M下君は、会社の二ヶ月先輩で3コ下だ。お互いに敬語で話し、釣りとお酒が大好き。
自分からはあまり言わないけど、みえるらしい。
いつものように、仕事終わりにM下君の部屋でお酒を飲んでいる時に、次の3連休の話になった。
「Y内さん、予定あります?」
「全くないですよ。あー、でも釣りでも行こうかなぁってちょっと考えてます」バス釣りにハマっている。
「あっ、いいっすね!行きましょうよ!みんなで!」
さりげなく、めんどくさくなりそうな単語を放り込むM下君。
「みんな?他にバス釣りする人って、誰かいましたっけ?」当然の疑問だ。
「いや、夜はキャンプすればいいんですよ!」
もうなんとなく言いたい事はわかったけど、気づかないフリをする。
「朝早いから、真夜中出発すんのに夜キャンプですか!?大体、男二人でキャンプって…」
「じゃあ、出発を遅らせて、みんなで夜はキャンプでどうっすか?」
「もうそれキャンプじゃないっすか…。釣りに行きたいんですけど。」
「じゃあもう、K藤さんに連絡して、Bさん呼んでもらって一泊で温泉行きます?」
もう、わけがわからない。
諦めそうもないので、その場でK藤に電話してみる。
K藤は僕の唯一の女友達で、本当にいいヤツなのだが残念なことに太い。
マニアにはモテモテだと思う。
「あー、もしもし。Y内ですけど、今大丈夫?ちょっと静かにして下さいよ…」
後ろで完全にできあがってるM下君がうるさい。K藤さーん、ボクですよーとか言ってる。
「あれ、M下君と一緒なんだ。どしたの?まさか、また合コンじゃないよね?」
いやいや、そのまさかより条件厳しいよ。
「M下君にかわります。」
「どうも、お久しぶりです。M下です。いきなりですけど、今度の3連休遊びに行きましょう!」
酔っぱらって音量調整が出来なくなったようで、声がやたらデカい。
「えー、いいじゃないっすか!何とかなりますって!………じゃあ、もうBさんじゃなくてもいいっすけど、そのかわり一泊っすよ、一泊!」
K藤がなんかかわいそうになるくらいの押しの強さだ。
K藤には悪いが、テレビが面白かったのでしばらく放置しておく。
「いや、なんかY内さんは釣りに行きたいって言ってんすよ。……そうっすよね!大体、女の子連れて釣り行こうなんてワガママっすよ!自分の事しか考えてないんですよ。自己中っすよ、自己中!」
黙って聞いてたら、雲行きが怪しくなってきた。っていうか、僕は女の子と行くつもりなんて全くないんだけど…。
「ハイ、わかりました!…Y内さんK藤さんから電話です。」
うん、知ってる。僕からかけてるからね。
「Y内ぃ、M下君本気で言ってんの?さすがに一泊で旅行なんて無理だと思うけど…」
さすがにしらふの人間は冷静だ。
「酒の勢いじゃない?テキトーに聞き流してくれたらいいよ。んじゃ、悪かったね、ありがと。…はい、おやすみー」
僕はあまり乗り気じゃないので、話を終えることにした。M下君はしゃべり疲れてぐったりと横になってしまっている。
起こすのもめんどうなので、僕はいつも通り、M下君の部屋の鍵を開けたまま帰宅した。
2日ほどしてから、K藤から電話がかかってきた。
なんと一泊じゃなければ、一緒に遊びに行ってみたいという奇特な娘がいるらしい。
K藤によると、今年の新入社員で、高校を卒業したばかりの18才。すごいかわいいとのこと。
しかし僕は、女の子の言う「かわいい」があてにならないのを知っているので、M下君には年齢だけを伝えておいた。
出発当日、女の子のリクエストでバーベキューの準備をしたM下君を拾ってから、K藤の家に2人を迎えに行く。
僕の車は「街の小さくてオシャレなレストラン」という意味の名がついた軽自動車だ。
K藤が乗るとせまいだろうなぁと思ってたが、その分新入社員の娘(名前はT田というらしい)が小さくてホッとした。
K藤と並ぶと、遠くにいるんじゃないかと思えるほど小さい。
女子校の出身で、あまり男性と話した事がないようで、とてもおとなしい。
やはりK藤の話は大げさで、ルックスだけなら「すごいかわいい子」というほどではなく普通だ。
僕の持つイメージに反して、ショートカットなのにおとなしい。声やしゃべり方、雰囲気など総合するとかわいい娘だと思う。
助手席のM下君はT田さんが乗って来てから、ずっとニコニコしている。
T田さんはK藤に非常に懐いているようで、今日もK藤に誘われたのが嬉しかったから来たみたいだ。
僕たちは、K藤がT田さんの事をTっちと呼ぶので、それにならうことにした。
目的のK川の河川敷までは、高速を使わずに一時間ほどだ。
途中で肉やビールなどを買い、到着したのは3時すぎだった。
M下君は到着する前から、助手席でチューハイを飲んでいたので、1人だけテンションが高い。
珍しく天気予報も当たり、少し曇ってきた。今日は僕はお酒も飲めないので、早く始めて、早く食べて早く帰るのが一番だ。
「M下君、早く準備しちゃいましょうよ」
少しM下君のテンションがめんどくさくなってる。
「はーい!めっちゃ楽しみっすよね?すっげえ、腹減りましたよ!」
と、ニコニコしながらM下君が用意し始めたのは、まさかの卓上コンロだ。
「なっ、鍋すんの!?鍋奉行かよ!!」驚愕する僕。
「ホントに…!?」絶句するK藤。
大爆笑するTっち。
「いやいや、別にこれでもできますって!」僕らの反応に少し焦り始めたM下君。
しかもこの男は、いつも使っている卓上コンロと網と、割りばししか持って来ていない…。
こんないいかげんな男に、準備を任せたのがいけなかった…。トランクに積んだカバンが小さいとは思ってたんだけど…。
あっという間にガスボンベをセットして準備が終わり、肉を焼き始めるM下君。
「バーベキューなんて、どこで誰と食べるかで味が決まるんですから!」
と、曇り空の下で、冷めた目を向ける男女と笑いをこらえきれない女の子と一緒の人間が、地べたにコンロを置いて肉を焼く背中を見てたら、少しかわいそうになってきた。
あー、悪気はないんだろうなぁ。この子は少し頭が弱いだけなんだ…。
M下君が必死で頑張るも、肉と火の距離が近すぎるためにすぐに焦げるし、網から剥がれない。
「あれっ?おかしいっすね?」などと言いながら、奮発して買った霜降り肉をどんどんダメにしていくM下君。
おのれの脂で、炎上する霜降りカルビ。
「これ、焼いてんじゃなくて、燃やしてるんですよね…」確認する僕。
M下君を見て、ずっと笑ってるTっち。
「でも、タレをたくさんつければ食べれないことはないよ」と、次から次へと燃えた肉を食べるK藤。
涼しくなってきて、後ろの遊歩道にも人が増えてきた。はっきり言って、恥ずかしい。
これで、近くで本格的にバーベキューが始まったらどうしよう?
