長編12
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老婆、

読みにくいかもしれませんがよろしくお願いします。

東京の自宅に戻る上りの新幹線の中で、私は、昨晩から今日にかけての 出来事を思い返し、憂鬱になっていた。ハンドバッグから、ベッコウの髪留を取り出し暫く見つめていると、涙が溢れ止まらなくなった。

幼馴染で親友でもあったトモに最後のお別れをするために、とある海沿いの小さな温泉町に行っていた。私にとってもその町は故郷だ。髪留めをくれた、 トモのお母さんの言葉を思い出した。

「トモちゃんとずっと仲良くしてくれてありがとう。あの子は、サトちゃんが いるから、仕事は大変だけど東京の生活にも耐えられるって、いつも・・・」

トモのお母さんは、涙でそれ以上言葉を続けることができなかった。

最後に、この髪留を差し出して、私に告げた。

「お友達には、あの子の遺品をあげているの。これは、あの子が最後の日に身に着けていたもの。是非、サトちゃんに持っていて欲しいから・・・。」

ふと、最後にトモと会った晩の光景が浮かんだ。深刻な顔で、彼女が、 泣きながら私にしがみついていた・・・。翌日、彼女は遺体で見つかった。

トモの死には謎が多い。自室で発見された彼女の遺体は、体中の水分を失い、まるで何年も太陽に照らされていたかの様に、衰弱し、干からびていた。

窓の外は、いつの間にか雷雨になっている。暗闇に一筋の稲妻が走った。

トモは、亡くなる1ヶ月前に帰省していた。彼女は小学校の時に温泉町に 引っ越してきたが、すぐに彼女の父親が他界した。トモの母と父の実家とは 折り合いが会わず、父親の遺骨は分納されたと聞かされたことがある。

私は、そのとき父親の墓参りに行ったというトモの話しを思い出した。

「お父さんのお墓にいってね、お父さんに仕事とか恋人のことを報告したわ。 で、不意に気が付いたの。墓石をはさんで向こう側に、婆さんがみえたの。 お盆で他にも人はいたけれど、気になったのは、その婆さんが私の方を じぃっと見つめてた事よ。」私の部屋に休息に来たトモは、小さな巾着袋を取り出しながら、話を続ける。「私と目が会うと、すぐにかがんで、お墓の前で、ブツブツと呟いていたわ。」トモは袋の紐を解き、中をまさぐる。

「恐怖雑誌の編集なんてやってるからかしら。職業柄ね、ピンときたのよ。」

得意げに言った彼女は、沢山の白い破片とアン肝の干物のようなものを、 袋から取り出し、机に広げた。「私は婆さんに話かけたの。綺麗な髪留めを手で押さえ、婆さん、ブツブツ言いながら私の顔を見上げたわ。どこかで見た顔だと思ったら、クラの婆さん。知ってるでしょ?三つ上のクラタよ。

彼のお通夜で会ったわ。」トモが語る。私が怪訝な顔で、机の上の物に手を触れようとするが、彼女は私の手を掴み、話を続けた。「挨拶をしてお別れしけど、何か引っかかったのよね。私の名刺を渡しておいたわ。」

窓を眺め、私は一息つく。気が付けば外は雨になっていた。

新幹線の車窓に雨が滴る。私は静かに目を閉じた。死の前日、必死で私にすがりついたトモは、耳元で何かを囁いた。彼女の手を握り、頷く私・・。

「分かってたよ。トモ。・・・」私は、再び一ヶ月前のトモの話を思い返した。

トモは興奮していた。「その日の夜遅く私の家に来たのよ。あの婆さんが!

私、思わず「ビンゴ!!」って叫んじゃったわ。」タバコを取出し火をつけて、「婆さんは暫く黙っていたけど、意を決し、私に語り始めたの。」トモは続けた。

トモによれば、老婆の話は次のようなものだった。老婆は、トモを心霊等の専門家と思って訪ねてきた。有名な霊能者を紹介して欲しいと、頼みに来た。

「わしの一族は、代々この呪いを受け継いできたんよ。」老婆は言った。「けんど、一族の者は皆死に絶え、もう引継先がないんよ。呪いを引き継ぐのが私んトコの使命だんべの、途方にくれとったんよ。」老婆は、小さな巾着袋を取り出した。

「もう何日も残っとらんのよ!わしの、すぐ近くまで来とる!」取り乱す老婆をトモは落ち着かせ、詳しく話を聞きたいと申し出た。老婆は、呪の内容について語り始めた。「明治時代の初めだったんよ。この集落の浜辺に大きな黒い二枚貝が流れついての、漁師共がすぐに貝を開いたんよ。食おうと思ったんかの・・・。」

