弱まった時やトラウマと関係する出来事などで、人格が入れ替わってしまう事。

入れ替わっている時の記憶は全く無く、周りの様子や時間の経過でしか、人格が替わった事を認識できない事。

病気の引き金となったのは旦那の暴力だった事。

僕に早く言わなきゃと思っていたが、言えずに今に至ってしまった事。

途中から彼女はずっと泣いていた。

僕は黙って聞いていた。

聞いていて僕は彼女を守りたいって本気で思った。

彼女に言った。

絶対僕が直してあげるから

彼女はずっとありがとうって言い続けていた。

彼女には分かるだけで数人の人格がいた。

最初に彼女の中にいる人格を説明しておく。

美香…主人格、僕の恋人。

鶫(つぐみ)…暴言を繰り返す女性。

ベッドで出たのはこの人格。

出てくる頻度が一番多く美香の意識が有る時も、ずっと暴言を吐いていて美香の行動を邪魔したりするらしい。

他…肉料理好きな”大村さん”や男性人格など数人いるが、今回の話には関係ないので割愛。

彼女が通っている病院にも、一緒に行って話しを聞いた。

カウンセラーによると、あくまで薬は補助であって、この病気は薬では”完治”しないという。

”完治”とは、複数の人格が一つになる”統合”によって人格が完全に一つになる状態から、”他の人格が主人格の邪魔をしなくなるだけ”の状態までの幅広い範囲を言うのだと説明された。

その範囲の中から目指す”完治”を決めて治療する。

彼女が目指しているのは、「美香」と「鶫」の和解と”統合”だ。

他の人格は、日常生活に特に支障が無いので存在していても大事ないが、「鶫」は「美香」に対して悪意があるようで、その悪意から自傷行為や暴力的行動をするのだとカウンセラーは言った。

ちなみに統合失調症と解離性同一性障害の違いは、外部から現実には無い声が聞こえてくるのが統合失調症、頭の内部から声が聞こえてくるのが解離性同一性障害だそうだ。

話が外れたので戻そう。

それからの日々は戦いだった。

まず彼女と同棲を始めた。

彼女に自傷行為や自殺をさせないためだ。

もちろん美香がそんな事はしない。

鶫が隙をみて現れ、マンションの屋上とかに行くのだ。

美香は何度もマンションの金網の外側で目覚めた。

鶫は何度も僕の目の前に現れた。

そしていつも暴言を吐き暴れる。

「手前ぇのような粗○○野郎は消え去れよ!」

「いつか手前ぇはぶっ殺してやる!」

「あの女(美香)を守るだと?寝ぼけた事言いやがって殺すぞ!」

僕はいつも鶫をなだめた。

美香はそんな悪い人間じゃない。

鶫も落ち着いて話あおうよ。

しかし鶫の美香への憎悪は激しく、どんなに説得しても対立は解消できなかった。

美香は美香で、常に頭の中でも同じような暴言をずっと吐いている鶫に対しての嫌悪感があり、鶫と”統合”する事を嫌がっていた。

自殺を未然に止めたり、鶫が暴れるのをやめさせたりと寝れない日々が続いた。

同棲して数ヶ月経っても改善しない症状に、僕は疲弊してきていた。

ある時、あるアメリカの治療例を知った。

人格を消滅させた治療。

”統合”にはリスクがあった。

2つ以上の人格が一緒になる事、それは人格の変貌も意味している。

美香と鶫を足して2で割った人格なんて想像できなかった。

できれば美香のままでいてほしい。

個別の人格の消滅は光明に思えた。

藁にもすがる思いで、その方法を調べた。

それは催眠療法に近いやり方で、消したい人格を呼び出し意識の底に沈める方法だった。

危険なので詳細は書けないのを許して欲しい。

僕は鶫を呼び出した。

「俺を呼び出すとは錯乱でもしたか?腐れ○○○!」

いつものように暴言を吐きながら鶫は出てきたが、その日の彼女はいつもと違っていた。

なだめすかしている内に、彼女は自分の事を少しずつ語ったのだ。

「俺は小さい頃に美香の頭に生まれた。」

「きっかけは性的虐待だ。笑っちまうよ。」

「あの女(美香)は嫌な事があると、すぐ俺に押し付けてやがる。それがムカつく。」

「あの女(美香)はずるい奴だ。」

「取り押さえられたり、体を拘束されると俺の番になる。多分あの女(美香)の心の傷のせいだ。」

初めて鶫の心に触れた気がした。

虐待から生まれた彼女は、暴力や恫喝でしか他者とコミュニケーションを取る方法が無いのだろう。

僕は彼女の存在が悲しくなり同情した。

でも美香のためには彼女を消すしかなかった。

鶫にわからないように、ゆっくりと催眠をかけながらベッドに寝かせた。

僕には鶫にとって消滅が死を意味する事はわかっていた。

僕は今から人格を殺すのだ。

誰も知らない所で人を殺すのだ。

胸がつまった。

鶫が催眠で意識朦朧とする中、僕に言った。

「俺を消すんだろ?・・・俺も生まれ変わったら楽しく生きられるのかな・・・」

鶫はわかっていたのだ。

僕の涙が溢れた。

涙の中で彼女をゆっくり意識の底に沈めた。

もう戻って来れないように。

人を水に深く沈めているような罪悪感。

鶫の最後の言葉は

「嫌なことがないところに行きたい・・・。」

だった。

美香の寝息が聞こえる。

もう頭の声は消えるだろう。

他の人格は少しずつ解決してゆけばいい。

2人の未来を考えるとまた涙が出た。

美香の寝顔を見ている内に、いつのまにか僕も眠りに落ちた。

目が覚めた。

先に目覚めたのか美香はベッドにいなかった。

もうこの世には存在しない鶫を想う。

可哀想な鶫。

鶫が言っていた事をふと思い出す。

「取り押さえられたり、体を拘束されると俺の番になる。」

初めて鶫を見たのも取り押さえた時だったな

感傷的に考えた。

頭に違和感を感じた。

取り押さえたから鶫が出た・・・

取り押さえたから・・・?

いつのまにか美香がベッドの脇に立っている。

彼女は微笑んでいた。

僕は彼女の右手を見るのをやめることにした。

怖い話投稿:ホラーテラー カラクリさん  

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