「どうもあそこのトンネルは何か出るらしい」
そんな噂を、僕は今年も何度か耳にした。
隣町にある○○トンネル。
そうは言っても、僕は心霊の類を信じる方ではないし、怖がる方でもないから、あまり興味は無い。
しかし、トンネルに関する幽霊の噂は絶える気配がなく、何年も前から夏場になると決まって、同じような話を聞かされるのが恒例となっていた。
「おい、谷川。あそこのトンネル、また出たらしいぜー。この前、A組の白石とかが何人かで行ったらしいんだけど、やっぱり出たんだって」
今年何度目かにそんなトンネルの怪談話をしてきたのは、同じクラスの田中だった。
田中はさもビッグニュースであるかのように、息巻いて話しかけてきた。
「出たって、何が?」
返ってくる答えは分かっていたが、僕は義理で話に乗ってやった。
「決まってるだろ、幽霊だよ! 出たんだよ。やっぱりあそこいるんだよ!」
やっぱりその話か。僕は拍子抜けしながらも話を続けた。
「馬鹿馬鹿しい。白石ってあの頭悪そうな奴だろ。嘘つきで有名だろ」
「嘘つき? そんな話聞いたことねぇよ!他にも一緒に行った奴いるんだぜ。みんな見たって言ってるんだよ!」
田中はあくまで白石の話を信じているらしい。
「そんなの馬鹿の作り話に決まってるだろ。馬鹿に限ってそういう話よく作るんだ」
「……」
僕の返答に対し、田中は急にうつむき静かになった。
あまりにも愛想なくボロクソに言い過ぎたか、もっと興味深げに話に乗るべきだったか、僕は少し反省した。
「そうだ!」
しょげているかと思っていた田中の力強い声に、僕は少し動揺した。
田中は下を向いたまま、不敵な笑みを浮かべた。
そして顔を上げて僕の目を見ると、生き生きとこう話した。
「行こうぜ、俺らも。幽霊見ようぜ」
その思ってもみなかった馬鹿げたセリフに、僕は呆れ果てた。
こいつは人の話を聞いていなかったのか。
これだけ否定したのに、まだ幽霊の存在を信じて疑わないのか。
田中はキラキラとした純粋な眼差しをこちらに向けていた。
「あ、ああ」
僕はそう返事した。
断れる状況ではなかった。
強いて断らなかった理由を挙げるとすれば、純粋な少年の夢を、打ち砕きたくはなかった。
週末の夜、僕らは懐中電灯を片手に集まった。
2人では心細いという田中の気持ちに配慮して、各々何人かに声を掛けた。
結局集まったのは5人だ。
僕と田中以外には、僕らの共通の友人である同じクラスの伊藤と、残りは田中のプロレスファン仲間の石田と山本だった。
伊藤は僕に誘われて半ば無理やり連れて来られたような形だったが、石田と山本は乗り気で参加しているようで、初めから少し浮かれていた。
「おい。大丈夫なんだろうな」
集合場所の駅から歩いてトンネルへ向かう途中、僕と田中の後ろを歩いていた伊藤が言った。
無理やり連れて来られたことに怒っているのか、仏頂面でテンションが低い。
「何がだよ?」
田中が黙っていたので、僕が答えた。
「幽霊に決まってるだろ。まさか本当に出るんじゃないよな?」
「幽霊なんているわけないだろ」
僕は素直にそう答えながら、伊藤の様子を見て、伊藤がビビッていることに気がついた。
これはこいつを怖がらせてからかう絶好のチャンスだ。
隣を歩いていた田中もそれを察知したのか、
「いや、出るって。マジ出るらしいよ……」
と、深刻そうに呟いた。
それを聞いてすかさず僕も、
「まあ、可能性はゼロでは無いかもな……」
と、話を合わせた。
しかし誤算だったのは、それ以降、伊藤が無口になってしまったことだ。
幾ら話しかけても、幽霊の存在を否定しても無駄だった。
伊藤の怯える様子を楽しもうと思っていたのに、これでは面白みがない。
僕は仕方なく田中と2人で歩き、田中の友達の石田と山本は、じゃれ合いながら後ろを歩いた。
伊藤は最後尾でゆっくりとついて来た。
トンネルは思ったよりも不気味だった。
元々ここら一帯は山を削って出来たようで、目の前にはその残りと思われる丘があり、丘の表面には木々が鬱蒼と生い茂っている。
