一つ、動物霊のお話をいたします。
これは、数年前。
私がまだ社会人になる少し前のお話でございます。
大学から車を飛ばしておよそ20分程度の山の中に、
小さな鳥居と粗末な祠が置いてある神社がありました。
神社のなれの果て、と申しますか、誰に管理されることもなく、
しかしどこぞの誰かが花を進ぜていたり祠を掃除している、なんとも不思議な場所でございました。
よく学生も肝試しに来ているような場所でした。
なにしろ、今ここにきている私たちも肝試しに来たのですから。
メンバーはお調子者のA。
Aと付き合っているB子。
B子と仲の良いC子。
そしてAの親友の私。
時刻は深夜0時ころでした。
「…怖いね。」
「え、俺はワクワクするぜ!」
B子の言葉とは裏腹に張り切るA。
「肝試しもいいけどさ、何するの?」
「そ~なんだよ~。鳥居とお堂しかねえでやんの!」
C子の問いにAも同意いたします。
「ねえカイン君。」
Aがこんな風に私を呼ぶときは決まって何かを頼む時でございます。
「君、試しにあのお堂の中に入ってみてはくれないかね?」
「普通、鍵とかかかってるもんじゃないの?」
「物は試しだろ!」
「カイン君、いけー!」
AとB子が私をしきりに囃し立てます。
「…気が進まないけど、覗くだけだよ。」
お堂の前の階段の前に立ちますと、足元の賽銭箱は完全に朽ちていて、直方体をなしておりません。
すぐ後ろに足音を感じまして、振り返るとC子でございました。
「怖くなった?」
「ううん。私も中がみたいだけ。」
ゆっくり扉を引いてみますと、
バキッバキッ!と途中大きな音を立てながら、扉は開いたのでございます。
中には6畳分くらいのスペースがあり、さらに奥にはまだ部屋があるようでした。
森に囲まれているのと暗いこともあって気づきませんでしたが、ずいぶんと奥行きはあるように見えました。
私とC子の携帯の明かりでその奥の部屋を照らします。
すると大きな長い机があり、その両端に白いキツネの置物があったのでございます。
ひっ!
とC子が声を出しました。
「大丈夫、稲荷様だよ。
このさらに奥の神様を守る役目を仰せつかった、
偉い狐さんなんだ。」
「そ、そうなの。でもなんか怖い。」
普段は冷静なc子もこの時ばかりは女の子でした。
「これ以上先に進むとお怒りに触れるかもしれないから、引き返そう。」
と、私はC子の手を取りお堂をあとにし、イチャつくAとB子のもとに戻ってまいりました。
「お、どうだった?」
「いやー、普通のお堂じゃないかな?あまり奥に行くと罰当たりそうだから、ちょっと見て帰ってきた。」
「なんだよーだらしねえな!じゃあ俺が奥に行ってくるよ!」
「え、あ!止せって!」
豪快にお堂の中に躍り込むAでした。
「なんだこの人形だっせーwww」
私とC子はお互いを見合わせ、いやな予感に駆られていました。
B子はと言いますと、お堂に駆け寄って、その人形を見ようと外から中をのぞいておりました。
しばらくして、AとB子が戻ってきました。
Aの片手には稲荷様が握られています。
「こいつ超ださくね?猿見てえwww」
どうして、Aという男は、こうも見栄っ張りなのでしょう。好きな女性の手前、強く出るのでしょうか?
こともあろうに稲荷様を地面にたたきつけたのです。
首の部分と胴体が分かれました。
C子は口を覆ってショックを受け、B子はやりすぎだとAに詰め寄ります。
突然、風が吹きました。
いえ、もはや、台風が来たかのような強風でした。
風はひとしきり吹いた後、徐々にやみました。
その場の4人は皆嫌な予感しかしませんでした。
突然、私の右腕にC子が飛びつきました。
「ど、どした?!」
C子は地面を指さしています。
視線をそちらにやりますと。
稲荷様の首がカタカタと揺れているのです。
そして、目の部分は黄色く光り、次の瞬間には首が回りだし、Aのほうを向いて止まりました。
B子が悲鳴を上げます。不と周囲を見回しますと、
何かに囲まれていたのです。
「お、鬼火!?」
C子がつぶやいたので、私は目を凝らしてみてみました。
無数の黄色い光が私たちを取り囲んでいます。
しかし鬼火にしては嫌に小さく、炎独特の揺らめきもありません。
「…違う、眼だ。」
無数の狐の眼だったのでしょう。この世の狐のものかどうかはわかりません。
「うわ、うわあああああ!」
叫び声をあげて、Aが自分の車に飛び乗り、そのまま山を下ります。
刹那、黄色いその眼も真っ直ぐに、Aの車に向かって飛んでいきます。
その後、山はいつもの静寂に戻りました。
B子は号泣、C子は恐怖に震え、私は茫然自失でした。
とりあえず、稲荷様のお頭と胴体を被服科のC子からボンドを借りてくっつけた後、元あった場所へ置きに行きました。1体残っていたはずのお稲荷様はどこにもありませんでした。
次の日、Aは講義に来ませんでした。
するとB子から電話があり、すぐにAのアパートに来てほしいとのことでした。
私がAのアパートにつくと、ちょうどC子も来たところでした。
アパートに入ると、玄関先で転げまわりながら咳をするAとどうしたらよいかわからずその場に泣きわめくB子。
昨日の夜。残った3人は、私の車で下山しましたが、B子はAのアパートで降ろしてほしいと私に頼み、昨日の夜からAといるのですが、
昨日から咳が全く止まらないらしいのです。
「バカ!早く救急車呼びなさいよ!」
C子がどなりつけ、急いで119に連絡を取ったのでございます。
こうしてAは救急車で搬送されましたが、
咳の原因は全く不明。
喉の荒れもなければ、ウィルス感染もないのでございます。
Aはその後も半日もの間咳に苛まれました。
夕方、ようやく咳が止まったころには、Aは激しい咳をし続けたためか、声帯は完全に機能をしなくなり、声を失ったのでございます。
また、肋骨が4本折れ、肺にも異常をきたし、これから一生咳と付き合わなければならないと医者は申しました。
わたくしは気づいておりました。Aがアパートの玄関で咳をしている間、奥の部屋から覗く2つの黄色い怒りに満ちた目を。
そしてAの咳が、狐のコンコンという響きに酷似していたことを。
おそらくは、稲荷様の怒りに触れ、憑依されずーっと鳴かせられていたのでしょう。死ぬまで・・・
Aですが、その後も頻繁に咳が続き、ついに折れた肋骨が治らず、そのまま肺に突き刺さり、あの夜から2か月後に他界しました。
皆様も、動物霊にはお気を付けを・・・
怖い話投稿:ホラーテラー カインさん
作者怖話