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中編7
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お祝いの贈り物

ある町に結婚したばかりの若い新婚夫婦がいた。

小さいながらも愛に溢れた新居を構え、幸福と希望に満ちた新婚生活を送っていた。

披露宴は挙げなかったため、葉書で結婚を知った親戚や友人知人から、しばらくのあいだひっきりなしにお祝いの贈り物が届けられていた。

ある日、お祝いの送り主を確認するため、いつものように夫婦で品物を整理してしると、ひとつだけ送り主のわからない品があった。

運送会社の伝票も張り付いておらず、いつ届けられたのかさえもわからないものだった。

少し大きめの箱は綺麗に包装され、のし紙には達筆な筆文字で『祝』と書かれていた。

『どこのおっちょこちょいさんかしら?』

『きっと、中を開けてみればわかるさ』

包装をほどき箱を開けてみると、中から出てきたのは鳩時計だった。

『わぁ!なんて可愛いの!色もデザインもこの部屋にピッタリね』

箱の中身を確認したところで結局送り主はわからなかったが、鳩時計にすっかり一目惚れした妻は、そんなこともあまり気にしていない様子だった。

鳩時計は妻の希望で、さっそく部屋中を見渡せるリビングの壁に取り付けられることとなった。

新婚生活もまもなく一年を迎えようとしていたある日、妻が夫に言った。

『最近、体調が良くないの。近いうちに病院に行ってみるね』

そして、初めての結婚記念日を迎えたその日、妻は夫に妊娠がわかったことを報告した。

二重の喜びに包まれた夫婦は、これまでの人生で一番幸せなひとときを分かち合った。

しかし、次の日の朝、奇妙な出来事があった。

再び、送り主のわからないもの贈り物が、夫婦のもとに届いていたのだ。

のし紙には、達筆な筆遣いで書かれた『祝』の文字。

開けてみると、中から出てきたのは、可愛らしいマタニティーのワンピースだった。

『まだ両親にすら報告もしていないのに…。どうして?』

さすがに夫婦はそら恐ろしさを感じずにはいられなかった。

しかし、送り主のわからない贈り物は、その後も幾度となく夫婦のもとに届いた。

出産を控えたときにはまっさらな産着、出産後には新生児用のミトンや靴下、ハイハイを始めた頃には外出用のフリースの上着、歩きだした頃には帽子と靴が送られてきた。

贈り物が届くタイミングはいつも絶妙だった。

ちょうど必要になりそうなそのとき、見覚えのある箱が玄関先に置かれているのだった。

夫婦は相談の上、決めた。

『確かに気味が悪いが、変なものが送られてきているわけでもないし、しまっておくには邪魔、捨てるにはもったいない。デザインだってハッキリ言って僕や君の好みのものだ。割りきって、ありがたく使わせてもらおうじゃないか』

まもなく二人目の妊娠がわかり、一人目のときと同じように、送り主のわからない贈り物が次々に送られてきた。

そして、子どもの入園、入学、誕生日、端午の節句に七五三、そして夫の昇進や結婚記念日にも、毎年贈り物が届いた。

まるで、家族の生活が全てお見通しのように…。

気付けば、家の中のありとあらゆる場所で、あの贈り物が飾られ、しまわれ、活用されていた。

ある日曜日、子どもたちが通う小学校で、親子レクの行事があり、夫と子どもたちが外出していった。

夕方には帰ってくることになっていて、妻はいつものように炊事洗濯をこなしながら、ひとり留守番をしていた。

ちょうど3時になったとき、鳩時計が時刻を告げたが、電池が消耗していたのか、叫び声にも似た不気味な鳴き声を張り上げていた。

それを聞いた妻は妙な胸騒ぎを覚えた。

その瞬間、家の中の雰囲気が一変した。

『生臭い!何?』

その原因はすぐにわかった。

それはあまりにおぞましいものだった。

家中のいたるところから、ブジュブジュと血が吹き出しているのだ!

