私は五階建てのマンションの四階に住んでいる。他の住人とはあまり付き合いはないし顔も覚えないが、近頃妙に目につく女がいた。
余程好きな色なのか彼女はいつも黒い服を着ている。そして無愛想だ。最初は同じマンションに住む誼みで挨拶をしていたが、無視される上に、睨めつけるような視線を返されるので声を掛けるのはやめた。
エレベーターで一緒になる事もあったが、他の人間には目もくれず、決まって私だけをじっと見ている。怪訝そうな顔を向けても目を逸らさず、私が降りるまで見続けるのだ。
気味が悪いしストレスもたまるので、会社の同僚に愚痴っぽく話してみると、女はつまらない事で反目するからね。気がつかないうちに相手の怒りを買ったんじゃない?と言われた。そんな勝手な……と思いつつ、度々出くわすのが気に入らないんだろうか、それとも声を掛けた事自体いけなかったんだろうかとか考えた。何であれ理不尽だ。
そして週末、私はいつもより遅くマンションに戻った。丁度スーツ姿の女性がエレベーターに乗り込む所だった。一緒に乗せて貰おうと思い声を掛けようとしたが、背後からけたたましいヒールの音を響かせ、黒い塊が私を追い抜いて行った。あの女だった。スーツの女性に続いてエレベーターに飛び込むと、さっさと扉を閉めてしまった。扉が閉まる瞬間、まるで確かめる様に隙間から私を見た。
どう考えてもわざとだ!
何て子供じみた意地悪なんだろう。私は腹が立ち、いても立ってもいられず、勢いで横の階段を上りはじめた。エレベーターなんて待っていられなかった。
三階に差し掛かる踊り場近くまで来ると、上の階からカツカツと靴音が聞こえてきた。見ればあの女が、両手をポケットに入れて下りてくるではないか。
どうして今上がったばかりなのに下りてくるのか?
唖然としている私を一瞥すると、女はニヤリとしてすれ違った。いつも自分が先に降りるから、てっきり女は最上階の住人だと思っていたが、実は階下に住んでいたのではないか?自分に嫌がらせをする為に、わざわざ最上階まで行き、それを悟られぬよう念の為階段を使って帰っていたとしたら?そう考えると一層腹立たしく、少しでも早くあの女から離れたくて二段飛びで駆け上がった。
翌日、休日の惰眠をむさぼっていると警察にチャイムを鳴らされた。
初老の刑事は警察手帳を見せながら、昨夜エレベーター内で殺人事件が起きた事を話した。被害者は五階に住む女性で、犯人はその足で自首してきたので解決しているが、一応確認の為だと一枚の写真を見せられた。何となく予感はしていたがそれはあの女だった。聞けばこのマンションの住人ではなく、滅多に戻らぬ生活をしていた被害者を待伏せる為、頻繁に出入りしていたと云う。
「夕べ会ったのはこの女でしたか?」
「はい。よく見掛けていたので間違いありません」
では昨日会った時、人を殺してきた直後だったのか。返り血を浴びていたとしても全身黒ずくめだったから気づかなかったろう。自分が殺されていたかもしれないと思ったら、急にぞくっとして、私は自分の肩を両腕で抱きしめて震えた。そんな私を見て刑事は黙っていようと思いましたがとぽつりと言った。
「あなたは死んだ妹によく似ていたから、親しみを感じたそうですよ。昨晩も他の人間が乗ってきても決行するつもりでいたが、あなたが乗ろうとしていた。修羅場に巻き込みたくなくて慌てて先に乗り、あなたを締め出したと言ってました。」
女は恐ろしい罪を犯す為にマンションに通っていたが、私に会うのが楽しみになっていたらしい。
「それでも下で待っているあなたが、第一発見者になるのは間違いない。死ぬほど驚かせるかもしれないと思うと申し訳なかったが、意外にもあなたがエレベーターを利用せず、階段を使って上がってきたのでほっとしたそうです」
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話