丘の中央にはポッカリと穴が口を開けていて、それが僕らが今入ろうとしているトンネルだ。
それ程長い距離ではなかったはずだが、暗いせいか反対側は全く見えなかった。
トンネル内に電灯は一つも無いらしく、手前にある申しわけ程度の外灯と、この懐中電灯が無ければ、一帯は全くの暗闇となる。
いつの間にか誰もが無口になっていた。
元々黙り込んでいた伊藤以外の、お調子者らしい石田と山本でさえ、一言も話さずに立ち尽くしていた。
「それじゃ、行こうか」
自分で言って驚いた。
幽霊なんて信じない、そういうキャラが染み付いていたのか、僕はまだ自分でも心の準備ができていなかったのに、自然と思わぬことが口に出てしまった。
「お、おい。待てよ」
田中が後ろから声を掛けた。
どうやら「幽霊信じないキャラ」は体にも染み付いていたらしく、僕の足は勝手に前へ前へと動き出した。
その足は止まらず、僕を先頭に、5人は闇の中へと入って行った。
トンネルの中は意外と騒々しかった。
ゴオォ、ゴオォと、空気の流れが反響していた。
4人分の足音と息遣いが、後ろから聞こえていた。
誰もがただひたすらに歩き、一言も言葉を発しなかった。
皆が足元を照らし、下を見ながら歩いているようだった。
誰も後ろを振り向かず、前を照らすこともなく、ただこの闇を抜けるのを、足元を見ながらじっと耐えているように思われた。
「うわ!」
トンネルもほぼ中央に差し掛かった所で、突然、田中の声らしい奇声が響き渡った。
僕は思わず逃げようと、2、3歩、小走りで走った。
すぐに我に返り、後ろに振り向いてライトを照らす。
そこでは、田中が不敵な笑みを浮かべていた。
「谷川、怖いか?」
「ば、馬鹿言え」
僕はすぐに否定したが、その心は見透かされているようであった。
田中の後ろで石田と山本も、馬鹿にしたようにニヤニヤと笑っていた。
僕はもう一言何か言い返したかったが、何も言葉が思いつかなかった。
そのまま前に向き直り、また同じように歩き出した。
5人はまた無口になった。
僕は恥ずかしさもあってか、初めよりも足取りを速めていた。
後ろの4人も僕のペースに合わせて、ついて来ているようであった。
いつの間にか風の音は聞こえなくなり、暗闇に足音のみが響き渡っていた。
僕は無意識に更にスピードを速めていった。
しばらくして、僕以外の足音が聞こえないのに気が付き、急に不安になった。
後ろをライトで照らして確認したいが、また馬鹿にされる恐れがある。
僕は足取りを遅めて静かに歩き、歩調を変えることで、他の奴らの足音を聞き取ろうとした。
少し後ろに離れたところで足音はちゃんと聞こえた。
しかしよく聞くと、その足音は少し慌ただしいようであった。
その音が大きくなるにつれ、彼らが走っていることに気が付いた。
「おい、出たぞ!」
田中は僕を追い抜く際、そう叫んだ。
僕は一瞬唖然とし、同じく横を通り抜けた石田と山本の姿を見て、無我夢中で後を追った。
しばらくしてトンネルの出口が見えた。
トンネルを抜けても、僕らは必死に走り続け、その先の外灯のある所で止まった。
「お、おい……。何があったんだよ……」
息も絶え絶えに、田中に問いかけた。
田中は僕に目を合わせ、呼吸を整えてから、こう話した。
「お前が、先行っちゃっただろ……。だから俺らで話して、少し急いで追いかけようって……。そしたら、そん時見たんだよ……。俺ら3人以外に……」
3人以外、僕はそう聞いてハッとした。
先ほどから伊藤がいない。
「マジで怖かったよなー。あれ男だったろ。俺らと同じくらいの……」
石田がそう話した。
「あー、ゼッテーそう……。同じくらい。超キモかったよー」
山本もそう言った。
その時、僕はトンネルの方からゆっくりと近づいてくる、伊藤の存在に気が付いた。
「キモくなんかねぇよ」
僕は伊藤の方を見て、そう呟いた。
夢から覚めたかのようだった。
伊藤が3年前に事故で亡くなったのを、今になって思い出した。
怖い話投稿:ホラーテラー オオカミ少年さん
作者怖話