向こうが嫌がって、笑いながら離れてくれるだろうか?
Tっちとそんな事を話してたら、コンロまで脂まみれになってきて、もう目もあてられない状況だ。
「ちょっと腰が痛くなってきたんで、ボンネットの上でやっていいっすか?」
「良いわけがないっすよね?」
これ以上、肉をムダにする前に終わることにした。被害は2パックだ。
帰りの車の中では、K藤が「こんなんだったら、お母さんと買い物に行ってれば良かったなぁ…」と深いため息をついてる。
「晩飯おごりますよ!焼き肉どうっすか?焼き肉!」
「また肉ぅ?」って言うK藤の顔はにやけている。
「でも、さっきのお肉代も出してもらったのに良いんですか?」
バーベキューみたいなことをしてから、Tっちはすっかり打ち解けたようだ。
たまにクスクスと思い出し笑いをしていた。
僕は、洗わずにゴミ袋に入れただけの焦げたコンロと網の匂いが、車中に残らないか心配だった。
美味しそうな焼き肉屋を探しつつ、車を走らせていると6時ぐらいになり、だいぶ外も暗くなってきた。
なかなか良さげな焼き肉屋も見つからないし、ドリンクホルダーにビールを置いてる助手席のM下君の無神経さにイライラしてくる。
「もう疲れたし、次にある店にする!」ドライバー権限で決定。
すると、あっさりとファミレスが見つかる。
「あっ、うどんとかあるかな?」とTっち。
「私、しょうが焼き食べたい!」2人とも腹ペコのようだ。
席に着いて、少しすると、注文を聞きに来た。
「わたし、ハンバーグ定食で…」Tっちが一瞬で心変わりしている。
K藤はしょうが焼き定食とみそラーメンを。僕はサンドイッチで、M下君はポテトとビールだ。
M下君は完全にTっちが気に入ったのか、口を半開きにして見とれている。
Tっちは、視線に気づいて照れていれのか、窓から外ばかりチラチラ見てる。
僕はどうせダメだろうけど、暖かく見守ってあげようと思ったが、振られて愚痴をこぼしながらやけ酒を飲むM下君を見るのも楽しみにしていた。
結局Tっちはハンバーグ定食を残した。
遅くなったので、Tっちを家まで送り届ける。
「ねぇねぇ、M下君。Tっちかわいかったでしょ?」オバサンみたいに、身を乗り出してK藤が聞く。
「あー、そうっすねえ…。」
「ファミレスですっごい見てなかった?」K藤もすっごいワクワクした目でM下君を見てる。
笑ってごまかすM下君。
「じゃ、今日はごちそうさま。Y内お疲れ!」
K藤が降りた後、M下君がすぐにしゃべりだした。
「Y内さん、あの子すごいっすよ!」
何の話かわからない…。卓上コンロでバーベキューに行く君も十分にスゴいと思うけど。
「窓っすよ!窓!」
「窓?」
「僕たちが飯食ってる間、窓に男の子が張りついて、ずっとあの子の事見てたんです」
「確かに、店の前の横断歩道にジュースとかお供えしてあったけど…」
「たぶん、男の子に気づいて、うどんからハンバーグ定食にしたんですよ…。」
「……じゃあ、わざと残したんですか?」
「たぶん…、何かの供養になると思ったじゃないですかね?」
「んー、でもたまたまじゃないっすか?僕みたいに見えてないんじゃ…」
「いや、絶対に見えてますよ。窓の外をたまに見てたんですけど、毎回、あの男の子に視線がいってましたから。いやぁ、あれだけ顔色一つ変えずにいられるなんて、外見からは想像できないっすよ。」
M下君はいろんな意味で、Tっちに興味を持ったようだった。
2日後の出勤日、普段は自転車通勤なのだが、雨だったので車で行くことにした。
M下君が忘れていった、霜降りカルビが悪臭を放っていた…。
怖い話投稿:ホラーテラー Y内さん
作者怖話