老婆は、お茶をすすって一息ついた。トモには、海の音が異様にはっきり聞こえた

そうだ。まるで、家が海の上を漂っているかのように・・・。

老婆が話を続ける。「二枚貝の中から一枚の紙切れが出てきたんよ。ほら、神社の裏に祀ってあんべ?」トモは、小学生の頃遊んだ神社の裏手にある、一枚の額縁を

思い出した。「シノビガタキコノカワキ ウツセニタスクモノナシ コノウエハジョウドニテ ミタサレントホッス」心霊マニアのトモは、暗記していたこの言葉を呟いた。「そんだ。んで、そいつが一緒に入ってたんだんべ?」老婆が袋を指差す。

「そりゃ、あれだ。砕かれた歯と、人間の舌の干物じゃ。」老婆の瞳が少し光った。

「どこから来たんか分からん。けんど、これが流れ着いてから集落のもんが次々と死んだべ?干からびての。きっと禍々しいもんに違いねぇと、わしのひぃ婆が色んな村に尋ねてまわったんよ。そんで、御崎郷の神主様がお払いしよったんよ。

その後は村人の死ぬ数がへったべ?けんど、完全に呪いを解くんは無理よっての。」

この昔話は、トモも聞いたことがあった。が、呪は解かれて終わる筈だった。

「んで、神主様がひぃ婆に命じんよ。一族で呪いを受け継ぐんさってな?ひぃ婆は呪いのことを色々聞きまわって、詳しかったで、その一族なら呪いを解く方法を

見つけるかも知れんべってな。呪いを拡散させんためには、生贄が歯の欠片と舌の干物を飲むんじゃって。歯の破片が全部無くなりゃ、それでもええってな。」

トモが袋を開けると、砕けた歯と舌の干物が入っていた。老婆が言った。「まだ、50個近くもあんべ?戦前は10年周期くらいじゃった。年老いたもんが、進んで引受けたんよ。けんど、戦後になって周期がどんどん早くなったんじゃ。仕舞にゃ、 毎年、引受人を選んどった。複数はあかんで、一個しか飲めんべ?わしは呪いを

調べとったで最後に残されたんよ。けんど、わしには引継先がないんよ。解呪の 法もわかっとらん。呪いは、わしが死んだら、また拡散すんべ?また沢山、 人が死ぬんじゃよぉ・・・。」トモは袋を預り、霊能者に渡すと約束したそうだ。

その数日後だった。老婆の干からびた遺体が見つかったのは。

「それがこれなのよ!」私は、トモが興奮を隠せずに言ったのをよく覚えている。

外では雷雨が激しさを増していた。雨粒が次々と現れては糸をひいて消えていく。

ぼんやり窓を眺めていると、車内販売のワゴンが映った。私は、顔色を変えた。

窓に映ったワゴンは、何かが違う。お菓子の代わりに積まれているのは・・・。

トモだ。トモの首、手、足がワゴンにバラバラに積まれていた。口から、紫色の 長い舌がだらりと垂れ下がっていた。私は「んぎぃっ!!」と大声を出し、座席から飛び跳ねた。ふと我に返った私は、自分に注がれた好奇の目に赤面し、とっさに、「あの、笹団子をください。」と販売員に告げた。

東京駅までは、まだまだ時間があった。私は、トモが死ぬ間際にかけてきた電話のことを思い出した。断末魔の悲鳴とともに途絶えたトモの声を。

「もしもし、サト?お願い聞いて!!これじゃ、これじゃぁ・・・・・」

絶叫が響いた。後には、電話の向こうでブツブツ呟く、しゃがれた声が聞こえた気がしたが、良く覚えていない。考えているうちに、私は眠ってしまった。

夢を見た。それは数日前の現実。私は、耳元で最後の願いを囁いたトモを強く抱きしめ、微笑んだ。大好きな中国茶を淹れた。白い破片と干物を煎じ、お茶と一緒に飲み込んだ。トモが涙を流し、繰り返した。「ゴメン・・。ゴメンね・・。」

私は、そっと彼女に口付けて言った。「一人で苦しんだんだね。」そして、トモの手を握り、囁いた。「分かってたよ。トモ。あの町に代々住む人は皆、知ってる。」

目が覚めた。私は呪いを受け継いでいる。残された時間は少ない。

 真夜中に、私は自分のベッドで目を覚ました。外では今夜も雨が降っている。

灯りもつけず、私は、妙に冷静な頭で思考をめぐらせた。私が生きている間に、呪いを受継ぐ人を探さなくてはならない。妹のネネとナナ。そして、父の姿が 頭に浮かんだ。母親は幼少に家を出て、その後会っていない。私は首を振った。

