私は目の前に広がる湖面を見やり、これまでの人生を今一度振り返ってみる。
しかし胸に去来するのは後悔のみであった。
「イモリとヤモリの違い、知ってる?」
誰かの声が聞こえる。
僕は以前、静岡県大井川の山奥、とても小さな村に住んでいました。
昔は単なる集落で、下流の町に水害が起こることを防ぐ、治水の為に町の人が交代で寝起きする場所だったそうです。
集落のリーダーは川守(カワモリ)
その下に、町の人の面倒を見る世話人がいて家守(イエモリ)
川から生活用水を引いて管理する人が井戸守(イドモリ)
と呼ばれていたそうです。
僕の家は村の一番表にあり、親友のアキラちゃんの家は一番裏にありました。
僕は家守の筋、アキラちゃんは井戸守の筋だったのです。
そんな家系なので仕来たりやらが大変厳しく、幼いころから制約ばかりで辛い思いをしてきました。
それはアキラちゃんも同様で、僕たちは知り合うとすぐに仲良くなりました。
遊び場は大体決まっていて、僕の家の裏にある広場か、アキラちゃんの家の近くにある池で遊んでいました。
何故ならどちらにも立派な祠があり、それぞれに安全祈願?の御守りのようなものが祀られていて、なぜかとても気になったからです。
その御守りは必ず一日おきに互いを交換しなければなりません。
見た目はけっこう大きく、薄く斑模様を彫ったアルミの弁当箱に白い針金を十字に巻いたような、ヘンな物でした。
御守りを運ぶおじいちゃんによく、
「開けるなよ!」
と言われました。
僕とアキラちゃんは町にある高校に進学し、将来について語り合うようになりました。
しかし僕たちは仕来たりに従って、家を継がなければなりません。
それが嫌で、僕たちはとうとう家出を決行しました。
二つの御守りを持って。
仕来たりやらシガラミはみんな無くなればいい。
おじいちゃん ごめんね
何時間経ったのでしょうか。
いつの間にか僕たちは、街にあるホームセンターの駐車場にいました。
お店でペンチを手に入れ、まるで何かに取り憑かれたように必死で二つの御守りを壊すことに夢中になる二人。
それはなかなか頑丈なものでしたが、なんとか一つだけ中身を取り出すことができました。
中には白い砂がぎっしりと詰まっていて、黒光りしている 飴玉 のようなものがたった一粒納められていたのです。
僕は突然我に帰ったように冷静になりました。
ふと、アキラちゃんを見るとなんだか様子がおかしい……
時折、口を金魚のようにパクパクさせながら、首を左右に ゆ っくり と彷徨わせています。
「ア、 アキラちゃん?」
僕が声を発するのとほぼ同時に、アキラちゃんは 黒い飴玉 を口に含み、そして飲み込みました。
少し 微 笑 ん で
目の 前 が暗 くなる視界が 歪 む
「やっと見つけたぞ!オラ!」
声 がトオ クデ キ コエ ル
気がつくと、村の集会場で横になっていました。
僕の傍らには川守である、タケルさんが座っていました。
「お前の家族は全滅した。お前を護ろうとして全員死んだよ。家守の者としてけじめをつけてくれ。」
意味ガワカラナイ 理解デキナイ
差し出された 白い飴玉 部屋の隅には封を解かれた御守り
僕の視線の先に何があるか気づき、タケルさんが口を開きます。
「あれは御守りなんかじゃない。イモリとヤモリだよ。お前ら筋の者は身体を捧げなければならない。今回の事はお前らのせいじゃない。多分、この村は近い将来消える。イモリとヤモリは外に出たかったんだろう。お前とアキラのように。」
混乱する頭の中で、おじいちゃんの声が聞こえたような気がしました。
「開けるなよ!」
おじいちゃん ごめんね
そして僕は差し出された 白い飴玉 を飲み込みました。
僕はアキラちゃんが 黒い飴玉 を飲み込んだ時のように少し微笑んでから、タケルさんを べました
タケルさんは覚悟していたようでした
集会場を飛び出し、村の人たちを手当たり次第に べました
不思議とお腹はいっぱいになりません
小さな村なので数時間で人気が無くなりましたが、池のほうに気配を感じ歩いていくと、そこにはアキラちゃんが どす黒い赤 に染まって佇んでいました
僕は声をかけようとしましたが、声が出ません
アキラちゃんは僕に気づきニコリと頬を綻ばせました
僕はうまく笑えませんでした
そして、お互いの身体を
倒れたアキラちゃんの耳から何かがするりと出ていくのが見えたような気がします
そして 僕の耳からも
僕の身体が横たわっている
僕は森へ
アキラちゃんは池へ
苦痛、悶絶、その後私は誰のものとも知れない記憶(夢?)に暫く脳内を支配されていた。
家族 悲哀 怨念 運命
どれもうまく当てはまらない。
しかし、山奥のダム湖に身を投げた私にはどうでもよいことであった。
湖底にうっすらと村が見えた気がした。
終
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話