シャン…シャン…シャン…
また、あの音がする。
僕はベッドから起き上がる。
午前3時。いつも通りだ。
コートを羽織り、部屋の外に出る。
「行列」は、僕のアパートの横を、
静かに通り過ぎていく途中だ。
その最後尾に、僕はゆっくりと合流する。
これもいつも通りだ。
「行列」には、様々な人が並んでいる。
半白髪のお年寄り、眼鏡をかけたサラリーマン、
僕と同じ年頃の女の子もいる。
彼らはひたすら、前の人々についていく。
同じ歩調、同じ歩幅、同じ速さで、
黙々と行進していく。
勿論、最後尾の僕も例外ではない。
「行列」の一番前には、「案内人」がいる。
この「案内人」は、どうも僕らとは異なった存在であるようだ。
早い話が、「人間じゃない」ってこと。
「彼女」はまず、恐ろしく背が高い。
2m以上はあるだろう。
当然手足も長いが、その先端は、
異様なほど先細りしている。
糸の様に細い四肢には、指も無い。
だから「大きい」というよりも、
「細長い」という表現がぴったり来る。
白い袈裟を着ているが、肌も負けないほど白い。
空気も凍りつくような、こんな冬の夜には、
白を通り過ぎて透き通っているようにも見えてくる。
黒くて長い髪に映える。
体は仄かに青白く光り、それが「行列」全体を薄く包んでいる。
顔も白くて長い。
でもその顔には、目も鼻も口もない。
目と口のあるべき部分には、楕円型の僅かな凹みがある。
凹みの中には、穴が多数開いている。
そして右手には、杖を持っている。
杖の先は円形で、錫仗に似ているが、
鈴がたくさん付いている。
歩く度に、シャン、シャンと音がする。
僕らはそんな「案内人」に連れられて、1週間に1回、
この街を1周するのだ。
深夜の街はどこまでも静かで、僕らの靴音と、
「案内人」の鈴の音だけが周囲に谺する。
通行人には出逢わない。
家の前を通ると、家の影から誰かがこっそり出てきて、
「行列」に加わるくらい。
あとは時々、野良犬や野良猫が、
こちらを不思議そうに見つめるだけだ。
「行列」は、いつも街のはずれの、
古びた無人駅までやってくる。
時計を見る。午前6時。
そろそろだ。
駅舎に入ると、朝日が昇るのが見えた。
白い光が、青白い「行列」全体を照らし出していく。
その光と共に、「案内人」は空中に霧散する。
これで今週の「行列」は終わりだ。
「行列」はたちまち崩れ、
それぞれの生活に帰って行く。
この時、僕らは皆、不思議な感覚の中にいる。
それは例えるなら、今までそれと思っていたものが、
実はまったく違うものであると急に気づいた時のような。
さっきまで自分が通ってきた道なのに、
一皮剥けば全然違う場所のような。
しかし、それは不思議でもなんでもないのだ。
実際に僕らは、違う「街」に来ているのだから。
「案内人」に連れられ、街の入り口である廃駅に来て、
再び「街」に入った時点で、それは僕らの住んでいた「街」とは、
少し異なった「世界」なのだ。
だから皆、行列を離れると、不安と期待の入り混じった、
なんともいえない表情を浮かべながら、家路を急ぐ。
「街」と、そこでの自分のありようの変化を楽しむものもあれば、
失った家族が生きている「街」を望むものもいる。
望みが叶わなかったり、意に沿わない「街」であった場合は、
1週間後にまた「行列」に参加すればいいのだ。
しかし勿論、違う「街」に行くためには、
リスクが伴う。
1つは、この「行列」には、参加した以上、
絶対についていかなくてはいけない、ということだ。
「行列」の途中で列から外れたり、歩けなくなったりしても、
「案内人」は待ってくれない。
「行列」を包む青白い光から、全身が抜けたとたん、
その人は闇に喰われる。
周囲を覆う闇は、「行列」に並んでいる人々を、
貪欲に狙っている。
最後尾の人には、後ろから奇声が聞こえることもある。
闇に喰われると、どうなるかは分からない。
しかし恐らく、どちらの「街」にも行けないのだろう。
もう1つは、「行列」の順番に気をつけなくてはいけない、
ということだ。
スリルや望みを求めて、何度も「行列」に参加しているうちに、
気がつけば随分と、前の位置に並んでいる。
それでも参加し続けると、
いつの間にやら最前列を歩く破目になる。
つまり、「案内人」になってしまうのだ。
だから僕が今参加しているこの「行列」の「案内人」も、
僕が知る限り2人目なのだ。
僕が始めて参加した時は、目の横に大きな黒い点(黒子だろう)を持つ「案内人」だった。
その後ろには、黒くて長い髪の女の子が歩いていた。
だから今の「案内人」は「彼女」なのだ。
きっと「彼女」は、望みの「街」に行けなかったんだろう。
もし今日の深夜、外から静かな鈴の音が聞こえたら、
きっとそれは僕らの「行列」だろう。
大丈夫。リスクにさえ気をつければ、
この「行列」は、ちっとも怖いものなんかじゃない。
むしろ君を、今の「街」から救い出してくれるかもしれないんだから。
ほら、遠慮は要らない。
最後尾は、常に次の人を待っているよ。
望みを叶えたい人を。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話