家族を生贄に選ぶなど、私にはとても考えられなかった。信頼できる友人を思い浮かべた。嫌いな人間を騙して飲ませようかと思った。だが、次の犠牲者を選ぶことなど、とてもできなかった。苦悩の中、悪魔が囁いた。「いっそ、呪いなんて拡散すればいい。私の死後何人死のうが、知ったことじゃない。」

呪いの影は、一歩ずつ私に近寄ってきていた。最初は、郵便受けだった。

幾つもの歯型の付いた封筒が入っていた。先週は、玄関のドアノブが変形し、そこに歯型が浮かんでいた。一昨日は、ベッドの木枠が噛み砕かれていた。

私は、寝汗でべたつく体を流すため、シャワーを浴びることにした。考えをまとめる助けになるかもしれないとも思った。服を脱ぎ、湿った浴室へ入る。

鏡に映った自分の姿を見つめた。「まだ生きている・・。生きている・・。」

思わず私の口をついた言葉に背筋が凍り、急いで髪を洗う。目を開けると、呪が私の顔を覗き込んでいる。そんな不気味な映像が浮かび、目を堅く閉じ、私は急いでシャワーを済ませた。脱衣所で、髪の毛を乾かした。その時だ。

鏡越しに何かが目に映った。脱衣所の入口から覗く、白く干からびた顔。

私は目を見開いた。口からは、だらりと垂れた紫色の長い舌が、私の背後へ

伸びてきている。私の絶叫が部屋に響いた。私はうずくまった・・・。

暫く後で目を開けた。顔はもうない。突然、声が耳に響いた。「コノカワキ  モウ スコシ・・・」。翌朝、私は実家へ向かった。 

実家に帰った。ネネとナナ、そして父が私を優しく迎えてくれた。親友を失くした私を心配し、励ましてくれた。「いつでも帰って来い。お前の一人や二人、いくらでも世話してやる。」いつもは寡黙な父が力強く言ってくれた。

「悩みあったら相談してね、彼氏のこととか、仕事の愚痴とか。」ネネとナナが私の背中をたたきながら笑った。結局、家族には、呪いのことは話せなかった。私は、呪いを拡散させる道を選んだ。もう、何も考えたくない。

私は部屋に戻り、荷物をまとめた。家族や友人一人一人に手紙を書いた。

手紙はポタポタと湿っていく。涙で文字も良く見えなかった。やがて、涙も枯れ果てた。私は、灯りを消してベッドに座り、静かにその時を待った・・。

外から、ズリズリと何かを引きずる音が聞こえ、私は思わず飛び跳ねた。

心臓が止まりかけた。そのまま止まってくれればいいのに。玄関の扉が開いた。

呪いが、私の部屋に入ってきた。その正体を見た私は、意外にも冷静になった。

ズルズルと長い舌を引きずり入ってくる白く乾いた顔。恐ろしく、愛しい顔。

「トモ・・・。」彼女はグルリと反転した目玉で私を見つけ、すぅっと私に近づき、紫色の長い舌を私の口に押し込んだ。立ったまま、石の様に固まった

私は、喉を通る長い舌の感触に身悶えした。私の体内で、その舌がポンプのように何かを吸い上げている。あっという間に力が抜けて、意識が薄らいだ。

絶望が、私を包んだ。お終いだ。これで呪いは拡散する。私の瞳に、最後に映ったのは、トモだった。私の水分を吸い取ったのだろう、彼女の顔は、元の張りのある艶を取り戻していた・・・。何も見えなくなった・・・。

トモの言葉が聞こえた。「サト。サトは正しい選択をしたよ。ありがとう。

呪にはもう、拡散する力はないよ。飲み込んだ人から人へと、ただ、受継がれるだけ。」私は安心し、深い眠りに沈んでいった。

私は、闇の中で眠りについていた。不意に、強烈な渇きを覚えた。急に、暗闇から引きずり出される。私の喉は張り付いて、一滴のつばも出ない。

私は、舌をたらし、喉を掻き毟って水を求めた。ふと、遠くに人間が見えた。

私は近くの木に噛み付いた。水分は吸えなかった。遠くに見える女。あそこへ行けば、水がもらえる・・・。数日後、私は女の家の入り口に立っていた。

女の姿が少し大きく見えた。また数日後、私は再び暗闇から引きずり出された。

やけ付いた喉が潰れそうだった。今日は、ついに、女の姿が大きく見える所まで近づいた。手を伸ばせば届きそうだ。だが、私の手は動かない・・。

「水をください」その一言を伝えたくて、私は、動く部分をとにかく彼女に近づけた。舌だけが動く。舌を長く伸ばし、必死に女に訴えた。だが、女は私を救おうとせず、悲鳴を上げて逃げ去った。私は再び闇に引き戻された。