いや、正確にはそうではなかった。

血を吹き出しているのは、あの、祝いの品だった。

壁にかけてある鏡はボタボタと床に血を垂らし、半透明の衣装ケースは満杯になり、すでに外側に溢れかえっている。

子どものおもちゃやぬいぐるみも真っ赤に染まり、ゼンマイ仕掛けのサルのおもちゃは手も触れてないのに、狂ったようにシンバルを叩き鳴らしてした。

電気ポットは、完全に沸騰した血を、熱い蒸気や熱気とともに、注ぎ口から放出していた。

妻は悲鳴をあげながら、なんとか家の外へ出ようと駆け出した。

途中、血塗れの玄関マットに足を滑らせ、全身血まみれになりながらも、転がり落ちるようにして家の外へ這い出した。

妻は、我が家で何が起きているのか理解できず、頭の中で『これは悪い夢なんだ。いつかは覚めるはずよ』と、念仏のように自分に言い聞かせることしかできなかった。

そんな、茫然自失としている妻の耳に、聞き慣れたメロディが届いた。

ポケットにしまっていた妻の携帯電話だ。

急いで受話ボタンを押すと、仲の良いPTAの友人が慌てた様子で捲し立てた。

『子どもと旦那が大変なの!今すぐ病院に来てちょうだい!』

妻は虚ろな瞳のまま、靴も履かず、病院のある方へと駆け出した。

交通事故だった。

夫も二人の子どもも即死だった。

原因はトラックの信号無視。親子レクを終え、学校を出た矢先のことだった。

妻自身は携帯電話を受けたあとからの記憶はほとんどなかった。

ただ、あれほど血まみれになったはずの家も自分も、いつのまにか元通りになっていたことを不思議に感じたことだけは覚えていた。

妻はあの日を境に、なにもかもから現実感を感じられなくなっていたが、3人の葬式は周囲の人たちの助けによって無事に執り行われた。

それから何日経ったかわからない。

妻が気を落とした末に、自殺をするのではないかと心配して、はじめのうちは親戚の誰かが交代で家に来ていたが、親戚たちにも自分たちの生活に戻らなければならず、いつしか彼女ひとりの生活になっていった。

外出することはほとんどなかったが、ある日、玄関先で物音が聞こえたような気がして玄関を開けてみると、あの送り主のわからない贈り物がそっと置かれていた。

本来、彼女にとって不幸の源になったその贈り物は、恐怖の対象でしかなかったが、すでに自暴自棄になっていた彼女は、その贈り物を玄関の中に運び入れると、廊下にヘタリ込んだまま、ただ黙ってその贈り物を眺めていた。

そのときふと、彼女はある違和感を覚えた。

達筆な筆遣いで書かれていると思っていた『祝』の文字。

だが、それは違っていた。

『呪』

そう…これはそもそも、『祝いの贈り物』ではなく、『呪いの贈り物』であったのだ。

恐らくは、最初に送られてきた鳩時計のときから『呪』と書かれていたのであろう。

数えきれないほど、『呪いの贈り物』が届いていたにも関わらず、一度もそれに気付くことなく、自らその呪いを受け入れていたということだ。

そして今、この家には『呪いの贈り物』がギッシリと詰め込まれている。

人間の思い込みとは、かくも盲目的なのか。

彼女は薄ら笑いのような、薄ら泣きのような、なんとも言いがたい表情を浮かべることしかできなかった。

それからまたしばらくして、彼女は、『呪いの贈り物』からもうひとつの違和感を感じ取っていた。

『呪』の文字は筆で書かれているのは間違いないが、墨や墨汁とは違う何かが使われているようだった。

和紙に染み込んだそれを爪の先で削り落とし、鼻に近づける。

『血だ』

それは真っ黒に酸化した血液だった。

ポッポー、ポッポー、ポッポー

そのとき、不意に鳩時計が時刻を告げた。

『もう、夕方の5時くらいだろうか』

彼女は心の中で呟いたが、鳩はその回数を過ぎてもいっこうに鳴き止まない。

そしてなぜか、13回鳴き声を上げて沈黙した。

そのとき、彼女にある衝動が沸き上がってきた。

『箱の中身を確かめなきゃ』

なぜ、急にそんな衝動に駆られたのか彼女自身もわからない。

ただ、躍動するということを数週間ものあいだ忘れていた彼女の心は、その衝動を抑えることができなかっ。

包装をとくと、それは木箱だった。

いや、その材質は何か品格を備えているように感じられ、小さな棺と言った方が正しい。

そして、迷うことなく蓋を開けた。

そこには人のかたちをした小さな何かがあった。

赤ちゃんだった。

それは腐っているわけでもなければ、白骨化しているわけでもなかった。

そう、それはまさしく赤ちゃんのミイラだった。

彼女はふと、昔テレビか何かで見た、あることを思い出した。

人間をミイラにするには、血を抜き取らなければならないということを。

血で書かれた『呪』の文字…血を抜き取られた赤ちゃんのミイラ…。

つじつまが合う。

さらにその赤ちゃんのミイラをよく見ると、手足の爪の形に見覚えがあることに気付いた。

『この特徴的な爪のかたち、夫の爪とソックリだわ』

私が産んだわけではない、夫似の赤ちゃん…。

妻はこのとき、全てを理解した。

ふと、先ほどの鳩時計を見ると、鳩が飛び出たままになっている。

なぜか視線をそらせない。

すると鳩は突然、ケタケタと女の高笑いのような鳴き声をあげ、しばらく鳴き続けたあと、くちばしから真っ赤な血を吹き出し、そのまま動かなくなった。

彼女は血まみれの鳩時計の中から、盗聴器を見つけ出すと、力ずくで引きちぎり、思いきり床に叩きつけた。

怖い話投稿:ホラーテラー 札幌で研修中の三流投稿者さん  

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