「ドウシテ キヅイテクレナイノ コノカワキヲ イヤシタイ ダケナノニ」

私は、唯一動く舌で暗闇の中で必死に水を求めた。だが、希望は見えている。

「モウスグダ モウスグ ミズヲ モラウコトガ デキル」私は確信した。

苦しみの中に喜びの笑みを浮かべた。

ついにその日が来た。私は女のすぐ近くにいる。渇きを潤すことができる喜びが、私を支配した。怯えた女が、何か言っている。大粒の涙を流して。

「私、死体を見たときに気づいたの。」水分がもったいない。水を無駄にするこの女が私は許せない。「お父さんが、親戚を説得してくれたから。」私は、

水をもらう事を諦めた。水の大切さの分からぬこんな女に頼んでも仕方ない。

そうさ。奪い取ればいい・・・・・。  

薄暗い部屋。ざわつく風の音。怯える女。私は紫色の長い舌をのばし、女の口から体内に突っ込んだ。水分が、舌を伝って喉を潤す。永遠の渇きから解放される快感が、私の脳を支配した。存分に渇きを潤した。女が、床に崩れた。

突然、周囲がはっきりと見えた。見慣れた場所。実家。妹のネネの部屋。

見下ろすと、女が干からびて倒れている。女は、今正に枯れようとする喉でかすれた声を出した。「だい・じょぶ・。ナナも・おと・さんも・・のんだ・・から。呪は、私・たちで・・引き継ぐ・から・・の・ろいは・・拡散・させ・・ない・。町・・に・・うまれ・た・・ものの・・宿・・命。」

渇きから解放された私の目に、涙が一気に溢れた。「どうしてなの!!!」

私は、絶望に泣き叫んだ。そのとき、ナナと父が部屋に入ってきた。

ナナが干からびたネネの肢体にすがりつき、泣いた。「ネネ。ゴメンね。私も すぐに行くからね。寂しくさせないからね。」ナナは、ネネの干からびた口に

何度も水を含ませながら、優しく語りかけた。父も涙を堪え、拳を握った。

「次はオレが行くからな。サト、ネネ。親戚も説得したぞ。それに・・・。」

父の手には、あの巾着袋が握られていた・・・。

私は、理解した。家族が私の遺品を整理した時、袋を見つけ出したことを。

家族が、私同様、集落の呪いを知っていたことを。私の大切な家族は、トモの語った真実を知らない。正義感から、自ら進んで呪いの罠に捕らわれたのだ。

私は叫んだ。「呪は拡散しない!すぐに袋を捨てて!」しかし声は届かない。

私は巾着袋を取り上げようと、手を伸ばした。しかし、手も届かなかった。

絶望の中で、闇が私に手を伸ばしてきた。家族の姿が遠のく。泣き叫ぶ私を、暗闇が、再び引きずり戻していった・・・・・。

私は、目を覚ました。眩しい光が、私を包んでいた。ふと、暖かい手が、 私の手を握った。視線を上げると、その先には、トモが微笑んでいた。

「おかえり。また会えたね。サト。」トモは、両腕で私を抱きしめてくれた。

私は、涙が止まらなかった。100年の孤独から解放された気持ちだった。

「ゴメンね。そしてありがとう。」トモが言った。周囲に、お婆さんがいた。

ベッコウの髪留めが、老婆の頭を美しく飾っていた。老婆は、トモの部屋で 落としたベッコウの髪留めを大切そうに手でなでて、微笑んだ。よく見ると、クラタも。その姉も、親も、皆いる。私は、トモを抱き返し、囁いた。

「大丈夫。全部分かったよ・・・。トモ。」私は理解した。もうすぐ、皆、 ここへ来る。ネネもナナも、お父さんも。別れは一寸の間だけ。苦しみと恐怖を経て、最後にはここにたどり着く。自らを犠牲にし、呪いに対抗した者は、必ずここにたどり着く。

ふと、父の言葉を思い出した。「親戚も説得したぞ。それに・・・。」そう、父は言った。「それに、もう生贄選びに苦しむことはないぞ。歯も舌も、粉にする。町の食堂で、塩や胡椒に混ぜて誰かに食べてもらうから。10年もすれば全て終わるさ・・・。」私は少し不思議な胸騒ぎを覚えたが、考えがまとまらなかった。すぐに、そんなことは忘れてしまった。

自らの意思で犠牲にならなかったものは、永遠に渇きの中をさ迷い、新たな呪いを引き起こしていく・・・。だから、呪はこれからも続くだろう。しかし、

今の私にとっては、あちらの世界の呪いなんて、ちっぽけなことだった。

この場所で、私はみんなと過ごすことができるのだから。  

怖い話投稿:ホラーテラー おっさん  

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